マカロンは世界でいちばんの幸せのお菓子
マカロンは幸せのお菓子なんだよ。
そうママが言ってたから、まかろんは自分が世界一の幸せものなんだって思ったんだ。
そんなマカロンだって、しなしなになる時期。まかろんは元気いっぱい!
『どうして?』
そう聞いてきたのは、学校一の人気者、あっきーこと姫宮明希ちゃんだ。
彼女の疑問にどう応えるか迷う。まかろんだってどうしてこんな発案したのかわかんないもん。
『灯ちゃんてさ、にぶちんじゃん?』
『え、うん、まあ……』
『まかろんが好き好きーってアピールしててもはてな顔。まかろんがわかるくらいにあっきーだって気を配ってるのにさ』
『いつキスしてしまうのかひやひさしてるよ』
『ちゅーするのは手を繋いでから!』
『そうだったね』
『だからさ、まかろんの想いが通じてないって知るたび、胸のなかがもやもやーってするんだよ。そしたら幸せな気持ちじゃいられなくなっちゃうの。まかろんは世界一幸せのはずなのに!』
『そういうときだってあるでしょ』
『ううん、ないの。もやもやーってなっても、まかろんはまかろんだから、それでも幸せだったの。楽しいことはあるからね! でも、灯ちゃんだけは違う』
『恋に悩める乙女ってやつだね』
『あっきーだってわかるでしょ?』
『まあ、わたしも乙女のはずだからね』
『灯ちゃんの前でくらい王子様やめたらいのに』
『痛いとこを突くね』
『だからさ、まかろんたちで付き合っちゃおうよ』
『だからさ、がどう繋がってるのかわからないけど』
『まかろんの王子様になれば、灯ちゃんのお姫様になる余裕ができるでしょ?』
『そうかなぁ……』
『そうだよ。そしてさ、にぶちんな灯ちゃんにまかろんたちのこと意識させよ!』
そんな言葉に、あっきーは悩むように眉根を寄せた。そんなんだから女の子にモテるのだ。
返答を待つまかろんの心臓はドキドキだ。あっきーはわからないけど、まかろんにとって初めてのお付き合いだから。
初めてお付き合いする人と結婚するのよ、なんてママは言っていて、パパが気持ちの問題としてな、と付け加えてたけど、まかろんだってはじめて好きになった人と結婚するつもりだった。
ママはおうちの関係でお見合いの結婚だったけど、パパのことがとても好き。
パパだってママのことが好きで、お酒が入ると一時間はママの好きなとこを喋ってる。
幸せだ。好きな人と結ばれるのが世界一幸せだって知っている。
でも、あっきーのことはすきでも、結婚したいの好きじゃない。
仲良しでありがとうのすき。
『違うんだよ、茉花幸』
そう口を開く。あっきーははきはき喋るから、まかろんの響きがあまりかわいくない。
『わたしがどうしてって思ったのは』
『ほかに何かある?』
『そこまでするほどに、どうして灯のことが好きなんだろうって』
聞かれるとは、心のどっかで思ってた。だから驚かなかった。
『乙女の秘密、聞いちゃう感じ?』
『無粋なのはわかってる。聞きたいわけじゃない。ただ、疑問に思ったんだ』
『じゃ、ないしょ』
『わかったよ。じゃあ、付き合おうか』
そうして、まかろんたちの嘘の恋愛関係は結ばれて、すぐ灯ちゃんに報告した。
驚いていたけど、あっという間に祝福してくれた。
灯ちゃんを抜いて遊びに行って、それを報告したり。あっきーへのプレゼントの相談をしたり。いつものように三人で遊んだりして。
そんな夏を過ごして、でも、灯ちゃんがまかろんたちの気持ちに気づくことはない。
灯ちゃんが、まかろんのことを思い出す気配は、なかった。
『まかろん、って、どんなのなの?』
まかろんって変な名前って言われた。それはいい。だって変な名前だから。
けど、ママとパパが世界でいちばん幸せでいてほしい。そんな願いを込めてつけてくれた名前だ。
だけどマカロンだからって世界でいちばん幸せなんかじゃないと言われた。
マカロンなんてお菓子を知らなくても、自分たちは幸せだって言われた。
それで胸のなかがどうしようもなくなって、まかろんは泣いてた。
ひとりぼっちだ。公園のすみっこで、それ以外の世界が崩れ落ちてしまったような、そんな孤独があった。
そうしたら、知らない女の子が喋りかけてきたのだ。
『まかろん……あなたも知らないの?』
『うん、でも、しあわせのおかしだっていってた』
『……まかろんはね』
鼻水をずびっと吸って、止まらない涙をそのままに。
『さくさくしてて、ちっしゃくてかわいくて、いろいろな色があって、それでね、とってもあまいの!』
『へー』
その相槌には、興味の気配があって。
『いつかたべてみたいなー』
『じゃ、じゃあ!』
胸のなかのどうしようもないものはどこかいって、救われた気持ちになったりして。
『おうちから、もってくる。今! まってて』
そうして走って帰って、泣きはらした顔をママに驚かれながら、まかろんはそれどころじゃなくてマカロンをねだった。
心配したママがついてくる公園への道で、あの子はもういないんじゃないかって思って、また少し泣いた。
いた。
あの子はベンチで、足を遊ばせながら空を見ていた。
まかろんの足音か、息遣いか。気づいた彼女が駆け寄ってきた。
『それがまかろん?』
息も絶え絶えで言葉を紡げないまかろんは、何度もうなずいた。
包装をとくと、色とりどりのちいさなマカロンが十個。
ママには申し訳ないけど、ふたりで分け合った。
マカロンはずっといつでもおいしくて幸せの味がする。
『おいしい……! これが、まかろん!!』
『しあわせのあじがするでしょ?』
『うん、あまくてしあわせ!』
でも、彼女と公園のベンチに座って食べたマカロンが世界でいちばん幸せだった。
それから彼女と会えることを望んであの公園に通ったりしたけど、まるで妖精だったかのように二度と姿を見ることはなかった。
それから月日が流れて、高校に入学して。
どうしてか──いや、当然だ。まかろんがあの子のことを忘れるはずがなかった。
もう逃がさないように声をかけて、やっぱりあの子で、瀬良灯って名前を知って嬉しくて、まかろんも自分の名前を伝えた。
それで、あの日が再開すると思っていた。
こんなやつを忘れるなんてどうかしてると思う。
だからはじめましての友達になって、同じクラスなのが幸せで、自己紹介のときに、
『好きな食べ物はマカロンです』
なんて言うものだから、にぶちんなんだなって思った。
あと、久しぶりにこっちに帰ってきたとも言っていて、妖精ではなかったと知る。
『んー、なんでだっけ?』
どうしてマカロンが好きか聞いたときだ。
『なんかさ、昔に、マカロンは幸せのお菓子だって聞いたから。それで、なんとなく好きになったんだ』
それで、まかろんの胸のなかは満たされた。世界一幸せだって、ひとりぼっちでも笑っていられる。
まかろんだけが憶えてる、恋のはじまり。
それに賞味期限なんてないんだから、大切にたいせつに、胸の奥にしまっておく。
だから伝えるのは、今のまかろん。
再会してからもっと好きになった、灯ちゃんへの気持ち。
「付き合ってください!」
困ったような表情をする灯ちゃんに後ろ暗い気持ちが湧きながら、その感情がどこか心地よかった。
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