第7話 宿





「ついてきてください。村長の家に案内します」


「……その村長はどこに?」


「あそこにいますよ」


 そう言って男が指さしたのは、会議に参加していた二名の老人、のうち髭が短い方のおじいさんだった。普通逆じゃね? と疑問がよぎるが、結局そんなのはイメージでしかないのだ。実際、イメージと違うなんてことはよくあることだろう。


 それにしても……


「えらく気さくですね」


「えぇ、気さくと言いますか自由人といいますか……」


 俺たちの視線の先、そこではおじいさんこと村長が手を振ってきていた。


 俺にできることと言ったら苦笑いで頭を下げるだけ。


 とまぁ、そんなこんながありつつも、俺は村に入ること、と宿(?)の確保に成功した。


 勝った!


 と心の中で喝采する。脳内では、多くの人が集まり、手を叩いて喜び、褒めそやし、ついには胴上げまで。『ありがとう。どうもありがとう』と、感謝の意を全世界の人に……虚しくなるからやめよ。


「そう言えば、言葉使いが変わったのには何か理由が?」


 思考を切り替えるため、疑問に思っていたことを男に聞いた。


「あぁ、そうですね。普段はこう言う感じで喋っているのですが、見た目が堅いもので、交渉役とかの場合、威圧的に話そうと努力した結果ですね」


 ふむ。普段は物腰柔らかなのか。そのガッチリとした体つきからは想像しづらいな。目の前で会話をしているのに違和感を覚える。


 そんなことをつらつらと考えていると


「そう言えば、まだ名前を伺っていなかったですね」


 と、男が言ってきた。


 痛いところをついてきやがって。だが、聞いて驚け、俺の考案したプロフィールにはしっかりと名前が……ない。


 そういや、なんも考えてない。


「……どうかしました?」


 いや、どうかしました? じゃない。今の俺は汗がダラダラだ(比喩)。


 逃げ場は、逃げ場はないか!


「い、いえ、私の名前、ですか?」


 明らかにテンパっている! 自分でも『もっと取り繕えないのか!』と突っ込みたくなるほどテンパってる!


 恐ろしい。恐ろしい男だ。あの柔らかい物腰は仮初の姿で、本当は残忍で容赦ない……外見的に見れば間違ってなかったな。やはり外見こそ最も重視すべきところ?


 迷推理が冴え渡っている。


 いやいや、現実逃避をやめて名前を考えなければ……。


 よし、【滅びの大陸】で広く使われている言語(共通語ではない)の中で、幸せを運ぶ鳥を意味する──


「ミチャノラ。そう呼んでください」


 ここまで黙っていたんだ。偽名だということぐらいわかるだろうが、「そうなんですか」とニコニコ顔で男はうんうんと頷いている。


 「ミチャノラ、ミチャノラ」といったように、何度も呟いている男に、今度は俺が名前を問うと、「あぁ、私の名前はソタナ」と言います。


 と、笑顔で答えてくれた。


 とても憎らしい笑顔だ(褒め言葉)。


「ソタナ、ソナタとか言い間違えそうだな」


「……ソナタ、ですか?」


 帝国語において「ソナタ」という発音に対応する単語はなかったはずだ。言葉と言葉がつながったため生まれる、などはあるが、それ以外ではないのだ。


 知識をひっくり返しても、ないはずだ。


「いや、帝国語ではないから知らなくて当たり前だ」


「そうなんですか」


 へ〜、と感心した様子にこちらを見てくる。とても感じがする。


 なんとなく途切れてしまったまま歩いていく。中に入ったらわかったが、意外と大きいなこの村、と思っていると


「あ、着きましたよ」


 と、尊重の家に着いたようだ。


 村長の村は、思ったより小さかった、というか、他の家よりもひと部屋かふた部屋大きい程度。それよりも、隣にある家の方が明らかに大きい。


「こっちじゃないんですね」


 大きい家を指を指して聞いてみれば


「そっちは会議とか、宴会をする場所なんです。夜はちゃんと会議をしてるんですが、今は子供の遊び場ですね」


 と言われても、子供の声は聞こえてこない。いや、ずっと遊んでいるわけでもないだろうが。


 不思議に思って見ていれば、


「今は畑の方にいるみたいなので、いないようですけどね」


 と、ソタナ。随分、気配りが上手だなと思う。


「それじゃあ、そろそろ中に入りますか」


 いたずら小僧じゃあるまいに、どうしてそうニヤニヤと愉しむような表情をしているのだ?と思っていると


「ソタナさん!」


 村長の家から一人、まだ10代ほどと思われる妙齢の女性が走ってきた。


「カノヤ」


 ソタナの思わず出た声、そこには安らぎと、若干の落胆が窺える。


 マジでいたずらをしようとしてたのか?


「それで、彼が噂の旅人?」


 噂が出回るのはえ〜な。これが田舎クオリティ? というか、人付き合いが密接だからこそなせる技、みたいな?


「そうだよ。村長の家に泊まることになった」


「それ、私の家でもあるんだけど」


 ってことは、村長さんの娘かそうでなくとも親類縁者か。


「あはは、そうだね」


 笑う要素あったか?


「はぁ、ここで立ち話もなんだし入って」


 『はぁ』はソタナに対しての溜め息で、その後の言葉は俺を向いてから言われた。ちゃんと認識はされていたらしい。


 完全に蚊帳の外にされてると思ったよ。


「あ〜、ちょっと歩くの速いよ」


 俺からしたら二人とも速いわい、とソタナとカノヤの後を追いながら思った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る