第3話
元の世界に帰れないって聞いたのが一番ショックだったけど、怒涛の展開で心身共にまいっていたのか、あれから少し寝付いてしまったよ。
一日に何度もお見舞いに突撃してくるオニーさんにイラッとしながらも、その存在にさすがに慣れてきちゃった。
『ツガイ』がどうこうだとかは別だけどね!
来るたびに何かしら手土産的なものを持参してプレゼントしてくれるし。
……いえ、別に、物に釣られた訳じゃないよ? ホントだよ?
ごほんっ。
メイドのオカリナさんには、こちらの世界の事を少しずつ教えてもらってる。
まずは、この世界には人族以外に獣人族と魔族がいて、今いる所は獣人族の国の一つ。
現在の王様は竜人で、銀狼族と交代で国王を務めるのだとか。
世襲制じゃなく、強い者がTOPに就くそうで、獣人の中でも強い竜人族と銀狼族が、それぞれ最も強い代表を選抜して玉座を継ぐという。
どうやって選んでいるかと訊いたら、「戦って序列を決めている」そーだ。
脳筋かっ!
因みにオニーさんは、王様の甥で、竜人族の序列二位だそうです。
一位はもちろん王様。
オカリナさんは銀狼族の序列六位。
序列一桁台は地位が高く、人を使う立場であって、メイドなんかしないそうだ。
だから「この私が」と言っていたんだね。
その後も特に聖女の力に目覚めた――とかなくて、誘拐(召喚)されてから一週間後、思いがけないお客様がやって来て事態は動いた!
なーんてな。
結界を施しているという部屋に、オニーさんが招き入れた二人の内一人は顔見知りだったよ。
「おー、JK! 元気だった?」
「コンビニのお姉さん!!」
コンビニの青と白の制服ではなく、女戦士と言わんばかりの鎧を身につけたお姉さんは、白銀の耳と尻尾を持つガタイのいいおにーさんに縦抱っこされている。
なんで!?
「ちょっと! いい加減降ろしてよ!」
「駄目だぞ、マイハニー♡。獣人は外では絶対ツガイを離さないんだ。
特に人族はか弱いから危ないだろう?」
ま……マイハニーて。
それにツガイて。
「お姉さんのツガイ?」
「そう言うのよねー。アタシには分かんないんだけど。
突然やって来て、『ツガイだ!』て言われてからすぐ抱っこしてきて、いくら殴っても放してくれないんだよねー」
確かに、白銀のおにーさんは、顔に青あざが出来ていた。
「で? JKはなんでソファーの陰にいる訳?」
「だって、危な……ぎゃーっ!!」
覆いかぶさる黒い影に気づいた時には、オニーさんに縦抱っこされていた。
じたばた暴れても全く手が離れない。
「バンビ、今はこのまま我慢してくれ」
オニーさんの左腕にお尻を乗せる格好で、右腕でぎゅっと抱きしめられてるから動きが封じられたよ。
という所でさすがに気づいたわ。今までずっとわたしの意思を尊重されていたって事に。
いざとなれば、こんなに簡単に拘束されちゃうんだもん。
わたしが怖がらない適度な距離感を守ってくれていたんだなー。
この数日、オニーさんとはソファの背もたれ越しに話をしていたのよね。
「なんだ、ライル、ツガイに拒否られてんのか」
「貴様こそ、ずいぶん殴られたようだな」
「マイハニー♡のパンチはいくらでも受けて立つ!」
この発言にお姉さんが、「【マゾ】かっ!」とツッコミ入れたけど、意味が通じなくて空振りしてた。
ムッと口を尖らせるお姉さんを、白銀のおにーさんがあやすように頭をよしよしと撫でたら、すかさずお姉さんが顎にグーパンチを見舞ったよ。
「ぐふっ」
「いい気味ですねぇ、我が愚兄。
さて、約束通り、この首輪を外してもらいましょうか」
ケモ耳メイドのオカリナさんが彼らの背後から現れて、白銀のおにーさんを睨みつけてる。
ん?
「グケイ?」
「そうですツガイ様。この男こそ愚かなる我が兄。『愚兄』。
ご主人様に挑んだ戦いに負け、その賭けの代償を可愛い妹に支払わせる為、魔力制御と変装の魔法付与された首輪を無理やり着けてくれやがりました『ろくでなし』です」
確かにメイドさんは黒いチョーカーを着けていたけど、それが魔法の首輪なのかぁ。
「うわぁ、【鬼畜】ぅ」
「『きちく』? なんだか分からんが、そこの『ろくでなし』のとばっちりを受けたのがオカリナだ。
体面を気遣い、変装魔法で銀狼族と分からないようにメイドに仕立てた。
こちらはそれで少し助かったのも事実だが」
オニーさんが冷ややかな目を向けた白銀のおにーさんは、首をゴキンと鳴らして頭を振っている。結構ダメージを受けてたみたいね。
「らってしょーな゛ないらろ」
あー、呂律が回ってないよ。
お姉さんてば、やり過ぎたかと心配そうに顔を覗き込んでる。
それに気づいたおにーさんは、にぱっと笑った。
にやりでも、にこりでもない、子供のような無邪気な笑顔に、お姉さんも毒気を抜かれたみたい。
「確かに貴様には『従僕』の真似事など出来ないだろう。だが、オカリナに押し付けて終わりというのも忍びない。
という事で、北のドルモワ魔国への遠征に行ってもらった訳だが……ずいぶん早い帰還だな? 一月も経っていないぞ」
オニーさんが不審な目で、白銀のおにーさんをじろりと睨む。
「あー、あー、ごほん。それはだな、マイハニー♡=運命の番を見つけたからだ!!」
「まぁ、ツガイが見つかったなら仕方がない」
えっ、納得なんだ!?
「第一で最大の理由はそれだが、例の国との小競り合い自体がすぐに終わったんだよ」
お姉さんを抱えながら肩をすくめて見せたおにーさん。
何やら呆れているっぽい。
「今回はわざわざ異界から召喚した『勇者』もいたのだろう?
……ん? 『勇者』といえば、バンビを襲ってきた奴か……」
「ああ、それですよ! あなたに“ワンパン”でやられていた【強盗犯】です」
オニーさんの疑問にお姉さんが答えたんだけど、どうやら【強盗犯】という単語が通じてないみたい。
仕方がないなぁ。
「【強盗犯】というのは『盗賊』と同じ意味です」
「ああ、そうなのか。教えてくれてありがとう、バンビ」
至近距離にある顔が更に近づいて、ほっぺにチュッと!?
うお~キスされたっ!!
こういうの免疫ないからアワアワしてしまう。
「はぁ? 『勇者』が『盗賊』なのか? ははっ、なんだそれ。
しかもライルに一撃でヤられてるって、そりゃー弱いはずだわ」
おにーさんに“ワンパン”がどうやら通じていたようで、呆れかえった苦笑を浮かべている。
「ねぇ聞いてよJK。あの【強盗】ってば、せっかく魔法で治療してもらったのに、『誰でもいいから人を殺してみたい』とか危ないこと言い出してさぁ。
さすがにドン引きしたあの国の人達が、早々に戦場に送り出した訳。
アタシたちも道連れにされたのはかなりムカついてんだけど!」
「うわぁ」
「それでさ、アタシの職業、どういう訳だか『戦士』なのよ!
これまで格闘技とか武道とか一度も習った事ない、花の女子大生のアタシがよ!?
もう一人いたリーマンは『賢者』だって。まだそっちの方がいいわー」
「あ、それで女戦士みたいな恰好してるんですね」
「そう、恰好だけはね。剣を持って戦えるはずもないのに、『魔王を討伐して来てください』って言われてもさぁ。
自分と全く関係ない人や国の為に、なんで誘拐された被害者が力を貸すと思ってるのかしらね!」
「同意~」
わたしが意見を同じくしている事に安心したのか、お姉さんが喋る喋る!
「ヒーラー役の『聖女』がいないのに、『勇者(強盗)』『賢者』『戦士』のほぼ攻撃組ってパーティ、はなっから危ないってもんでしょ!?
しかも実戦経験もない素人を最前線に送ってくれたのよ!?
信じられる!?
魔国とやらの国境に移動している三日の間に、同行していた騎士たちが剣の持ち方とか教えてくれたけど、どうしろっていうのよね!
リーマンなんて魔法の使い方も知らないのに、やたら長い杖とか渡されちゃってさ。
付け焼刃の魔法講座を受けたって、魔法の『ま』の字もない世界から来たのよ!
すぐに出来る訳ないじゃない! 【マンガ】じゃあるまいし!!」
口挟む隙もないよ。
ただ、うんうんと頷くだけ。
「【強盗(勇者)】なんて剣を渡されたとたんに振り回して、周りに怪我をさせていたから檻に入れられて運ばれて(笑)!
到着して解放されたら『ヒャッハー!!』て突撃して、魔王に瞬殺されたのよ!
『勇者』って何だったのって位の瞬殺よ!
残されたわたし等どうすりゃいいのって感じで、付け焼刃のリーマンが張ってくれた結界に籠って小さく震えてたわよ!」
「大変でしたね」
「そうよ! 大変だったのよ!!
こんな異世界で死んじゃうのかと思ったわよ!!
そしたらいきなりこの狼が降って湧いて出て、ノーテンキな事言い出したから思わず殴ったわ」
「お、おう」
「にやけたイケメンが、『見ィ~つけたぁ♡ 俺の運命! 俺のツガイ! こんな所に隠れていたのかぁ♡』なーんて甘ったるい声出してさぁ。
なのにいきなり豹変して、隣にいたリーマンを殴り飛ばしてくれちゃって、ちょっとイケメンだからって許されると思う!?」
「だってー、やぁっと見つけたマイハニー♡の側に男がいたんだぞ!?
俺の唯一に別の男がいるのを許せる訳ないだろう?」
お姉さんが怒っているからか、白銀のおにーさんの耳がへにょりと下を向いている。
「ただの顔見知りの関係なのに、なけなしの【
「だ、だからな、その『リーマン』も回収して治療しただろう。
機嫌を直しておくれよマイハニー♡」
眉毛を八の字に下げた困り顔をお姉さんに向けているけど、お姉さんはプイっとそっぽを向いてる。
うーん、攫われてきたわたしだけど、安全な場所に囲われていたこの一週間。
危険な目に遭っていたお姉さんに掛ける言葉がないなぁ。ううーん。
「えーと、そのサラリーマンのお兄さんは今どこにいるんでしょう?」
「この邸の応接室におります。
ですが、現在気を失っておりますのでお話は出来ません」
お姉さんに尋ねたつもりだったけど、答えたのはオカリナさん。
だけど、気を失ってるってどうゆう事!?
「あー、リーマンたらさぁ、オカリナさんに会った瞬間、【ケモ耳メイドさん!!】って飛びついたのよ。ないわー。
まぁ、ワンパンでのされたけど」
「なるほど?」
「同じ日本人同士、話したい気持ちもあるかもだけど、別に会わなくていいと思う。
JKの他にアタシにもツガイがいるって分かってから、【おっぱいの大きいケモ耳美少女が迎えに来ないかなぁ】なんて妄想するような奴で、オカリナさんに無遠慮に抱き着こうとしたんだし」
「なるほど」
お姉さんの説明に、ちょっと会いたかった気持ちが瞬く間に消えたよ。
NO.変態!
でもなんとか、お姉さんの気が紛れたかな。
白銀のおにーさんもホッとしたみたいだし。
オニーさんは元々わたしと会わせる気がなかったようで、執事さんに王宮に送り届けて世話人を付けろと指示していた。
バイバイ、名も知らないサラリーマンのお兄さん。
……と思ってたら、翌週、その王宮に関係者一同召喚されてしまいました。
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