第9話 信頼





「おや、タイミングが悪かったかい?」


 すぐに台所から戻ってきた村長は、俺たちの様子に小首を傾げながら椅子に腰をかける。


「ふぅ〜」


 背もたれにぴったりと体をつけて、全身の力を抜いている村長。


「さてと、初めましてだね。名前を伺っても?」


 村長は俺に向かってそう問うてきた。


「ミチャノラです」


 今日3度目の自己紹介(?)である。


「ほぉ、聞いたことのない言葉だ。ミチャノラ、ミチャノラ。どう言った意味があるのか、教えてくれるかな?」


「……幸せを運ぶ鳥、だそうです」


「とても綺麗な言葉だ。あなたは両親にとても愛されているのだな。良きかな良きかな」


 ウンウン、と村長は頷いている。ただ、俺にはその言葉がどうも引っかかった。


「さてと、それで、あなたはこんな辺鄙な街にどんなようがあってきたのか、教えてくれるかな?」


 穏やかなのに、その瞳はこちらを見定めるかのように鋭い。下手な答えは返せない。そうわかっていても、俺の持ち合わせる答えは一つしかない。


「旅で寄ってみたくなったからだ」


「そうかい。この村に寄りたくなるようなものがあったかい?」


 口調は優しいが、明らかにこちらを疑い、探ってきている。


「いえ、私はその問いに対する明確な回答を持っていません。けれど、なぜか惹かれたのです。この地域のなにかが、私をそうさせたのです」


 あながち間違いじゃない。この場所に何かがあって、それこそ運命のようなものに導かれて、俺は今ここにいる。俺が転生することになったのも、ここに転生したのも、理由がある、と。そう思いたいのだ。


 村長から視線を逸らさないように、真っ直ぐに見据える。お互いに黙りこくったまま、ただただ見つめ合う。


 村長は何かを確かめるように、俺は真心を持って答えたというように。


 静かな空間だった。四人もいるのに、誰も喋らない。そうするのが当たり前だというかのように、全員が尊重が口を開くのを待っている。


「そうか……。そういうことも、あるかもしれんな。それなら好きなだけいるといい。ようこそ『ロロス・イラムース』へ」


 村長の温かい言葉に、俺は『やっぱ『ロロス・イラムース』はないだろ』と改めて村名の不自然さを思うのだった。……今から改名したほうがいいんじゃない?


 もちろん、そんなことはお首にも出さず、俺は「ありがとうございます」と返答した。


 その様子を隣で見ていたソタナはと言うと。


「イナス様に認められるなんて、すごいですね」


 と、俺に言ってくる。っていうか、村長の名前って、『イナス』だったんだ。何気に、村長の名前について聞こうと思わなかったな。


 なんていうか、名前を聞いた今でも『イナス様』より『村長』って感じがするからかな? 名前より役職の方がイメージ強い人、みたいな。


 さて、そんな村長ことイナス様だが、


「話はもう終わった。いつまでのぞいているんだい?」


 と、俺の背後へと声をかける。


 振り向けば、窓の外に数名の村人がたむろしていた。全員「ヤッベ」といった表情でそそくさと立ち去っていく。


 向き的に俺からはバレなかったけど、村長にはバレるのは当たり前だろう。それとも、ずっと前からいたけど、『俺が泊まるかどうか』についてまでは聞かせて良いとでも考えていたのか。それとも、もともと聞かせる前提で会話をしていたのだろうか?


 ふむ、後者、の方があり得そうだ。


 なぜソタナとカノヤがいるのかについてはわからないが、実は特に理由はないと言うのもあり得る。


 考えていたって仕方がないとは思うが、気になってしまうのだからしかたがない。


 とは言え、いつまでもそんなことを考えている場合ではないので、なにかこの村ですることなどに頭を切り替えるか。


 そんなことをつらつらと思っていれば、


「それでは、今日は宴会ですね」


 とカノヤ。


 ……どうやら、俺が思考の渦にはかっている間に話はあらぬ方向へと進んでいたようだ。発案は誰か知らないが、肯定しておいた方が吉だな。


「宴会、いいですね」


「ふふふ、うちの村はそれなりに裕福なので出てくる料理も豪勢ですよ!」


 自慢するように、カノヤはそう言って、立ち上がる。


「それじゃあ、準備してくるね」


 とソタナに言って、家を出ていく。


 後には、男三人が無言で座っているだけの部屋となる。


「さてと、ソタナ。そろそろ持ち場に戻ったほうがいいぞ。カノヤもいなくなった。もうこの家に用はないであろう?」


 ククク、と喉奥で笑いをころして、村長は言った。


 その言葉にりんごのように顔を真っ赤にしているソタナは「そ、それでは」と言って足早に家を出ていく。


 どうやら、親というか祖父公認の関係らしい。いや、まだ付き合ってはいない様子だったな。だから、村の人々にも面白おかしく揶揄されているのだろう。


 だが、あの様子だと付き合うどころか、結婚まで秒読のような感じだ。くっ付くまでは長いけど、くっ付いたらラブラブになるというよくあるパターンだ。


 わかるぞ。彼女いない歴の長い俺には、想像する時間だけはあったからな。


「それでは、ミチャノラどの、部屋に案内しましょう」


 そう言って、村長は立ち上がった。


 向かった先は台所、の隣にある扉。そこを開けると、奥に少し大きな部屋があった。


「ここが客人のために作られた部屋です。最高級とまでは言えませんが、このような辺鄙な村の基準で考えれば、最大限のもてなしだと自負しています」


 村長はこちらを向いてそう自慢げに話す。もちろん、これ以上を求めたりするなよ、とかこれで我慢しろよといった意味合いもあるのだろう。


 ざっと見た感じ、確かに広いし、よく手入れされている部屋だ。


「ありがとうございます」


 俺は、そう感謝の意を伝えて、ベッドに腰を下ろした。寝心地は、前世と比べると悲しいことになりそうだが、グッと堪える。


 そもそも、この辺りでベットを使えるだけで珍しいことなのだ。文句を言ってそれこそ藁の上で寝ろなんて言われたら恐ろしいことになる。


 俺の様子に満足したのか、村長は「それでは、何かあったら教えてください」と言って部屋を出て行く。


 俺は、その背を最後まで見送ったところで寝転がる。


 少し、疲れた。そう思いながら、いつの間にか俺は眠りについていた……。



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