西口で待ってる

尾八原ジュージ

待ち合わせ

「もしもし?」

『もしもーし』

「ごめん、遅れてて」

『いいよ、いま喫茶店に入ってるからゆっくり来て』

「喫茶店か。北口?」

『ううん、西口。ちょっとわかりにくいかも。ぱっと見ふつうの家みたいだから』

「へー、知らなかった。そんな店あったんだ」

『知らないの? きみんちの最寄り駅じゃん。まぁきみ、喫茶店とかあんま入らないもんね。結構いいよ。入ると案外広いし、インテリアもおしゃれだし。静かで雰囲気いいし、コーヒーも美味しいよ』

「ふーん、気になってきた。でも店内で電話してんの? 大丈夫?」

『うん、まぁ。今どき珍しいんだけど電話ボックスがあって、その横で話してる』

「ふぅん。ま、あと二十分くらいで駅に着くからさ。南口っつったっけ?」

『いや、西口だってば』

「西口……どこかな。おれいつも北口だけど、北、南はあるんだけど西口? あったっけ?」

『いや、だからきみんちの最寄りじゃん! 最後尾のドアから出たら近かったよ。ま、駅着いたら教えてよ。こっちから行くから』

「ほーい。じゃいっぺん切るわ」

『……いやちょっと待って。切らないで』

「なに?」

『なんか変』

「は?」

『お店の中が変。お客さん誰もいなくなってる。うそ。あれ?』

「もしもし? おーい」

『ねぇ待って、誰もいないんだけど。ちょっと変。もう出る。なんか気味悪いから電話つないでて。すみませーん! なにこれ、もうコーヒー代置いて勝手に出よう。ここ変だよ、窓の外いつのまにか真っ暗になってる』

「外? 今六時だけどまだ全然明るいよ」

『だってほんとに真っ暗だよ。おかしいよね? うそ、待って。外出られない』

「なんで?」

『わかんない。ドア開かないよ! すみません! 誰かいませんか!? 誰か!』

「ちょいちょいちょい、落ち着けって。な? これから電車乗るから」

『だめ、つないでて。電話切らないで』

「いや、電車乗るんだって」

『タクシー! タクシーで来て! お金あとで払うから! 誰か! 開けてください!』

「大丈夫? 警察とか呼べば?」

『そういうのと全然ちがうって! はぁーっ、どうしよう? どうなってんの? さっきまで普通にお店だったのに』

「待って、今タクシー乗った」

『電話切らないで。絶対切らないでよ』

「切らないって。大丈夫」

『怖い。怖い怖い。どうしよう。ねぇ、だんだん暗くなってきたって。電気。電気どんどん暗くなってる。電球が切れそう。早く来て。早く早く』

「今タクシーだって。警察とかよぶ?」

『駄目、電話切らないで。どうしよう。ねぇどうしよう怖い怖い怖いよぅ』

「わかった。切らないから。大丈夫。な、落ち着いて」

『暗いの。真っ暗になっちゃった。どうしよう。なんか、なんか音がする……いやっ!』

「どうした?」

『ごめん、椅子、椅子だった……はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ……』

「大丈夫?」

『帰りたい……もうやだ』

「今向かってるから」

『遅いよ……きみのせいだよ、きみが遅れるから……はぁーっはぁーっはぁーっ』

「ごめん、今向かってる」

『……』

「大丈夫? 電話つながってる?」

『誰かいる』

「なに?」

『足音がする。聞こえない?』

「聞こえないけど。なぁおい、何やってんの? どうした?」

『いる……こっちくる』

「おい」

『ぎゃあああ!! ごめんなさい! ごめんなさい!』

「おいって!」

『ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさい。わかりました。わかった……』

「大丈夫?」

『……』

「おいって! 電話つながってる?」

『……』

「何だよ……なぁ〜、冗談ならやめてくれる?」

『……ごめん』

「なに?」

『……ごめん、今から外出る。今日もういいや、ごめんね』

「は? なに? 外出れんの? てか何だったの今のくだり。変なドッキリみたいなのすんなよ」

『今外出た。ごめん。もう帰るね』

「え? マジで帰るの? 今日これから会うんじゃないの? 何やってんのお前」

『ごめん』

「いやごめんじゃなくて」

『お店の人にきみの名前教えちゃった。本当にごめん。もう行く。さよなら』

『はやくいらっしゃい』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

西口で待ってる 尾八原ジュージ @zi-yon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説