第16話 雑談





「それで、楽しかったの?」


「まぁ……」


 フナファとカノヤの会話を横で聞きつつ、俺は飯を頬張っていた。


 この村に昼ごはんという概念があって助かった、とつくづく思う。帝国では一日三食は当たり前なのだが、田舎の一部では一日二食というところもあるらしい。というか、隣の隣村ではそうらしい。


 もしも、ロロス・イラムースが一日二食の生活なんてしていたら真面目に今日中に旅立つことを検討していただろう。


 それに、恐ろしいことだが。一日一食なんていう恐ろしい地域も存在するらしい。


 できればいきたくないな。


「やっぱ一日三食だよな……」


 ボソッと、我ながらしみじみとした声が出た。


 だがそれは、心の奥底からの声だ。


 万感の想いが詰ま……ってはないけどまぁそういう声に聞こえただろう(予想)。


「いや、一日三食って普通じゃね?」


 俺の声に驚きを持って問うてきたのはフナファだ。


「……お主も若いな。世の中には一日一食から一日五食なんてものもあるのだよ」


「一日五食ぅ!?」


 冗談だろ? という副音声が聞こえてきそうだ。それに釣られてか、


「そんなに食べて太らないんですか?」


 と、カノヤからは体重を気にするような発言が飛び出してくる。


「一日五食は太ると思いますよ。運動しないと。というより、激しい運動をよくする前提の食事生活じゃないですか? 知りませんけど」


「知りませんけど?」


「多分と同じだよ」


 フナファの質問にそう答えてやれば、「なるほど〜」と頷いている。カノヤは、聞いてなかったからなにがなんだかわかってなさそうな顔をしているな。


「あ〜、食べ終わったか?」


 俺たちの会話からそう判断したのか、台所からソタナが出てきた。


「あぁ、もうちょっと、モグ」


 最後の一切れを口に押し込み、皿を渡す。


「お、おぉ」


 と引き気味になりながら(なぜ引いた?)、ソタナは皿を洗いに戻っていった。


「それで、一日五食って、どこら辺でやってるの?」


 話をほじくり返したというか、そんなに興味があったの?とか、そこに行きたいんか?とか言いたいことはいっぱいあるが、『口がいっぱいで喋れないんだよ』と、視線でうったえてみる。


 それをうけたフナファは、キョトンとした表情でこちらを見返してきた。それは憎らしいほどにまっすぐな瞳で、答えられずにはいられないようにさせる。


 さすがは母親似。伊達じゃないぜ。


「ごくん。と、で一日五食してる国だっけ? え〜っとだ」


 知識にはっと、そうそうこれこれ


「滅びの大陸だと、一日一食から七食らしいな」


「……振れ幅大きくない?」


「冬とかだとまともに生活できないらしいから、ほぼ冬眠だな。家にこもって最低限の食事しかできない。下手したら一日中食事なしの時もあるみたいだしな。で、その代わり春夏秋は五食から七食が普通らしい」


「へ〜」


「滅びの大陸の冬って、何気に過酷だからな。魔物に家をぶっこわされたら、極寒のなか蓄えもなく生きなきゃいけない。ほぼ無理だな。だから、みんな頑張って食料を家に溜め込んで、ゆっくり食べるってわけだな」


 滅びの大陸、恐ろしいところだ。


 満場一致の『行きたくない大陸』第一位。内訳、無効票なし、賛成多数、反対二桁──と言った感じになっていそうである。


 まぁ、一回ぐらい行ってもいいかな?とは思わなくもないのだが、知識を精査すればするほど不穏な生物や環境のオンパレード。まさに『自殺しに行くようなもの』と言うやつである。えっ? 自殺したい奴もいるだろって? 自殺志願者はご勝手にやっといてください。


「滅びの大陸ってよくひどい場所だって言われますけど。本当のところはどうなんですか?」


 おっと〜、カノヤもそこら辺には興味があったらしい。


「滅びの大陸ねぇ」


 滅びの大陸についてはこの世界で一番の危険地帯であり、それらは童話になって語り継がれるほど。


 天をも貫く巨木の森に、雲を越えるほど高い火山の噴火──それも溶岩だけではなく雪と氷、はてには雷などさまざまな自然現象を吐き散らかしている──に、幾数の層にも連なった大地は割れ、かつて存在していたその姿を見せる。生き物も千差万別。常に激しい生存競争が絶えることなく続けられる大陸。


 他所の大陸に住んでいる奴が、滅びの大陸で生き残れはしない。


 あそこは、そう言う場所なのだ。


 とまぁ、そんなことをかいつまんで説明してみる。もちろんと言うか、こんなことは常識だ。そんなことを聞いてるんじゃねぇといった視線を受ける。


「ん〜、でも本当のことですからね。それじゃあ、海から大陸に上がってくる海藻の行進とかは、あ、そう言うのじゃないですか……。あ、あぁ、一つ面白いことがありますね。ウォチャロ砂漠には異世界人の最後の砦が存在する場所、というのはみんな知ってんですが、もう一つ、滅びの大陸にもあるんですよね」


「そうなんですか?」


「滅びの大陸に入れば常識レベルなんですが、ここらへんになるとそう言う話は御法度なんでみんな話したがらないんですよね。別に、帝国の情報通信機具を使えば一発でわかることなんですが」


 これは事実だ。


 滅びの大陸には滅びの大陸で生き残れるような化け物どもがいる。いや、はっきり言おう。異世界人たちからも恐怖を受けたもの、忌み嫌われるが故に追放されたもの、彼らが行くつく先がそこなのだ。


「ま、異世界人が自分たちで作った処刑場、って感じですね」


「へぇ、詳しいですね」


「こういう話で満足できましたか?」


「私は外の話であれば大抵は満足しますよ?」


 と、カノヤはとても白々しいことを言うのであった。



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