第6話 旅人
まず、俺の人種から考えてみよう。
大まかなプロフィールは、昨日の夜作ったもので良いのだが、悲しいことに、いくつか使えなくなってしまっている。
当初の商人の子供は、少し部が悪い。
暇でぶらぶらと旅をしている冒険者、という案も却下だ。なぜなら、俺はとてもか弱いため、すぐボロがでそうだからだ。
残す選択肢はなんだ? 『貴族』は使えない。帝国における貴族の管理は徹底されており、はっきり言って偽装するのはほぼ不可能。そうそうに選択肢から外される。
今の所、商人、冒険者、貴族が外された。
残すところは手工業と平民。だが、前者は俺ができる手工業系はないので却下。後者は服装の観点からあり得ない。
およ、およよよ?
詰んだ?
クッ、こうなったら最終手段。『出身もどこから来たのかもわからない怪しい旅人』でいくしかない!
はっきり言って、怪しいことこの上ない。
それでも、これしか思いつかないのだ……。
いや、とりあえず出身国だけでも考えよう。
現在の俺は前世と同じような人種のようだ。つまり。肌色が黄色(?)らしい。アジア圏の人々を黄色人種などとよく言うが、いまいち黄色の要素を感じないのは俺だけだろうか?
この世界において、黄色人種は主に【滅びの大陸】とかいう物騒な大陸にいるらしい。それ以外ではほとんど見かけない。
この時点で、俺の少数派は決定事項だ。
ふむ……、出身及び過去を話したがらず、近くにはあまりいない人種が旅できた。これは、いけるのでは?
そう、『なんかよくわからないけど重い過去を背負ってそうな【滅びの大陸】出身の旅人、されどその正体は、実際のところ黄色人種を祖父に持つ人』みたいなフリが……。
よし、これで行こう。ってかこれしか思いつかん。これで誤魔化すのが一番楽そうだし、今後はだいたいこれで押し切っても良いんじゃないだろうか?
そんな未来のことを夢想しながら、歩き始める。俺たちの未来は明るい! いや、そんなこと実際のところはわかんないんだけどね。
と、丘を下ったところで、微妙に見覚えのある光景になった。
どういうことか?
俺が昨日見た夜の光景と、今俺が立っているところから見える光景がピッタリと重なる、気がしたのだ。
足音を見下ろす。
気持ち草が倒れている気がする。
「……ここで俺は死んだのか」
感慨深げに地面を見つめる。
草は、燃えていない。あんなボウボウに火をつけてたくせに。ただ、理由はわかる。昨日の光景を見た感じ、定めた対象のみを燃やす、みたいなやつだろう。
とても使い勝手が良さそうで何よりだ。証拠隠滅も楽そうだな。おぉ、あったあった。ちゃんと知識の中に細かく説明されている。
とは言え、こんなことを考えていたって苛立ちが募るばかりだ。
やめたやめた。
さっさと村に向かおう。俺は自分の殺害現場からさっさと立ち去ることにした。いつまでもここに居たってなんも良いことがないからな……。
さてと、向かうは村に続く一本道。丘を避けるように作られた道へと下りていく。
サワサワと、草原に風が吹いている。というか、草原と畑が見分けにくいな〜。
もちろん、よく見れば麦と草原の間には境目のようなものがちゃんとあるのだが、丘から降りてしまえば、全然見分けられない。
ぐねぐねで、でこぼこの道を歩いていく。
人っこ一人いない道。たまに風が吹き、髪が乱れる。丘から見てわかってはいたが、ちょっと時間がかかる。
しかも、道は折れ曲がったりしてるから余計に時間がかかっているように感じるのだ。視線の先に村の物見台などが見えるのがそれをさらに助長させる。
っていうか、この道、蛇より蛇行してない?
いや、良いんだけどさ。最終的につけば。
と、そこで村の出入り口から人が歩いてくるのが見えた。その人は男で、遠くからでは茶色の服を着ていることと短髪であることぐらいしかわからない。
ただ、なんとなく若そうには思える。
道を歩き続ければ、彼の顔や体格もわかってきた。そこから総合する限り、20代前後に見える姿だ。
実際の年齢は知らないが、だいたいそんなものだろう。
そのままじっと彼女を見て歩いていると、村の前までついていた。向こうは、先ほどから一歩も動いていない。
警戒しているのか、じっとこちらを見つめている。物見台の上からは、数人が弓矢を番ているのがわかる。というか、警戒しすぎじゃね? いや、真面目にそう思うんだけど。
村を覆っているのは木でできた柵だけで、ここら一帯が平和なことは明らかだ。
一体何を恐れているんだ?
俺と村の代表らしき男とジーッと見つめ合う。俺にそんな趣味はないぞ? とボケたくなったが、そんな空気でもない。
だが、ついに男は口を開いた。
「お前は、何者だ」
……ここまで長引かせてこれかよ。
「強いて言うなら、旅人ってやつだな」
どっからどう見ても、そうだしな。
「それで、どうしてこんなに警戒してるんだ?」
俺の思う最大の謎だ。
何か理由があるのは間違いない。
「そうだな、旅人なら知らないだろうが、昨日この近くで『異世界人』が居たそうだ」
「……ほぉ〜」
心当たりしかないな。
「異世界人が現れるのは不吉の前兆だ。処理したと言われたが、どんな置き土産があるかわかったものじゃない。だから、警戒しているんだ」
なんとなく、俺が理解していないことを察してくれたのか丁寧に教えてくれた。
まぁ、確かにあの異世界人の持つ力のリストを見た限り、ヤバい置き土産とかできそうなのとかもいたな……。
「そういうことですか。ちなみにここに泊まったりは……」
「あっ、それは……」
困ったような顔をしたのち、「少し待っていてください」と言って村の中へ戻っていく。まぁ、お金を払えないから泊まれるか聞いたのはポーズでしかないんだけどね……。
そんなことはお首にも出さないようにし、男の背を目で追う。そこには、ご高齢の老人が2名、若者が20人以上で集まって会議を始めた。
ボソボソボソ、と会話の内容はまったく聞こえない。ただ、なんとなく悪い雰囲気ではなさそうだ。
なので、結果を待つ間ボーッと空を見上げる。
「……雲ひとつないな」
青一色の空。いや、遥か彼方にかすかに白い雲が見えるが、その程度。
穏やかで平和な空気を感じる。
「宿がないので、尊重の客間で良いならだそうですが」
知らぬ間に会議は終わり、泊まれるようになっていた。これは、少し予想外だ。
「ちなみに、お金とかは……」
「ここらへんではそんなものは使わないのでいらないですよ」
と朗らかに笑って答えてくれた。
それはそれでどうかと思うのだが。俺にとってはこれを断ってしまえば、後が怖い。他の村だと金銭を要求される可能性の方が高いのだ。
ここは無難にご厚意に預かろう。
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