第2話
「……知らない天井だ」
まさか人生で、このセリフを言う時が本当に来るとは。
気が付いたら知らない部屋で、フッカフカのベッドに寝ていた上に、何だか高そうなネグリジェに着替えさせられていたって……わぁ!?
「ここは何処ぉーーー!!」
「お気を確かに!」
頭を抱えたら、女の人の声が聞こえた。
もしかして最初からこの部屋にいたんですか? 恥ずかしー。
「お体の調子はいかがですか? 具合の悪い所などございますか?
『転移魔法』で酔ってしまわれたようですが」
優しく訊いてくれた女の人。
でも、顔の脇じゃなく、頭の上に耳が付いていた。ケモ耳ってやつ。
メイドのような黒いワンピースに白いエプロン姿。
そして、ふわふわした茶髪から覗く茶色いケモ耳……コスプレ?
思わずケモ耳をぼけーっと見つめていたら、目の前で手を振られた。
あれぇ? 手の平に焦げ茶色の肉球があるぅ。
なんて凝り性なの、とか思っている間に「ご主人様を呼んでまいります」とか言って、メイドさんが出て行ってしまった。
あれ、『ゴシュジンサマ』は『オキャクサマ』のわたしじゃなくて?
あ、これはメイド喫茶か。
いやはやもう、何が何やら分からない。
とりあえず、時系列で思い出してみよう。
1.学校帰りにコンビニに寄ったら強盗がいた。
2.逃げようとしたら地面が光って気づいたら見知らぬ場所にいた。
3.見知らぬ場所にはコンビニに居た四人(強盗犯込み)が一緒にいた。
4.見知らぬ場所にいた見知らぬおじいちゃんが、強盗犯が『勇者』だと言っていた。
5.突然オニーさんが降って湧いて出てわたしを『ツガイ』とか言ってた。
6.オニーさんがここは物騒だとか言っていた後の記憶がない。
7.目が覚めたら知らない部屋でケモ耳メイドさんがいた。(←今ここ)
こんな感じかな。
うーんと、これって誘拐されたって事かな。しかも二回。
一回目は、もしかしたらラノベでよくある、勇者召喚に巻き込まれたってやつ。
強盗犯が勇者ってのは納得いかないけど。
二回目はオニーさんに連れ去られた?
訳分らん。
ベッドから降りて部屋の中を見回す。
部屋全体が白が基調で、調度品とか金の装飾がされてて、ピンクの小花柄やレースにフリルという、乙女な部屋である。
今着ているネグリジェも淡いピンクで、襟元や袖口に白いレースが縁どられているの。
可愛いのに上品な感じだから拒否感はないかな。
わたしの学校の制服がチェストの上に畳んで置かれていたのを見つけたので、とりあえず着替えようとベッドまで持ってきて、ネグリジェを脱いだ。
こんな防御力が低いままでは、何か起きた時に心もとないし。
あ、下着はそのまんまだった。良かった。
――と思ったのも束の間、バタンといきなりドアが開いて、オニーさんが乱入して来た!
なんで防御力ゼロの時に来るかな!? お約束か!
「ほう、
は?
ソノキって何のキ?
なぁんて呑気に考えてる場合じゃなかったんだ!
いきなりベッドに押し倒されたーーー!!!
「離せ変態!!」
丁度右膝がオニーさんの鳩尾に入ったようで、ぐっと呻き声が漏れた。
更に蹴って思い切り身を捩り、オニーさんの腕から逃れ、ベッドの反対側の陰に隠れたわたしは悪くないと思う。
「ご主人様、
「いや待て。ツガイが服を脱いで待っていたんだから
「それでも
嫌われますよ? てゆーかもう嫌われたんじゃないでしょうか」
遅れて部屋に戻ってきたケモ耳メイドさんが、オニーさんに色々言ってくれてるけど、「幼子」てまさかわたし?
そりゃあ胸は……あんまりないかもだけど!
花も恥じらう十七歳の乙女に「幼子」て。
「……我が唯一、俺を嫌いなのか」
さっきのニヤリとした表情とは反対に、焦ってるような縋る目を向けられても。
嫌いってゆーかなんてゆーか……
「コワイです」
誘拐犯だし、痴漢だし。
でも、強盗犯からは助けてくれたみたいだから、恩人でもあるのかな。
「ご主人様の事はさておき、まずはお着替えいたしましょう」
ケモ耳メイドさんが、何やらショックを受けているオニーさんを尻目に、ガウンを着せかけてくれ、別の部屋に連れて行ってくれた。
あ、ここはウォークインクローゼットだな。めっちゃ広いけど!
「取り急ぎ用意させたものなので、お気に召すものがないかもしれませんが、追々増やして参りましょう」
取り急ぎ? へ? わたしの為?
訳が分からないまま用意された服に着替えた。
袖がふんわりしている白いブラウスに、これまたたっぷりふんわりした落ち着いたローズピンクのスカートは、フリルとかレースとかいっぱいで、とにかくフリフリ。
…………もしかしてこれって子供服?
あははは、まさかぁ……ねぇ?
最初はゆるゆるだと思ったのに、メイドさんがなんか呟くと、キュッと体にフィットした。
わっ!? 魔法?
やっぱり魔法がある世界なのかな。
最後にレースに縁どられたピンクサテンのリボンを頭に飾られた。
わたし、おかっぱヘアなんだよね。増々子供っぽいったらない。
着替えてクローゼットから出たら、なんとオニーさんがまださっきと同じ姿勢で固まってた。
でも怖いので、メイドさんの後ろに隠れて移動する。
行き先はベッドのある寝室を出た広い部屋で、こっちの部屋も白とピンクのコーディネイトに、金の装飾が可憐に添えられてる。良いとこのお嬢様の部屋って感じかなぁ。
ソファを勧められ座ると、これまたふかふかで予想以上に体が沈み込んだわたしに、メイドさんが無情な事を言った。
「お茶の支度をしてまいります」
「ま、ま、待ってください~! 置いて行かないでぇ!」
ふかふかソファのせいでバランスを崩しながらも、なりふり構わずメイドさんにしがみついたよね。
だってオニーさんと二人きりにされたくないもん!
「――そうですね、あのご主人様と一緒は怖い、ですね。
それではご一緒に厨房へ参りましょうか」
メイドさんの厚意にしがみついて、部屋を出ようとドアへと向かった時だった。
「待て待て! 俺のツガイ、部屋を出ては駄目だ!」
さっきまでベッドの脇で固まっていたはずのオニーさんが、瞬間移動したかのようにドアの前に立ち塞がっていた。
はっや!
「それではご主人様がお茶の用意をなさってください。
ツガイ様はご主人様と二人きりは怖いそうです」
「ぐっ。しかし、この俺に茶を淹れろというのか!?
おまえの仕事はなんだ!?」
「メイドですね。期間限定の」
「期間限定でもメイドはメイドの仕事をしろ!」
「仕方ありませんね。ではツガイ様、ご一緒に参りましょうか」
「だから待てというのに!」
これ、堂々巡りってやつ。
んーと、解決策は……
「じゃあ、わたしはこの部屋で待っているので、オニーさんとメイドさんが一緒に行けば良いと思います」
そう提案したのに、二人が何とも言えない微妙な顔でわたしを振り返った。
なんでかなぁ。
「『おにーさん』というのは俺か?」
「そうです。名前を知らないので」
オニーさんはぺちっと片手で額を叩き、天井を見上げる。
「浮かれて名乗りもまだだったか」
そう呟いたオニーさんが、こっちに一歩近づいたから、思わずビクッと肩が跳ねた。
オニーさんて身長高いし、黒くて真っすぐな長髪と、真っ黒な服のせいで圧迫感があるんだよね。
わたしがびくついているのを察したのか、オニーさんはそこで立ち止まり、片膝を着いてわたしと目線を合わせようとする。
うん、わたし、メイドさんの背中に隠れたよ。
瞬間、オニーさんは寂しそうな目をした。たぶん。
「俺の名は、ライル・ディーン・ドラゴニア。ライルと呼んで欲しい。
我が唯一、我がツガイ、俺に名を呼ぶ権利を与えてはくれないだろうか」
権利とかなんとか難しそうな事よりも、誘拐犯に本名を名乗りたくない。
「……【かのこ】です」
「くぁ……のぉくぉ?」
パッと偽名も思い浮かばないから、仕方なく下の名前だけ教えたのに。
外国人が慣れない日本語の発音に苦労しているかのよう。
そんなに言い難いのかな?
てゆーか、今頃気づいたけど、なんかフツーに言葉が通じる不思議。
なんでかな?
まあ、通じないより通じる方が都合がいいもん。気にしない気にしない。
「カ・ノ・コ」
「くぁのぉーくうぉー」
遠ざかったな。
「えー、それじゃあ……【バンビ】でいいです」
「バンビ!」
なんでこれはすんなり言えるんだよ!
わたしの本名は、
両親的には『子鹿=
いやいや、バンビって! 年取って「バンビさん」とか呼ばれたらもう恥ずか死ぬわ!!
とはいえ、家ではバンビと呼ばれているし、「こじ~かの~バンビィ」とか歌まで歌うお母さん。くっ。
「バンビ。愛らしい響きだ」
金色の瞳をキラキラと輝かせて見つめられてもなー。
つまりなんだ? 名前を呼んで欲しいのかな。
個人名よりも、「誘拐犯」とか「変態」とか言ってやりたい。けど犯人を刺激してはいけないらしいから仕方ない。
「
「「えっ!?」」
二人ともに驚かれてしまった。
『ツガイ』って動物とかが番うっていうやつで合ってるかな?
もしくは、ラノベとかで竜人とか獣人とかが『運命の番』を求めてほにゃらら的なあれかな。
「オニーさんは【鬼】なのでしょうか」
「『おにーさん』ではなくライルだ。それから『おに』とは何だ?
俺は『竜人族』だが」
「リュウジンゾク?」
「うん? 『竜人族』だ」
「それは『ドラゴン』とは違うんですか」
がっくりと項垂れるオニーさん。なんか違ったらしい。
「祖を辿れば同じかもしれないが別物だ。
我々竜人族は通常は人型で過ごし、竜型に変身してもドラゴンとは姿形が違う。
……あんな頭の悪い魔獣と一緒にされたくはない」
最後の一言は、大変不本意だと言わんばかりに眉間に皺が寄ってた。
だって知らなかったんだもん。ごめん。
でも、質問すれば答えてくれる。
問答無用で攫われて、さっきは押し倒されたけど、一応話は通じるみたいだな。これ大事。
「ご主人様、ツガイ様。ここではなんですので、椅子に座ってお話しください。お茶は執事殿に頼みましょう」
メイドさんが空中に向かって指をクルクルした。
何してんの? て思ってたら、少しして『ザ・執事』というような服装でぴしりとした身のこなしのオジサンがやって来て、メイドさんをちらりと睨む。
「オカリナ。メイドの分際でわたしを呼びつけるなど、ずいぶん偉くなったものですね」
ああ、わたしのせいで叱られてる!
「仕方がないではありませんか。ツガイ様がわたしと離れるのが嫌だと申しますし、ご主人様がこの部屋から出るのを禁じておりますので」
「シュバルツ。いいからお茶と軽食の用意をしてくれ」
執事さんは、メイドさんにしがみつくわたしと、オニーさんを交互に見て、仕方なさそうに溜息を吐いた。
「かしこまりました」
執事さんが出て行った後、わたしはメイドさんに謝った。
「ごめんなさい。わたしが離れられないせいで、執事さんに叱られてしまって」
「いいのですよ。元はと言えば、この邸に使用人が少ないせいですから」
この広い部屋から察して、大きなお邸なんだろうなぁと思うんだけど、メイドさんがケモ耳メイドさんしかいないとか?
さすがにそれはないか。
「全く、主が我儘なせいで使用人が居つかなくて、
じろりとオニーさんを睨みつけるメイドさん。
この主従関係ってどうなってるの!?
「俺の我儘ではない! こちらに色目を使ってくる不届き者をクビにしたり、ツガイが見つかったと辞めて行ったのが重なっただけだ!」
ムッとした顔のオニーさんも、メイドさんを睨みつける。
「だからと言って我が愚兄に頼むなど、進退窮まった感がひしひししていますね。
そのせいで私は巻き添えですけれど!」
なんか話が見えない。とにかく最初っから話が見えない。
「あのぉ」
「なんだ、バンビ」
グイっと身を乗り出してきたオニーさん。行動が唐突過ぎてやっぱり怖い。
メイドさんの腕に更にしがみ付いたら、オニーさんは不機嫌そうにその腕をじとっと見ている。
「何もかも全然分からないので、説明を求めます!」
『ツガイ』の説明も途中だよ!
少ししてから執事さんが戻って来て、お茶やら焼き菓子、サンドイッチをテーブルにセッティングしてくれた後、まずは飲めや食えやと勧められて、ちょっと恐々お茶を飲む。
赤いから紅茶かなーと思ったら、ルイボスティー的なやつだった。
お腹が空いてるし、サンドイッチとか食べたいけど、本当に大丈夫かな。
そう警戒しているのが分かったのか、オニーさんが率先してサンドイッチを口に運んで見せ、メイドさんが「人族でも安心して食べられますよ」と促してくれたので、ようやく食べてみたら美味しかった。
ただ、食べている所をオニーさんにじっと見られてて居心地悪かったけど。
で、粗方食べ終わった後、待ちに待った説明の第一声がこれ。
「バンビは俺の『
おうふ。
オニーさんの言う事には、獣人たちは伴侶の事を『ツガイ』と呼んでいて、特に『リュウジン族』と『ギンロウ族』は生涯唯一人の『運命の番』がいるんだって。
他の種族よりもツガイに対する執着が強く、もしツガイが病んだら一緒に病むし、死んだら後追い自死するほど繋がりが深く、特に雄はツガイを家に閉じ込めたがるんだとか。
つまり、監禁!? ヤンデレ系!? やだぁ。
オニーさんはとっても美形だけど、「イケメンに限る」とかないから!
フツーに監禁は犯罪だから!
「それにバンビは『聖女』だ。それが外に知られれば狙われるからな。この結界を張った部屋から出てはいけない」
「……セイジョ?」
そういえば、オニーさんに連れ去られる時、誰かがそう言ってたような?
「申し訳ございません。ツガイ様が寝ておられる間に、鑑定させて頂きました。
そうしたら職業が『聖女』だと判明したのです。しかも『異界人』であるとも」
「カンテイ……?」
「『鑑定魔法』です。魔導具で、その人の名前・年齢・職業・魔法属性など調べられるのです」
メイドさんの耳がへにょりと垂れて、わたしに頭を下げた。
本来なら、本人の承諾なしに鑑定するのは失礼な事なんだって。
だよねー。勝手に個人情報見られたんだもん。
しかしだね、『聖女』ってどういうことだろう。
勇者召喚に巻き込まれたんじゃなく?
まさか……コンビニのお姉さんや、サラリーマンのお兄さんも何かしら職業があったりして?
強盗犯が『勇者』ってくらいだから、あり得なくもない?
「異世界より召喚された客人には条件付けがされ、特別な能力が与えられると聞く。
実際召喚魔法を成功させた例は遥か昔だが、まさかあの国がそこまでやらかすとはな。
だが、おかげで俺はバンビと出会えたのだから礼を言わなくてはならない、か?」
「止めて下さい! あの国は無駄に北の魔国に侵略戦争を仕掛けては敗れているではありませんか。それゆえの暴挙でしょう」
んーと、詳しい事はやっぱり分かんないけど、この二人の言い分を聞いていると、わたし達を召喚した国は好戦的って事で、もしかしたら、わたし達を戦争に巻き込むつもりだったという話?
そんな危ない世界とはさよならしたい。
「あのぉ」
「なんだ、バンビ」
だからオニーさんてば、急に身を乗り出すの、止めてくんない?
「わたしは元の世界に帰れるんでしょうか」
「バンビは俺を捨てるのか!?」
如何にもショックを受けたと言わんばかりのオニーさんは、またフリーズしてしまったので、代わりにメイドさんが答えてくれた。
「双方向の親和性のある世界ならば行き来が可能だと聞いた事はありますが、元の世界が特定出来ない召喚魔法での帰還は……難しいです」
なんてこった!
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