一章 出会いと契約①
どうしてこんなことになったんだろう。
リックスと出会ったのは
「あのさ、女の君が僕より魔道具作りがうまかったら、僕の立場なくなると思わないかい?」
そう言って私が新しいものを作ると、彼が
だから私は魔道具を作るのをやめた。そして薬を配合する部署に異動させてもらった。
それなのに「君ばかり評判がよくて、僕ちょっと落ち込んじゃうな」と言われるようになり、父が死んだことで決定的になった。
彼は、継母が経営者になると、サニアといるようになった。私はいつのまにか事務にまわされた。商品の仕入れと発注と営業。
慣れない仕事だったけれど、父の代から付き合ってくれている取引先の人達のおかげで、順調にいっていたつもりだった。でも彼に「発注ミスがあった!」と責めたてられてそれをも取り上げられたのはつい最近。けれどそれはサニアが発注したものだったはず。
気がついたら私のせいにされて、そこから倉庫の商品整理の仕事に追われるようになり食事も
ああ、もうどうでもいい。もうよくわからないから、このまま死んでしまいたい。
どこか遠くで、男の人達の声が聞こえたけれど関係ない。
きっと嵐がくる日に他人に関わってくれる人はそういない。こんなぼろぼろの女など雨のなか捨ておかれて死ぬだろう。死んだ父と母に会えるかな。
そんなことを考えながら私はまどろんだ。
● ● ●
「容態は?」
キールの問いに医者はふむと
「栄養失調と
「わかりました」
そう言って去っていく医者の後姿にキールはため息をつく。女性を拾った後、風雨が
「どうするおつもりですか? この嵐で
ソファに座って書類を読みふけっているヴァイスにキールが
「追い出すわけにはいかないでしょう? 彼女はここで休ませましょう。私はソファで寝ますから気にしなくていいですよ」
「旦那様がですか!?」
「一人にするわけにもいかないでしょう? それより彼女の身分証を写しておいてください。身元を調べるのに必要ですから」
そう言ってヴァイスは女性が所持していた身分証をキールに
「……かしこまりました」
● ● ●
(
ヴァイスは心の中で
最後に見たのは馬車に
(あまりにも似ていたため思わず拾ってしまったが……)
自分にも親に対する情めいたものがあったのだと、苦笑いを
(
所持金もとてもではないが、エデリー家の者とは思えない。
(身分証を
ヴァイスは書類に目を通しながら大きくため息をつくのだった。
● ● ●
……ここは?
やわらかい
見回すとかなり高価な調度品の整った部屋で、高級な
ホテルのような部屋で、自分はベッドで寝ていてソファには見知らぬ男の人が本を顔にかぶせて
何がどうなっているのだろう? 私は馬車に轢かれて死んだはずなのに。
「目が覚めましたか」
きょろきょろしていると先ほどソファに寝ていた男の人が、私が起きたのに気づいたようで本を片手に持ち立ち上がった。
「……
「私はヴァイス・ランドリュー、商人です。誤解を招く前に言っておきますが、私は貴方を保護したのであって、
そう言われて窓の外を見てみると、外はたしかにかなりの雨と風だった。高級なホテルなため
「た、助けていただいてありがとうございますっ」
私は
「お礼は結構。身元を調べさせていただきましたが、貴方の状態を見る限り、貴方を家に帰すにはあまりいい
ヴァイス様が私の身分証を私に渡した。
「……ありがとうございます。連絡を控えてくださってありがたいです。もうあそこに私の居場所はありませんから」
よかった。エデリー家に連絡をされたらまた
「……居場所がないのですか? よろしければ理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「はい。
私が身分証を
「わかりません。確か正式に家を継いだのは娘の貴方のはずです。何故貴方が出ていかねばならないのですか?」
「それは私が仕事もできないし、役立たずで、女としてもこんな姿ですから」
ベッドから見える鏡に映る自分の姿に泣きたくなる。身なりを整えてなかったせいで本当に酷い。
「……。関係ありませんよね?」
「え?」
「家を
「……はい。私には不相応だと。全て
「…………」
ヴァイス様は無言で私を見つめた。
「それはいつ
「……
「それについて貴方は何も思わなかったのでしょうか?」
「……? 家を継ぐのは継母の方が
私の言葉にヴァイス様は持っていた葉巻に火をつけようとマッチをすり、慌ててそのマッチの火を消した。葉巻を無造作にポケットにつっこむ。
「わかりました。今の貴方とこの会話をしても不毛でしょう」
ヴァイス様の声から少し
その様子にヴァイス様が少し困ったように頭を掻いた。
「ああ、申し訳ありません。イラついたのは貴方にではなく、相手方なのですが。……わかりました。今の貴方は職も住むところもないようですから、私が
「え? どうしてそれを?」
「貴方の服装と行動、そして今までの言葉でそれなりに推察はできます。
「それはそうなのですが……、見ず知らずの私を雇っていただけるのでしょうか? この通り見かけも
「エデリー家の取引先くらいは
「ではお断りします」
「……ほぅ?」
私の言葉にヴァイス様が目を細めた。助けてもらった恩はある。でもこれだけは
「お客様の同意なく
「取引内容まで話せとは言いません。取引先だけでかまわないのですが」
「それでもです。エデリー家の取り
まっすぐ見つめて言う。駄目な私でも私を信じて注文してくれたお客様まで裏切ってしまったら、私は本当に最低な人間になってしまう。
「では、貴方はこれからどうすると? その所持金では一週間すごすのがやっとでしょう。申し訳ありませんが貴方の今の健康状態と、貴方の身の上を考えると雇うところなどないでしょう。この街でエデリー家の
「路上生活者になる未来しかないとしても、私を信用してくださった方々を裏切るつもりはありません。仕事のできない私なりの最後の
そう、この誇りを失ってしまったら、私には何も残らなくなってしまう。これだけは絶対
「どうする、つもりですか?」
「必ず今日のお礼はお金を
もし顧客情報を聞き出すためだけに私を拾ったのだとしたら、これ以上この人に関われない。それに調度品を見るとかなりランクのいいホテルだろう。長く
「この
「どこかで雨さえ
去ろうとした私の
「わかりました、では取引先を聞かないと約束いたしましょう。別の条件を提示させていただきます」
「別の条件……ですか?」
私はヴァイス様を見上げる。
「はい、私と
ヴァイス様はそう言ってにっこり
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