晴れ、ところにより恋

「明希とも、マロとも、付き合えない」


 そう告白した、放課後。

 ランニングの掛け声と吹奏楽部が鳴らす楽器の音が、雑然とした廊下の喧騒を色めき立たせる、そんな青春から少し離れた場所で。

 廊下の端。祭事での備品を保管する、日頃は使われない部屋の前だった。

 私の言葉に、ふたりが息を詰めるのがわかった。

 なぜやどうして。そんな疑問を問いかけられる前に、私は口を回す。


「私はさ、幸せそうなふたりを見てて、幸せだったんだ」

「嘘の関係だよ、それは」


 明希の言葉に、私は首を横に振る。


「甘い嘘だったよ。だから、幸せだったんだ」

「幸せは、なるものだよ……?」


 マロのさえずるような声が伝えた言葉が彼女らしくて、少し表情が緩むのを自覚する。


「幸せには、してもらえるんだよ」

「そうだ。わたしはきみの手を……灯に、幸せにしてほしかった」


 その言葉の意味するところの全容を把握することはできないが、私が返せる言葉は限られていた。


「もらった幸せを返せたらよかったんだけど、でも、本当の恋心に嘘の恋心で応えるのは、違うって思った」


 それでおしまい。ふたりは黙り込んでしまう。

 窓の外で枝を伸ばす樹木が日よけになって、廊下が暗いのだと今さらに知る。


「ねえ、ひとつ聞きたいんだ」


 私は、それを確かめるためにここにいる。


「付き合ってて、ふたりは幸せだった?」


 ふたりの瞳に動揺が浮かぶ。


「嘘はなしだよ」


 そして、決して短くない時間が過ぎて。

 廊下の喧騒は波を引き、金属バットが球を打ち返す音が響いて、管楽器がハーモニーを奏でる。


「そうだね」

「うん、幸せだったよ」


 たとえそれが嘘の恋だったとしても、本物と同じだけの感情が芽吹くのだと信じていた。

 それを信じさせてくれたのが、ふたりだった。


「だからさ」


 私は、告白する。


「ふたりに恋させてよ」


 偽物の恋心なら、本物にしてしまえばいい。

 ふたりのどちらを選ぶとかは考えない。そもそもラブになるかわからないのだから。

 でももし、私が恋することができるなら。

 ふたりと同じものを、感じられるはず。


「ずるい言い方だね」

「にぶちんなだけじゃなくてひどいなんて……ちょーしょっく」


 非難轟々も予測のうち。すごく残忍なことをしてる自覚はある。

 でも、


「女の子を振り向かせるのは得意なんだよ、わたし」

「まかろんにめろめろにしてやんだからー」


 ふたりは、恋に心を捧げる。

 それが眩しくて、憧れた。

 日差しがわずかに差し込んで、日陰に慣れた目が眩む。

 そのなかに、ふたりとそれぞれ向き合う光景を見た。

 幻想だ。あるいは理想か。

 現実はふたりと向き合っている。

 臨戦態勢のマロが噛みつくように明希へ挑みかかって、それをなだめている。

 変わらない光景だ。

 あの告白から現実が変わったわけじゃない。変わったのは胸のうち――そんな、心。

 幻想とか空想とか理想とか、そのどれも嘘で、きっと夢だ。

 だから、私の心がわかるのは、これからもふたりは恋愛関係でいること。知っているのは、ふたりが私を好きなこと。

 窓の外。枝を伸ばす樹木には、黄色と赤と緑のコントラストが映えている。

 秋晴れ。空は高い。

 私たちの恋模様は、続いていく。

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ふたりの恋は、甘い嘘。 綾埼空 @ayasakisky

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