第3話 異世界人は死すべき存在なのだから──





 重い瞼を開くと、星空が広がっていた。


 この惑星において、地球でいうところの『月』にあたる恒星が、おおよそ60度の角度から俺を照らしている。


 この世界において月にあたる衛星は『ナソノージャ』と発音する。これもインプットされた知識の一つ、というかこの世界のいわゆる共通語で、大都市圏ならほぼ全員が話せるし、村にも最低一人は話せる言語と言われているそうだ。一応念のためにか主要国の母語を5つ、共通語を含めて6つの言語が勝手に身についていた。


 試験のため、受験のためにと真面目に単語帳を開いたりテキストを解いていた過去の自分がなんとも虚しく思える。あぁ、こんなふうに英語もできていたら、もっと受験が楽になっていただろう……。


 トリップしかけた思考を叱咤し、「よっ」と体を起こして立ち上がる。


 そこは、なんの変哲もない丘の上で、丘を降りれば野原が広がっている。前世より微妙に強化された目によれば、少し遠くには田畑と、その少し先に村があるのみ。


 『ザ・田舎』といった風景だ。


 植え付けられた知識によると、ここは帝国の南端らへんにある村の一つで、『ロロル・イラムース』という村らしい。言語は帝国語、意味は『ロロ領主の建てた村』だそうだ。もし、『ロロル・イラムース村』などと言った場合、頭痛が痛いみたいになってしまうのだろう。いや、むっちゃ発音しづらいし、日本語で喋らなきゃあ、そんな愚かしいミスを起こすことなどあり得ないだろうが。


 さてと、まずはじめに村へ向かう前に自分のプロフィールを立てておこう。村から誰かが来たりだとか、近くに人がいるだとかはないので、ゆっくり決められるだろう。


 知識を呼び起こして、自分の階級とやらを考えよう。そのためには、服装や俺の体の汚れようなどを考慮しなくてはならない。


 まず服装についてだが、俺が身に纏っているのは一般的な旅人が持つソレと対して変わりはしない。つまり、シャツを着ており、その上にフード付きのマントを羽織っている。胸元の近くにあるホックで止められており材質はこの世界に生息している魔物の一種で、どちらもそれなりにお高い一品だそうだ。というか、全身長靴からズボン、ベルトに至るまで、全て魔物の皮を使っているようだ。


 この時点で、候補はいくつか潰える。まず、平民はあまり推奨されないだろう。これだけのものを揃えるとなると、両親が商人か貴族、または冒険者でもなければあり得ないだろう。


 それに、こんな辺鄙なところに来る理由はなんだ?


 ここをうまく理由付けしなければ、身分もまともに考えられない。一番真っ先に思いつくのは商人の三男四男で、いわゆる流離う旅人だろうか? 見聞を広げるだとか、そういった理由が思いつく。


 だが、これにはどこの商人の子なのか? という話がある。ずっと遠く、それこそ『島国』出身が良いだろうか?


 そうであれば、俺のような明らかに『日本の名前』であったとしても追求だとかされることはなさそうだ。


 ……本当にそうか?


 俺の直感というか、未だ掘り起こせていない知識がNOを突きつけてきた。


 『日本の名前』がダメらしい。


 意識して、その知識を把握した瞬間──ゾワリッ、と背筋が凍るような、そんな怖気が走った。


 これは、ヤバい。間違いなくヤバい。


 どうする?


 暢気にプロフィール設定なんて考えていなければよかった。いや、この知識を把握して、さっさとここを立ち去っていれば、まだ希望はあったはずだ。だが、俺はそれをしなかったし、そんな知能はなかったのだ。どんな知識も、使う奴がダメじゃ、意味がない。


 今から、打開する方法はあるのだろうか? いや、ない。俺の持っているこの知識が正しければ、もはや手遅れ。遅すぎたんだ。


 その瞬間──




 ザッ




 と音が聞こえた。


 そして知らぬ間に、


 いつ現れたのか、まるでわからなかった。


 そして、その姿も異様に思えたのだ。


 目につくのは、真っ黒なオーバーコート。現在は冬でもないのに着込んでいるのは夜の闇に紛れるためだろうか。また、フードで顔を隠しているため、彼らの性別はいかにとして判別できない。


 そして、なにより異様なのは、無手であること。


 少なくとも、目の前に立っている人は何も持っていないのだ。


 それは、余裕なのか。それとも、無手である方がいいということなのだろうか?


 必死に、彼らの様子を伺う。


 この状況を打開するために、どうすればいいのか。情報はいくらあったって足りはしない。


 俺に、何ができる?


 そんな俺にはおかまいなしに、敵は口を開いた


「この世界へようこそ、異世界人よ。そして、さようならだ」


 君は死すべき存在なのだから──。そう言って彼は、俺に発砲した。


 いつだ? いつ銃を取り出したのだろうか? 俺には全く反応できなかった。そしてそれ以上に、異世界に来てすぐに死ぬことが、信じられなかった。


 さぞ俺は間抜けな顔をしていただろう。


 弾丸が目の前に迫っている。


 死の間際の、引き伸ばされた時間の中で俺は考えた。考え続けた。


 何も意味をなさなかった。


 ただ無情に、弾丸は俺の眉間を射抜き、崩れるように俺は倒れた。


 最後に見えたのは、文明から切り離されたかのように綺麗な、あまりに綺麗な星空だった……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る