一章 出会いと契約②
「契約結婚……ですか?」
長い
「はい。契約結婚ですから
確かに最低限の知識はある。けれど良き商家の妻を演じられるかと言われれば話は別だ。
「で、でも私ではとてもそんな大役が務まるとは」
「けれど契約ならば私は顧客になります。貴方は私の情報を厳守してくれるのでしょう?」
ヴァイス様が
「は、はい! そ、それは……もちろんお客様の情報は必ず厳守しますっ!」
「では、契約成立ですね。よろしくお願いします」
笑みを深くして言うヴァイス様。
「え、あの、その、そういう意味じゃ!? いまのはお客様の情報を厳守するほうで……」
「キールっ!」
私が言い終わらないうちに、ヴァイス様が
「彼女は未来の私の妻なので
入ってきたキールという男の人にヴァイス様が言うと、キールさんが私とヴァイス様を
「え、あ、あの」
思ってもみなかった展開に私が二人の顔を交互に見つめるけれど、ヴァイス様は気にした風もなく
「私はやらなければいけないことができましたので、少し出かけてきます」
「あ、あのっ!」
「それではあとはまかせましたよ。キール」
「はい」
私が断る間もなくパタンと扉が閉められヴァイス様は部屋を出て行ってしまう。
「それではよろしくお願いいたします。シルヴィア様」
残ったキールさんが深々と頭を下げた。
「どこに行かれるつもりですか?」
「あ、あのやっぱり私には無理です。ヴァイス様と結婚するなんて!
そう、キールさんの説明で判明したのはヴァイス様が有名な商家の当主であるということ。大国で五本の指に入るといわれるほどの規模の商家、ランドリュー家。ヴァイス様は小さな商家から一代で勢力を広げたやり手商人として風の
「申し訳ありませんがそれは直接
ハンカチを手に
うっ。そんなことを言われてしまったら、出ていけない。
「……そ、それは困ります」
「はい、そうです。どうか私を
「ヴァイス様はいつ
「さぁ、あの方は気まぐれなので」
そう言ってキールさんは微笑んだ。
● ● ●
カラン。扉のベルが鳴った。
嵐で閉じているはずの店に客が
「お久しぶりです。仕事の
「この嵐の中、供も連れずお一人でくるとは何かありましたか」
酒のグラスを
「ええ、予定外の出来事で供をあまり連れられない状態でしてね。一人で来るしかありませんでした。それで、少し調べてほしいことがありまして」
ヴァイスは何かメモした紙を情報屋に
「エデリー家ですか」
「はい。金に糸目はつけません。
ヴァイスのにこやかな笑顔に情報屋はやれやれとため息をついた。
「次のターゲットはそこですか。お
「おや、人を何だと思っているのですか?」
ヴァイスが笑いながら
「品行方正で心のお美しいヴァイス様です」
情報屋がグラスに酒を注ぐと、ヴァイスは
「よくわかっているではありませんか。ああ、それで、今日ここに
ヴァイスは葉巻をふかしながら、ウィンクしてみせた。
● ● ●
「今日から奥様のお世話をさせていただくことになりました。マーサです。よろしくお願いいたします」
結局、次の日になってもヴァイス様は現れず、代わりにホテルにきたのは世話係と自己
「は、はい……よろしくお願いいたします」
マーサさんは私を見て、
「キール様、シルヴィア様をお
「仕方ないでしょう。
キールさんの言葉にマーサさんがむぅと
「それはそうですけど。さ、奥様まずは身なりを整えてさっぱりしましょう」
「あの、奥様という呼び方は……」
「ああ、まだでしたね。でも、いいじゃありませんか。どうせ奥様になるんですし」
「え? いや、その」
「さぁ、行きましょう」
私はニコニコ顔のマーサさんにお風呂に連れていかれるのだった。
「どうですか気持ちいいですか」
「はい、とても」
ホテル内に用意されたお風呂に入りながら私は答えた。
湯船に花びらが
いつ頃からだっただろう、リックスがもってきた商談で大きな損害をこうむってから質素
「それは大変でしたね」
お風呂を出て
「でも仕方ないですよ。家が大変だったのですから」
「奥様、私は昔、ヴァイス様の
「そうなのですか?」
「はい、エデリー商会の本店もよく行っていましたよ。リックス様とサニア様はいつも
「それは仕方ありません。私とは
「……」
その言葉になぜかマーサさんに
「マーサさん?」
「ああ、すみません。さ、綺麗になりましたよ」
鏡に映るのは、お
「マーサさんはお化粧が上手ですね。私でも見られるようになりました」
「元がいいからですよ。食べてもう少しふっくらしてきたらもっと美人になりますよ」
マーサさんがそう言ってくれてお世辞でも嬉しくなってしまう。
「そ、そうだと嬉しいのですが」
「そのためには少しふくよかにならないと。お昼はレストランに行きませんか。あっさりしたスープの
「え、でも私お金は」
「未来の奥様がお金を気にしたらいけませんよ」
「今日はとても楽しかったです」
あの後、気晴らしに外で遊びましょうと
レストランで食事をしたり洋服を買ったりしたけれど、お金は全部マーサさんが
一通り遊んでからホテルの部屋に
「それはよかったです。奥様、また明日も朝に来ますね」
「えっと、その、ですが私は奥様じゃな……」
「それは
「……はい」
ウィンクして言うマーサさんの言葉に私は
「……私お金返せるかな……」
一人になった部屋で紙におおよその金額を記入しながら私は大きくため息をついた。
「今日からこちらに住むことになりました」
買い物をしてから数日後。マーサさんとキールさんにホテルから連れ出されてついたのは、街のやや中央から
「えーと、このお屋敷は
私がエデリー商会にいたとき住んでいた屋敷より大きい建物に、どう反応していいのか困っているとキールさんが笑う。
「ホテルの一室では不便ですからね。先日旦那様が買われたそうです」
買った? この屋敷を!?
「でもあの、五日で買えるものなのでしょうか?」
「旦那様ですからねぇ。あの悪徳商人として有名なランドリュー商会のヴァイス様ですよ。
マーサさんがけらけら笑いながら言うと、キールさんがごほんと
「ちゃんと正規の方法で
屋敷を見上げて言うキールさん。
どこがこぢんまりなのだろう。広い庭園もあり、屋敷も四階建ての立派なものなのに。
「まぁ、いつかはランドリュー商会の本社のある国に行くことになるのですし。
キールさんがにっこり笑いながら私にどうぞと手を差し出した。
「か、仮住まいですか?」
「そうですよ。奥様の国は
マーサさんがうんうん頷く。
「あ、あのもし半年ここにいたとして、その後はこのお屋敷はどうなるんですか?」
「利用方法は
「そうですね。考えますよ旦那様が」
うんうんと頷く二人。
つ、つまりこのお屋敷は私のためだけに買ってくれたということ……?
ど、どどどどうしよう。
ここまで用意してもらって断れる?
どんどん断りづらい
「今日の夕飯はわたしが腕によりをかけてつくったサファのステーキです」
そう言って夕飯に出された食事に私は
「これ舌ざわりからして一級品ですよね?」
「
「さ、食べてください」
ニコニコ笑って
……本当にどうしよう。お金返せる気がしない。
● ● ●
「
今日の食費がいくらとつぶやいて、顔を真っ青にしながら部屋に戻っていくシルヴィアを見つめて、キールがマーサに
「
マーサが
「私、旦那様と
「よく言いますよ。キール様も同類じゃないですか。キール様、妹なんていませんよね」
マーサが
「そうでもしないと出ていかれたら、私の首が飛ぶでしょう?」
無能だと捨てられた錬金術師は敏腕商人の溺愛で開花する もう戻りませんので後悔してください てんてんどんどん/角川ビーンズ文庫 @beans
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