一章 出会いと契約①

 どうしてこんなことになったんだろう。

 リックスと出会ったのはれんきんじゆつを学ぶ学校だった。錬金術は一定以上のりよくを持っていれば習うことができた。そのため傷を治すポーションや、生活に役立つ魔道具などを作り出す錬金術は人気で、生徒も多く、私とリックスも錬金術を学ぶ学校の生徒の一人だった。学校で告白されてそのまま付き合い、大人になってけつこんした。普通のれんあいだったと思う。付き合っているときの彼は優しかったし理解があると思っていた。でも私の父の経営する、職人などに納品する魔道具を作るこうぼういつしよに働きだすようになってから、かんが生じた。

「あのさ、女の君が僕より魔道具作りがうまかったら、僕の立場なくなると思わないかい?」

 そう言って私が新しいものを作ると、彼がいやな顔をするようになった。

 だから私は魔道具を作るのをやめた。そして薬を配合する部署に異動させてもらった。

 それなのに「君ばかり評判がよくて、僕ちょっと落ち込んじゃうな」と言われるようになり、父が死んだことで決定的になった。

 けいが代表になることでエデリー家は再出発することになった。

 彼は、継母が経営者になると、サニアといるようになった。私はいつのまにか事務にまわされた。商品の仕入れと発注と営業。

 慣れない仕事だったけれど、父の代から付き合ってくれている取引先の人達のおかげで、順調にいっていたつもりだった。でも彼に「発注ミスがあった!」と責めたてられてそれをも取り上げられたのはつい最近。けれどそれはサニアが発注したものだったはず。

 気がついたら私のせいにされて、そこから倉庫の商品整理の仕事に追われるようになり食事もすいみんもろくにとれなくなっていた。もうつかれた。サニアみたいに可愛かわいかったら、私ももっとまともな人生を歩めたのかな。

 ああ、もうどうでもいい。もうよくわからないから、このまま死んでしまいたい。

 どこか遠くで、男の人達の声が聞こえたけれど関係ない。

 きっと嵐がくる日に他人に関わってくれる人はそういない。こんなぼろぼろの女など雨のなか捨ておかれて死ぬだろう。死んだ父と母に会えるかな。

 そんなことを考えながら私はまどろんだ。


    ● ● ●


「容態は?」

 キールの問いに医者はふむとうなずいた。

「栄養失調とろうでしょう。しばらく安静にし、しっかりと食事をとらせてください。あまり胃に負担になるような食べ物をいきなりあたえることの無いようにお願いします」

「わかりました」

 そう言って去っていく医者の後姿にキールはため息をつく。女性を拾った後、風雨がひどくなった道を馬車を走らせホテルまでたどり着いた。だが嵐でホテルは満室で彼女用の部屋を借りることもできず、ヴァイスの部屋のベッドでかせてある。

「どうするおつもりですか? この嵐でほかのホテルにうつすのも無理でしょう」

 ソファに座って書類を読みふけっているヴァイスにキールがたずねる。

「追い出すわけにはいかないでしょう? 彼女はここで休ませましょう。私はソファで寝ますから気にしなくていいですよ」

「旦那様がですか!?」

「一人にするわけにもいかないでしょう? それより彼女の身分証を写しておいてください。身元を調べるのに必要ですから」

 そう言ってヴァイスは女性が所持していた身分証をキールにわたす。

「……かしこまりました」

 なつとくできないような顔ではあったがキールは頷いて部屋を立ち去った。


    ● ● ●


ずいぶん面倒なことに関わってしまった)

 ヴァイスは心の中でりながらソファにこしをかけた。

 くせまきに手をだそうとして、病人がいる部屋だとその手をとめ、ため息をつき、頭をくと仕事の書類に手をばした。ヴァイスはチラリとベッドに視線をうつす。

 たおれている女性の姿が、母の姿と重なった。愛人を作った父に捨てられ精神をんでしまった母に。夢遊病になり、時間を問わず街をはいかいするようになってしまったのだ。

 最後に見たのは馬車にかれ血まみれになった母の姿。

(あまりにも似ていたため思わず拾ってしまったが……)

 自分にも親に対する情めいたものがあったのだと、苦笑いをかべて、キールが写し終わったと持ってきた女性の身分証に目を通す。女性の名前はシルヴィア・エデリー。錬金術で有名なエデリー家の者だ。エデリー家は、他ではできない錬金術の秘術を持ち合わせ、高度な錬金術の精製ができる。そのため、薬の質がよく、他国からわざわざ買いにくるほどの名家だったはずだ。ただ、それは先々代までの話で、現在ではあまり質がよくないものに変わっていると聞く。それでもエデリー家は有名なため、この国に入国する前にそれなりの知識は仕入れている。先代の当主が死んでから、むすめあといで、事業は後妻が仕切っていたはずだ。そして自分のおくが正しければ彼女はエデリー家の先代の娘のはず。

こんな衰弱した状態で嵐の街を徘徊していた?)

 所持金もとてもではないが、エデリー家の者とは思えない。

(身分証をぬすんだか、はたまた本人か……どちらにせよやつかいなことにかわりない)

 ヴァイスは書類に目を通しながら大きくため息をつくのだった。


    ● ● ●


 ……ここは?

 やわらかいはだざわり。まるでふかふかのベッドに寝ているような違和感に起き上がる。

 見回すとかなり高価な調度品の整った部屋で、高級なとんをかけて寝ていた。

 ホテルのような部屋で、自分はベッドで寝ていてソファには見知らぬ男の人が本を顔にかぶせてねむっている。

 何がどうなっているのだろう? 私は馬車に轢かれて死んだはずなのに。

「目が覚めましたか」

 きょろきょろしていると先ほどソファに寝ていた男の人が、私が起きたのに気づいたようで本を片手に持ち立ち上がった。れいな顔立ちの長身の男性。

「……貴方あなたは?」

「私はヴァイス・ランドリュー、商人です。誤解を招く前に言っておきますが、私は貴方を保護したのであって、ゆうかいではありませんのであしからず。貴方が私の馬車の前に飛び出してきましてね。見ての通り外は嵐であのありさまですので、放置するわけにもいかず、ここへ連れてきました。すでに医者にてもらいましたが、栄養失調と疲労によるものだそうです」

 そう言われて窓の外を見てみると、外はたしかにかなりの雨と風だった。高級なホテルなためほうでの防音がかんぺきで気づかなかった。

「た、助けていただいてありがとうございますっ」

 私はあわてて頭を下げる。

「お礼は結構。身元を調べさせていただきましたが、貴方の状態を見る限り、貴方を家に帰すにはあまりいいかんきようというわけではなさそうでしたので、エデリー家へのれんらくひかえさせていただきました」

 ヴァイス様が私の身分証を私に渡した。

「……ありがとうございます。連絡を控えてくださってありがたいです。もうあそこに私の居場所はありませんから」

 よかった。エデリー家に連絡をされたらまたおこられてしまう。お前など知らないと、ののしられる未来がみえて、急に悲しくなってなみだぐんでしまい、慌てて涙を手でぬぐった。

「……居場所がないのですか? よろしければ理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」

「はい。こんしたので、もうあの家は私の居ていい場所ではありません」

 私が身分証をかかえながら言うと、ヴァイス様はすごく不思議そうな顔をした。

「わかりません。確か正式に家を継いだのは娘の貴方のはずです。何故貴方が出ていかねばならないのですか?」

「それは私が仕事もできないし、役立たずで、女としてもこんな姿ですから」

 ベッドから見える鏡に映る自分の姿に泣きたくなる。身なりを整えてなかったせいで本当に酷い。

「……。関係ありませんよね?」

「え?」

「家をぎ、土地建物、その他のものも名義はすべて貴方のはずです。仕事ができようがどのような身なりであろうが貴方が家を出ていく理由にはならないはずですが、こんいん後に名義を移したのでしょうか」

「……はい。私には不相応だと。全てけいに」

「…………」

 ヴァイス様は無言で私を見つめた。

「それはいつごろ?」

「……けつこんして二年目くらいだったと思います」

「それについて貴方は何も思わなかったのでしょうか?」

「……? 家を継ぐのは継母の方が相応ふさわしいと思いましたから」

 私の言葉にヴァイス様は持っていた葉巻に火をつけようとマッチをすり、慌ててそのマッチの火を消した。葉巻を無造作にポケットにつっこむ。

「わかりました。今の貴方とこの会話をしても不毛でしょう」

 ヴァイス様の声から少しいらちを感じて私はビクリとしてしまう。男の人の怒る声はいまだに苦手だ。私は無能だからすぐに人を怒らせてしまう。

 その様子にヴァイス様が少し困ったように頭を掻いた。

「ああ、申し訳ありません。イラついたのは貴方にではなく、相手方なのですが。……わかりました。今の貴方は職も住むところもないようですから、私がやといましょう」

「え? どうしてそれを?」

「貴方の服装と行動、そして今までの言葉でそれなりに推察はできます。ちがいましたか?」

「それはそうなのですが……、見ず知らずの私を雇っていただけるのでしょうか? この通り見かけもひどくて、仕事もよくできないですから……」

「エデリー家の取引先くらいはあくしているのでしょう? その情報を所持しているだけでも、十分雇うだけの価値はあります」

「ではお断りします」

「……ほぅ?」

 私の言葉にヴァイス様が目を細めた。助けてもらった恩はある。でもこれだけは

「お客様の同意なくきやく情報を渡すわけにはいきません」

「取引内容まで話せとは言いません。取引先だけでかまわないのですが」

「それでもです。エデリー家の取りあつかいはほぼ薬であるポーションです。その取引内容は密接にお客様の健康状態や、軍事機密にもかかわることがあります。そういった顧客の情報を流すのはマナーはんです」

 まっすぐ見つめて言う。駄目な私でも私を信じて注文してくれたお客様まで裏切ってしまったら、私は本当に最低な人間になってしまう。

「では、貴方はこれからどうすると? その所持金では一週間すごすのがやっとでしょう。申し訳ありませんが貴方の今の健康状態と、貴方の身の上を考えると雇うところなどないでしょう。この街でエデリー家のえいきよう力は大きい。エデリー家から追い出された、病弱な貴方がどこかに就職できるとは思いませんが。路上生活者にでもなるつもりですか?」

「路上生活者になる未来しかないとしても、私を信用してくださった方々を裏切るつもりはありません。仕事のできない私なりの最後のほこりです」

 そう、この誇りを失ってしまったら、私には何も残らなくなってしまう。これだけは絶対ゆずれない。私は急いで立ち上がると、そのまま荷物に手をばす。

「どうする、つもりですか?」

「必ず今日のお礼はお金をかせいでお返しします。今日は本当にありがとうございました。けれどこれ以上ここでお世話になるわけにはいきません」

 もし顧客情報を聞き出すためだけに私を拾ったのだとしたら、これ以上この人に関われない。それに調度品を見るとかなりランクのいいホテルだろう。長くたいざいしてホテル代をせいきゆうされても私にははらえないのだから早く出て行かないと。

「このあらしの中をですか?」

「どこかで雨さえしのげればかまいません。寒いのには慣れています」

 去ろうとした私のかたにヴァイス様が手をおいて制した。

「わかりました、では取引先を聞かないと約束いたしましょう。別の条件を提示させていただきます」

「別の条件……ですか?」

 私はヴァイス様を見上げる。

「はい、私とけいやく結婚してください」

 ヴァイス様はそう言ってにっこり微笑ほほえむのだった。

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