日常

第12話 二日酔い





 頭が痛い。吐き気もする。水が欲しい。もう、立ち上がれない。これも全てお酒のせいだ。そう、俺は異世界転生三日目にして二日酔いを味わうこととなったのだ。異世界、恐ろしや。


「うぅ、うぅ」


 と呻き声を上げながら体を起こす。今ならエキストラで素晴らしいゾンビ役をまっとうできそうだ。なも嬉しくねぇ。……意外に嬉しいか?


 俺の頭は二日酔いにやられて、まともな思考ができていないらしい。こんなくだらないことに思考を割いてしまうとは。


 なので、そろそろ真面目に動き出さねばいけない頃だと思うのだ。


 溜め息を堪えて、立ち上がる。グググッと一つ背伸びをして、布団をきれいに畳んでおく。


「さぁさぁさぁ、今日も一日の始まり始まり〜」


 っと、部屋を出てみれば、がらんとした部屋。窓からは斜め上から火が差していた。いや、起きた時点で気づいてはいた。ただ、なんとなく今、それが気になっただけだ。


「おぉ、いないねぇ〜」


 机の上にはパン一つとコップ一つ、とサラダ。朝ごはんです言わんばかりのラインナップ。これは、俺に用意されたものだろうか?


 誰もいない部屋。おそらくだが、畑に仕事でみんなで払っているのだろう。ふむ、ではどうするべきなのか。


 まずは、食べるべきか食べざるべきか。困ったことに、判断材料がほとんどない。


「う〜む」


「あ、起きたんだ」


「!?」


 驚いて振り向けば、そこには見知らぬ青年が。


「その朝食は食べていいやつだよ。まぁ、特にすることもないから、俺はここにいるよ」


 そう言って彼は朝食の置いてある席、の前の席に座った。じっと見つめて数秒


「そうか、それじゃあいただくよ」


 と、席に座る。まずはと、コップを掴んで少し喉を潤す。そして、パンを手に取り、ひと齧り。もぐもぐと、んでいるのは食欲がないからだ。小学生いらいらだな。30回以上噛み続けるなんて。そんなことを思いながら、ゴクリとパンを喉奥に押し込む。そして、置いてあったフォークもどき(微妙に形状が違う)でサラダを食べる。


 ここまでの間、彼はじっと俺を見つめていた。


 居心地の悪いまま、ゆっくりとしたスピードで俺は完食することになった。


 コップの最後まで、飲み干す。ついでに、いまいましい吐き気も喉奥へと消そうとするが、残念なことにそうはうまくいってくれない。頭を振って、一息。


 ずっと感じていた視線のもと、つまり目の前にいる青年を見つめる。目と目が合う。お互いに無言で、話のきっかけすら掴めない。


 けれど、このままではいけない。その気持ちで、声を出した。


「……まだ、名前を言っていなかったね。ミチャノラ、と言う」


「あ、あぁ。俺はフナファだ」


 俺の声に驚いている。なぞだ。フナファと名乗った彼は、俺に見惚れてでもいたのだろうか? 自慢じゃないが、今世の顔はそれなりの美形だ。中世的で、女性と間違えられてもおかしくはない。昨日飲んだ酒に反射している自分の顔を見て驚いたものだ。


 とは言え、そんなことはないだろ、と冷静な思考が醒めた発言をしてくる。夢くらいみたっていいじゃないかとは、思うんだがな……。ただ、冷静な思考はもっと普通な考えを提示してきた。つまり、


「それで、俺の顔になんかついていたか?」


 という質問だ。一番ありきたりで、無難なものだ。それに敢えてボケをかまして滑るよりは千倍、いや万倍マシだ。


「いや、なんと言うか、何歳かなと思って……」


 何歳か?


 何歳か? ときたか!


 確かに、一切考えていなかった。ただ、俺には秘訣がある。それは──年齢なんて見た目よりプラスマイナス10以上離れていなきゃ押し通せる!──と言うことだ。


 なので、酒に映った俺の姿から推測する俺の年齢は……


「23歳だ」


「お、思ったより若くないですね」


「……喧嘩売ってる?」


 『歳取ってる』と、『歳取ってると!』こいつは、言外に、そう言いやがったぞ!


 狼煙か? 狼煙を上げるか!? えぇ!?


「そそ、そうじゃなくてですね。なんて言うんですかね。お、大人びてる、と言いますか……。けど、見た目は若いんですから。良いんじゃないんですか?」


 コイツ! コイツ!


 途中まで取り繕うとしやがったのに、最後で開き直りやがった! 天然か? 天然培養、ロロス・イラムース産ですってかぁっ!?


「それ、カノヤに言ってやったら?」


 前世の年齢なんて覚えちゃいなのに、年齢にこうも過敏になっている。俺は、前世何歳だったんだろうな?


 実は、とんでもないお爺さんだったり、するかもしれなかったり? いやいや、それより中年の方があり得るか?


 もはやどうでも良くなった年齢の話題から、前世の年齢について俺の頭はシフトしていく。目の前で、フナファがいまだにわちゃわちゃやっているのを尻目にして、真面目に考えてみる。


 実際問題、俺の年齢だとか名前だとか、そう言った前世の記憶はほとんどない。もしくは、あっても意識されないようにされている。


 それなのに、自分の人格が形成されているのは、とても不思議なことだ。


 形成、されているよな?


 なんとも言い難い怖気が走る。


 待て、待て待て待て。


「はぁ〜」


 と、息を吐いて〜。よ〜く考えてみろ? 神が俺を転生したと言う事実の前において、それらは最も驚くことなのか?


 そうじゃないだろ?


 違うだろ?


 そう言うこった。


「──ですから、僕はあなたのことがとてもきれいで、う、美しいと思っているんです。 だから、思ったより若くなかったってことは、外見がとても良いってことだから……良いってことなんです!」


 それより、こいつはなんなんだ?


 俺の美しさについて誰が語れって言ったんだよ。


 俺は呆れながら、話を切り替えるため口を開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る