ロロル・イラムース

第5話 一夜たって朝




 ピイ  ピイ



「……鳥?」


 思わず呟いたのは、それが本当に俺の知っている鳥であるのか自信が持てなかったから。なにせ、その鳥は、鳴き声においては“小鳥”のくせに、ニワトリほどの大きさに紫の羽毛で、『遺伝子操作でもされたのか?』と思わず問いたくなる姿だった。


 与えられた知識によれば、この鳥の名前は共通語で『ムチェ』と呼ばれており、生息域は比較的温暖な地域の草原だそうだ。また、──その肉はあっさりとしており、口に入れればすぐ溶けるようにして消えて無くなる。芳醇な甘味と匂いが後を引き、とても病みつきになる──らしい。


 こんなことを聞けば、ジュルリと涎が垂れてきてしまう。


 なにせ、真上に実物がいるのだ。


 ジィーッ、と草原を走り回るムチェ。


「どの部位が一番美味しんだろう……」


 ピイッ!?


 飛び上がり、明後日の方向へ逃げていくムチェ。


「あ〜あ」


 あの鳥、言葉がわかるんだろうか? それとも、動物の勘とやつか?


「どっちにしても、朝……昼? ごはんが逃げちゃったな」


 これは少し、凹む。


 なにせ、今の俺は無一文。


「……無一文」


 改めて、自分で言って凹む。


 理由はあるのだ。とても悲しい理由が……。


 それは、『蘇生』において、金銭は持ち越されないと言うことだ!


 『蘇生』自体は素晴らしい機能を持っている。それは事実だ。だが、どうして金銭が持ち越されないのか!


 クソッ


 しようがない、これらについて考えをまとめて金銭が持ち越されない理由を考えてみよう。


 まず、『蘇生』というのは名前の通り、ではないのだ。


 『蘇生』は『流転する運命』の加護が与える力の一つでしかない。ゆえに、蘇生とはいえ、完全なる蘇生とは訳が違う。一番真っ先に言えるのは、運命に縛られていると言うことだ。流動的で変遷的な運命だが、それでもぜったお普遍の法則というものを持っている。


 その法則を逸脱しないような力なのだ。


 例えば、運命において『同じ遺伝子構造を持つものが何度も蘇生を繰り返す』というのは認められない。普通、制限が設けられるのだ。


 実際、この世界で一般的にいう『蘇生』は人生において3回が限度だと言われている。


 だが、俺の持つ『蘇生』は遺伝子が違うのなら許されるという運命の法則の穴をついたような『蘇生』なのだ。


 魂の蘇生が何度も許されるのは、輪廻転生の法により、何度も生と死を繰り返すことが当たり前だから、だそうだ。


 そして、もう一つ。『蘇生』のいいところ。それは、『異世界人処理部隊』にバレないということだ。


 帝国は、この世界では一位二位を争うような大国だ。そのたけ、異世界人を探し出し、殺すという方法は目を見張るほど精密に確立されている。


 簡単に説明すれば、異世界人がこの世界に来るにはとても大きな空間の歪みが生まれる。


 なにせ、異世界から人を捩じ込む、というのが転生の方法だ。ようは、力づくなのだ。歪みがない方がおかしいだろう。


 とは言え、もともとこの世界に適合するように神は弄っているのだ。歪みが起こるのは一瞬。この世界の理に反するものは病原菌を消すが如く、すぐに消滅して終わりだ。


 だかが、その一瞬。されど、その一瞬を帝国は察知し、『異世界人処理部隊』を送り込んでくる。


 ここまで言えばお分かりだろうか?


 『蘇生』では『異世界人処理部隊』に察知されないのだ。


 現在の俺は『蘇生』をしたことで異世界人だと判別されることはないのだ。


 そして、最後に、もっとも重要な蘇生がどうやって行われるのかということについてだ。


 『蘇生』とは、『そこにもともと人がいたということにする運命を作る』ということをしているのだ。しかし、どこで生まれたとかどう過ごしたのかなどということは補填されない。ただ、『この世界にもともといたはずの人』を生み出すだけなのだ。


 服装も、何もかも着た状態で生まれるのもそのためだ。


 ……まぁ、昨日着ていたものより若干グレードアップしているが、遺伝子が変わったせいで体格も変わったのだろう。ある意味、正常であるかもしれない。


 閑話休題。


 本題はなんだったか? そう、金銭がないという話だ。


 これまで蘇生のいいところをあげてみた。だが、これらの説明において金銭がない理由はなんだろうか?


 考えた末に行き着いたのは、製造元の不明の金が生まれてしまうから!


 という、ものだった。


 違うだろう。いや、絶対、間違っている。


 だが、これしか思いつかない。


 残念ながら、与えられた知識になぜ『蘇生』をすると金銭が持ち越されないのかについては一切触れられていない。


「つまり、これから『蘇生』するたんびに無一文になるってこと?」


 ──気づいてはいけないことに気づいてしまった。


 俺の心境を語るなら、これ一択だ。


 絶望して嘆き叫ぼうか?


 いや、意味のないことだな。


 建設的に、そう建設的な考えをしよう。


「そう、朝ごはんをどうしようか? とか……いや、マジでどうしよう」


 行き詰まっちゃったよ。


 もう終わりだよこれ。


 あの村行こうかな? あの『ロロル・イラムース』とかいうむっちゃ自己顕示欲高そうな人の作った村。


 こう言うと行きたくなくなるな……。


 だが悲しかな。この辺りにある村で、あそこを除いた直近の村で、半日かかる。


 半日。


 これを知らずにいたら終わりだな。世界地図の知識に感謝。無駄に精密で、リアルタイムで更新されるらしいこの地図、なかったら多分終わりだったわ。間違いなく地獄見てたな。


 選択肢はないということだ。


 パンパン、とズボンをはたき、立ち上がる。


「それじゃあ、あの村行くか」


 あ、やべ、その前にプロフィール考えないと……。



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