第5話 (終)

 夜。屋上。そこそこの風。

 彼女が来た。煙草擬きをくわえている。


「暇ですか?」


「暇だよ、とても」


 世界は作り変わって。遂に自分達を肯定するに至った。しかし、煙草擬きのない屋上は、どうしようもなく、暇だった。

 世界に危機が訪れることは、もう、ない。そして、危機を回避する任務は、消えてなくなった。危機と隣り合わせの非日常こそが普通の日常だったので、何をどう過ごしていいか、正直分からない。


「子供でも。つくろうかなって」


 誰と。訊こうとして。やめた。ろくな会話にならない予感。


「誰と、って訊くところですよ」


 訊くべきだったらしい。世界の危機はなくなっても、女の機嫌は直らない。


「任務がなくなってさみしいのか」


「まさか。せいせいしてますよ」


 目の前の自分を焼き殺しそうな目をしていた。この女には、命に対する執着がない。世界を救うというものに冒されずとも、それは変わらないのだろうか。彼女は、また無理をして、しににいくのだろうか。


「風が気持ちいいなぁ」


 夜を眺める、彼女。煙草擬きの煙。流れて消える。


「いつまで吸ってんだよ」


 煙草擬き。最後の一本。世界の危機が消え去った今、不要なものだった。この世界は、自分達に適応している。煙草擬きのミントの加護は、もう必要ない。


 彼女のほうから。煙。


「ばかにしてます?」


 いつまで吸ってるんだという心からの疑問だったが、伝わらないらしい。まぁ吸えてるならいいか。


 煙草擬き。

 無ければ無いで、どこか物悲しかった。いつも屋上では、くわえていた。


「吸います?」


 彼女の手がのびてくる。煙草擬きを、持った手が。煙草擬きを。越えて。首に回って。彼女のくちが、煙草擬きの代わりにあてがわれた。

 蒲萄味。


「ピーチ味のほうがうまいな」


「あ、覚えてるんだ、そういうのは」


「なんの話だよ」


 しにかけの彼女にキスをしてたとは、くちが裂けても言えない。今さっき吸われたけど。くちが。


 彼女。煙草擬きを、にぎりつぶしてポッケにしまっている。遂に、吸うのをやめたらしい。


「無理すんなよ」


 キスされた反動か、つい。思っていることを喋ってしまった。


「あなた次第かな」


「どういう意味だよ」


 無言。


「わたしはやりますよ。最後まで」


「だから。どういう意味だよ」


 もう一度。蒲萄味。

 さっきよりも味が強かった。

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Peach & Grape smokes. (Hi-sensibility) 春嵐 @aiot3110

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