第11話 運命
「あ〜。もう夜ぅ?」
そんなことを言って、ソファーから寝惚け眼の女がのっそりと起き上がる。
「お早いお目覚めだな、ヴァロザ」
「フッ、でしょ?」
その皮肉にもなんのその。ヴァロザは笑顔で応えている。声をかけたのはククスと呼ばれる男で、『異世界人処理部隊』の隊長である。
彼自身は『異世界人処理部隊』という名前を気に入ってはいない。梟だとか、蝙蝠だとか、蟷螂だとか、そういったカッコ良さそうな名前の方がむしろ好きである。だが、配属されてしまったものは仕方がないと、日々執務に励んでいる苦労人だ。
その苦労が顕著に現れるのが、彼の目の前にいる女、ヴァロザを相手にするときだ。この女、なぜかは知らないが、神から愛された人間であるのだ。
なぜ愛されていると言えるのか?
それは、彼女は加護を持っているからだ。そして、その加護によって彼女は不死となり、未来を知っているかのような予知をし、歴史の転換期に現れては人々を導いたりしているのだ。
さて、そんな伝説的とも言えるヴァロザが、ここ帝国の『異世界人処理部隊』にいるのは、理由がある。
と言っても簡単な話で、この『異世界人処理部隊』という部隊を設立したのは彼女その人なのだ。そしてもちろん、命名も彼女が行った。なお、いい名前だと思っているのは本人だけだ。百歩譲って、一部の人々がわかりやすい名前だと思っている程度で、いい名前と思っているのはほぼ皆無。だが、相手は生きる伝説。それゆえに、誰も文句などは言わない、もしくは言えない。そんなこんなでネーミングセンスゼロの本人だけが満足しているという状態が長年続いているのだ。
閑話休題
長々と語ったがまとめるとヴァロザは地雷なのだ。触れるな危険。アンタッチャブル、つまりそういったものなのだ。
そんな彼女だが、普段は寝ている。それは、もうとっても寝ている。一日の約9割を睡眠に費やしているほどだ。そして、起きるのは定時報告のみ。
その報告というのは、予知があったのか、また余地があった場合、どんな予知であったのかということだ。
例に漏れずというか、ククスは「それより報告をお願いします」とヴァロザに言う。
何回か、くだらない話に時間を費やし、報告をし忘れたと言う前科を持つヴァロザだ。言わなければ、ほしくもない世間話がこれでもかと語られてしまう。
「報告?」
まるで知らなかった、みたいな反応をするなとククスが思ったのも無理はない。
「あぁ、報告ね。ちょっと待ってね。えぇっと、んんん。ない、わね。あ、待って、いや、これは違う。うん。ないわね」
「……」
かつててないほど心配になってくるコメントだ。
「ないんですね。わかりました」
「そうそう。けどねぇ、すごいわね」
「……何がですか?」
「誰かが運命に干渉したわね。それも生死に関わるような。うんうん、真実の愛って感じ?」
ククスにはヴァロザが何を言ってるのか理解できなかった。『運命に干渉? それも生死に関わる?』と、頭の中では疑問でいっぱいだ。
「いったい誰が、なんの目的で?」
「そこまではわからないわよ。けどねぇ、やっぱ、真実の愛のためよ!」
お花畑な思考で生み出された想像はとどまるところを知らず、
「ある日死に別れた幼馴染の子。彼女を助けるために魔法使いになった彼は、ひたすらに彼女を生き帰らす方法を考える。そして見つけたのは、真実の愛によってだけ行使される神法……。運命に対して抗い、覆す、まさに神の領域。彼は、そこに手を伸ばした。例え、叶わぬとわかっていても、試されずにはいられなかった……はぁ、若いっていいわね」
外見年齢は20代前半、実態は100歳越えのババァのセリフだ。頭痛が痛いってやつだな。そんなことを思いながら、ククスは額に手を置く。
「そんな妄想はいいですから、何かわからないんですか? 運命を変えるなんて、明らかに上に届けたほうがいい案件じゃないですか」
「ん〜、そう入ってもねぇ。私にわかるのは、誰かが生死に関わる運命を変えたってだけで、多分ここらへんで行ったんだろうなってことぐらい。誰がなんの目的で、なんて実際に立ち会わないとわかるわけがないじゃない」
正論である。
彼女が感じ取ったのは、運命の揺らぎ。それも、とても深い生死の領域で起こったと言うことだけ。
彼女は神法と言ったが、それも定かではない。神法と魔法の違いなど結果を見ただけではわからないのだ。海に浮かんでいるゴミを見て、誰が捨てたのかを考えるようなものである。無理なものは無理だ。
「それでは、私はそのことについて報告するので、ヴァロザ様は運命を変えた場所、とやらに行ってください」
「えぇ!? ブーブー!」
「行ってください!」
「横暴だ〜! 労働基準法で訴えてやる〜!」
「仕事してください。そもそも、ヴァロザ様以外誰ができるんですか?」
「……ロア?」
「教皇じゃないですか!」
「私が頼めばやってくれる!」
「やめてください!」
「うー、しようがないな〜。あ、一人で?」
「人をつけますから、それでいいですよね?」
「だんだん、私の扱いが雑になっていく……。私は悲しいよ。よよよよよ」
「はいはい」
「もう、行っちゃうんだからね!」
ヴァロザはそう言って、『ガチャン!』と窓ガラスを割って外へ出て行った。
数秒後に窓ガラスが時間を巻き戻すようにして直るというおまけ付きだ。
「はぁ、あの人は……」
ククスの苦難はまだまだ続く。
その頃、外に出たヴァロザはというと、
「も〜、ククスったら〜」
もしここにククスがいたら『お前だけには言われたくない』と思うこと間違いなしのご様子であった。
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