混沌
藤泉都理
混沌
世界の蛇の工芸展という夏休み特別展示会なるものが大型スーパーで開かれた。
午前十時から午後五時まで。
私はそこの警備員を務める。
出入り口に立って、盗人や破壊者や愉快犯を牽制する役割を担っているのだ。
なるべく厳めしい顔で立つ中、時々、テレビの取材だと知っている顔や知らない顔を見る度、どうせなら自分が好きな有名人が来ないかな~と思う。
「ねーねー。ずっと立っていてつかれない~?」
「疲れません」
展示会初日から連日通っている女の子がいる。名は知らない。いつも、蛇のとぐろ形をしたポーチを肩から下げている。小学生だろう。無料とは言え飽きもせずに。時に家族を、時に友人を、時に一人で毎日毎日。よほど蛇の工芸品が好きなのだろう。私は嫌いだが。工芸品と言えども蛇がとっても嫌いだから、出入り口の警備のみに手を上げた。中の警備などまっぴらごめんである。
「ねーねー。私ね。実はね」
反対側に立つ同僚の目が痛い。
子どもには優しく接しろという同僚の乾いた目が。
はいはい分かりましたよ。
私は仕方なく膝を屈して目線に近づけると、女の子は言った。
盗みに来たよ。と。
ああそう言えば、巷を騒がせている怪盗が居るとテレビで流れていたな。
女の子の言葉で、私はぼんやりと思った。
蛇に関連する物を盗む怪盗がいると。
ああそう言えば。警備リーダーが言ってたっけ。
予告状が来たけどいつも通りでいい気にするなって。
いや。まあ、気にしなかったけど。
この女の子が怪盗なのかあ。
そうか。
怪盗かあ。
ますます頭がぼんやりしていく中、私は女の子に向かって呟いた。ような気がした。
何かをお願いしたような、気がした。
「あ。また出たんだ」
週に一度、一週間の出来事を流すニュース番組を見ていた私は、あの怪盗が他国で蛇に関連する物を盗んだ事を知った。
司会者やコメンテーターたちが真面目な顔で、なぜ蛇に関連する物を盗むのかを議論する声を聞くともなしに聞きながら、目の前の机に置いていた一枚の白い葉書を手に取った。
差出人は不明。
住所はなし。
消印はなし。
書かれているのは、葉書を埋め尽くす混沌という二文字。
怪盗の名前であり、世界を表す二文字。
「何だかねえ」
額縁に入れるべきか、クリアファイルに入れるべきか、ゴミ箱に捨てるべきか。
悩んだ私は、クリアファイルに葉書を入れて、その場に寝転んだ。
明日も仕事である。
(2023.7.27)
混沌 藤泉都理 @fujitori
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