第4話


「異世界からの客人たちよ、この度は災難だったな」


オニーさんの叔父さんだという王様は、かなり見た目が若かった。

三十代前半って感じ。

それにやっぱり少しオニーさんと似てる。


「ライル、それにオルガノ、ついにツガイを得られたそうだな。うらやま……げふん、めでたい事だ。

それがどちらも異世界からの客人とは妙な縁だがな」


そーですよねー。

わたしたちが召喚されなければ、永遠に会えなかったんだから。


「誠に。ヘレネ王国には、は感謝しております」


オニーさんが優雅にお辞儀をした。

優雅に……出来るんだ。

今まで唐突な行動しか見てないから、ちょこっと感心してしまった。


ヘレネ王国っていうのは、わたし達を召喚した危ない国です。


「その縁を持って、異世界の客人たちを我が国で保護すると決まった。

ツガイを外に出すことに不満はあろうが、一度は皆に披露目をしておくべきだろうと今日来てもらったのだ」


ここは謁見の間。

国のお偉いさんたちがたくさんいるんだよ。

さすがにこういう場なので、今日は縦抱っこされてません。

ただ、がっちり肩に腕を回されてる。


「お心遣い、感謝申し上げます」


オニーさんの一礼に倣って、わたしもお辞儀をした。

大体四十五℃傾斜。

ラノベの異世界物ってよく西洋風だったりするから、女性はカーテシーするみたいな事よく書かれてたけど、特に教わってないし、日本人組はふつーにお辞儀してますよ。



今日のオニーさんの衣装は、やっぱり黒尽くし。

でも、上着やマントにびっしりと金糸の刺繍が施されてて豪華。

ついでにわたしのワンピースドレスも、黒地に金糸の刺繍が華やかです。

相変わらずフリルにレースがいっぱいだけどねー。


コンビニのお姉さんは、オカリナさんに借りたドレス着用。

淡い水色で体にフィットするマーメイドライン。

出るとこ出てると似合うよねー。


そしてそのオカリナさんは、魔法の首輪を外してもらって本来の姿に戻ってるの。

白銀の髪と耳。アイスブルーの瞳。

青から白へのグラデーションのマーメイドラインドレスが超似合うクールビューティー!!

色味が変わるだけで印象ががらりと違うね。


サラリーマンのお兄さん?

いるよ。チャコールグレーの上下一式借りた模様。

こちらの上着はお尻が隠れるくらい長い。


私たち日本人組は、この謁見前に自己紹介をしあってる。

何時までも「JK」とか「コンビニのお姉さん」とか言ってられないしね。


コンビニのお姉さん改め、加藤真理子さん十九歳。通称マリー。

サラリーマンのお兄さん改め、田中健司さん二十四歳。通称ケン。


わたしは日本人組に『かのこ』と呼んで欲しいとお願いしたけど、他の人達が混乱して面倒になったので、結局通称は『バンビ』となった。

なんでだよ。


因みに、竜人族や銀狼族は長命種で、成人は五十歳位で、寿命は二百歳オーバーが普通らしい。

つまり、十代は認定。

白銀のおにーさんが、マリーさんの年齢を知って「えっ!?」ってきょどってたのが可笑しかった。

程よくボンキュッボンだもんね、マリーさん。



「しかし、ヘレネ王国にも困ったものだが、ドルモワの魔王がついにかの国の王族を皆殺しにしたようだ。

これを機に、魔族と人族の全面戦争に発展しなければ良いのだがな」


うわー、なんか物騒な話になって来たぞ。


「勇者召喚などしたから、我慢の限界に達したのでしょう。

ヘレネ王国は自業自得としか言えないかと」


王様の隣、厳めしい顔のおじさんが呆れた感を出して言う。

え? 宰相なの?

へぇと感心してたら、謁見の間の外から、バタバタと慌ただしい足音が聞こえてきたよ。


バターンと乱暴に開かれる扉。


「聖女はいねがぁ!」


頭の左右にねじれた大きな角が生えている、怖い顔した人が乱入して来た!

そしてオニーさんがわたしをサッと抱え上げたのが同時。


「何事だ!? ドルモワの魔王」


すかさず問い質したのは王様。

魔王なのか。【なま〇げ】かと思ったよ。


魔族わんどの天敵、勇者は倒したばって、まんだ聖女がいるんだべ!?

こっちさ連れで来だって言うはんで、さっさと出してけろじゃ!」


……魔王、訛ってるね。

てゆーか、オニーさんが「は?」と地の底から響くような低音で一言発したんだけど、冷気が~!


「オカリナ、バンビを頼む」


「お任せください」


という会話の元、オニーさんの腕からオカリナさんの腕に渡されるわたし。

どういう事かな?


「あー、皆の者、避難するように」


宰相さんが、謁見室にいた人たちを玉座側に避難誘導するのに対し、オニーさんが一人で魔王に近づいていく。


「ライル、ここでは止めてくれ。王宮が壊れ……あー、聞いちゃいねーか」


王様の言葉の途中で、オニーさんが魔王に先制攻撃。

オニーさんの腕の一振りで、魔王がドカンと壁にめり込んだんだけど!

魔王もワンパンなの!?


「聖女バンビは竜人族である俺のツガイだ!

ツガイを害しようとするならば報復するまでだ!」


ガラガラと壁の残骸と共に床にべちゃっと落ちた魔王だけど、まだ意識があるみたいで、頭を左右に振ってゆっくりと起き上がったよ。

わぁ、頑丈だなー。


「……あ? えーっと……ヅガイ?

ぢょっと待で! 聞いでねーけど!? だはんでぢょっど待でぇぇぇぇぇ」


オニーさんに引きずられて魔王の声が遠ざかって行く。

しばらくみんな無言で固まってた。


「……ええと、どういう事でしょうか?」


現在、何故かオカリナさんにお姫様抱っこされてるわたしが、恐る恐る質問した事で固まっていた皆さんが我に返ったように動き出した。


「――そうですね、竜人族と銀狼族は唯一のツガイを、それはそれは大事にします。

自分の命と同様なのです。

だから、ツガイを攻撃するという事は、己自身を攻撃されたと同一とみなし、反撃・報復します。

これは国の法律ではなく、種族的な権利です」


わたし、まだ指一本触れられていませんけど!?


「先ほどドルモア魔国の王は、『天敵の勇者は倒したが聖女がまだいる、差し出せ』と言っていました。

つまりバンビ様を殺すと言っているのと同義です。

だからライル様は攻撃に打って出たのです」


「あ、そういう……あの魔王さん、訛ってて言ってることがちょっとよく分からなくて」


クスリとオカリナさんが笑って頷いた。


「北方の国の人々は訛りが強いですからね」


うん。

でもさ、魔王だよ? 強いんだよね?


「大丈夫なんでしょうか。その、色々と」


一国の王様をぶちのめしてただで済むんだろうか。


「まぁ大丈夫だろう。ライルと魔王が互角だとして、あっちがよっぽど馬鹿じゃない限り、二度と聖女に危害を加えないと誓約して手打にするだろうさ」


びっくりしたぁ!

王様が答えてくれたのはいいんだけど、すぐ近くに居るんだもん。


「互角、なんですか?」


オニーさんが強いって事だよね?

まぁ確かに、不意を突いたにしろワンパンでぶっ飛ばしてたしなぁ。


「竜人族の“ツガイ第一主義”は有名で周知の事実だし、魔族だとて竜人族を敵にしたくはないだろう。

しかもライルは本当は序列一位の強者だからな。

あいつ、序列決めの武術大会で『叔父上の方が人望があるので問題ないでしょう』としれっと手を抜きやがったんだ。


あーあ、四年後政権交代したら、今度は俺がツガイ探しの旅に出てやる」


最後の方は小声でぶつぶつ言ってるからよく分からなかったけど、つまり心配いらないって事でOK、なんだろうな。




この日、午前中に王宮で謁見してた訳だけど、夕方になってオニーさんが帰ってきた。

王宮の客室に待機させられて、オカリナさんにおにーさんのオルガノさん、マリーさんと一緒にお茶してた所に。

ケンさんは……誰かとどっかに行っちゃっていない。


「バンビ! さぁ、家に帰ろう」


「いやいや、ちょっと待て。

一応、皆心配してたんだぜ? どんな顛末になったか教えてくれよ」


今にもわたしを抱っこして連れて行きそうなオニーさんを止めたのはオルガノさん。

ちょっと面倒くさそうに顔を顰めたオニーさんは、わたしが頷いたからか話してくれるようだ。


「叔父上には報告して来たぞ。

ドルモアの魔王には、二度とバンビに手を出さないと誓約させたし、ヘレネ王国にも誓約させた。

あの国は傍系王族の公爵家が玉座を継いだそうだが、しばらくの間はドルモワ魔国が監視する事になった。

自分たちが召喚した異界人に未練がありそうな神官たちもいたが、今度干渉してきたら国ごと潰すと脅しておいたし、今は体制を整えるのにそれどころじゃないだろう」


あー、魔王が王族を皆殺しにしたとか言ってたっけ。

思い出したらぶるっと寒気が。


「すまないバンビ。怖い思いをさせたな」


オニーさんは片膝を着いて、わたしと視線を合わせてくる。

ん? よく見たらオニーさんは無傷じゃなかった。

顔とか手に傷があるし、服も所々焦げてたり破けていたり。


「……あの、怪我をしているみたいですが?」


「ああ、大したことはない。かすり傷だ」


ううん、でもなぁと、思わず、本当に咄嗟にソファから立ち上がり、オニーさんに自ら近づいて傷のある頬に手を当てる。


そういえば、初めて自分からオニーさんに近寄ったなー。


いや、まあ、とにかく。

聖女と言えば治癒とか回復魔法でしょ。

まだ魔法は習ってないけど――


「痛いの痛いの飛んでいけー」


と、頬に当てた手をぱっと上へ放る振りをしてみた。

さすがにそう上手くはいかないかなー。

あはは、こんな子供だましとか、何やってんだろ。


――てぇ、何かふわっと光ってるし、傷が治ってるし!?


「……バンビ」


オニーさんも驚いている。


「おまじない、効いてるし」


マリーさんの呟きに、えへっと半笑いになった。

ちょっと恥ずかしかったから。


ああ、なんやかんやと絆されてきているなぁ。

オニーさんが縦抱っこしてくるのに抵抗しないとか。

だってさ、すっごく嬉しそうに蕩けるような甘ーい笑顔を浮かべるんだもん。


「ありがとうバンビ」


顔が近いと思った時には手遅れで。


「み゛ゃっ!?」


変な声が出た。

お口にチューされてびっくりしてアワアワするわたしに、更に頬とか鼻先とかにキス攻撃を仕掛けてくるオニーさん。

頭に血が上ってクラクラして来たので、これ以上は駄目ってオニーさんの口を両手で塞いでみた。

それさえも楽しそうに見つめ返されて、もうどうしていいのやら進退窮まった感じ。


これはいかん。

なし崩しに貞操の危機が訪れそうなので、もうすぐ十八歳の誕生日が来る事や、わたしの生まれた国ではそれが成人だとか、絶対秘密にしようと心に決めた。




***




しばらくして。

やっとわたしはオニーさんに慣れて名前で呼ぶようになった。


聞いてた通り、本当に大事にされて、移動する時は基本抱っことか、椅子に座れば膝の上、食事も手ずから食べさせられるし、もう! 暑苦しいくらい構い倒されている。


しかし、仕事もそこそこ(ライルさんの仕事は王様の補佐官)、家にいる時間が多いけれど、ツガイがいる獣人はそれが普通なんだとか。

特に竜人は極端らしい。

誰に聞いても、「フツーですよフツー」と目を逸らされて言われる。

おい?


時々、日本の家族や友達を思い出してじめっとするけれど、そんな時は更に構い倒して来て、プレゼント攻撃が激化する。

浸る事も出来ないんだよ。


魔法の勉強は徐々に進めている。

基本を教わった後、イメージ力でそれっぽく使えている感じ。

だからなのか、聖女としてのお仕事は特にない。

まぁ、ライルさんが外に出してくれないっていうのもあるんだろうな。


つい先日、マリーさん経由で既に成人しているのがバレたけど、特に迫られなくいつも通り。

恐らく、彼ら基準でまだ子供の年齢だとか、わたしの見た目が子供っぽいからとか、理由はいくつかある。

ただ、たまーに色気駄々洩れの眼差しを向けられるのには、全力で気づかないフリをしている。


まだ大丈夫。たぶん。


本当に番う覚悟が出来るのはいつになるのやら。

ライルさんには気長に待っていて欲しいな。




拝啓、お父さん、お母さん。

あなた方の知らない世界で、わたしは幸せに暮らしているよ。




[完]




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<蛇足>


◆その後のマリーさん

 番のオルガノにうざ絡みされ、つい手が出るけれど逆に喜ばれるので、怒った時は無視するようにした。

 かなり効果があり、そうやって躾……調き……教育的指導を施して仲は良好に。

 召喚された三年後には一児の母になった。

 時々テレビ電話的な魔導具でバンビと連絡を取り合っている。


◆その後のケンさん

 魔法を極めたいと魔法師に弟子入りし、「俺TUEEEEE!」を目指している。

 未だにカワイイケモ耳美少女は迎えに来ていない。



<補足>


作中、「北方の人々は訛りが強い」と書いていますが他意はありません。

むしろ作者が北国出身です。

魔王の台詞の訛りは、わたしの地元の方言を参考にしています。


「魔族」のルビが『わんど』とありますが、『自分たち』という意味で使用しました。

方言で「わ」→『自分』という意味で、複数形で「わんど」→『自分たち』という意味になります。



***



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修羅場のさなか突然異世界に召喚されたら番が迎えにきました。今忙しいんですけど! アキヨシ @2020akiyoshi

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