最終話 希望はフラスコの外側に

「マルゾコさん!!」


 マルミドが大声で叫ぶ。


『ふん、たかが妙な時計を持ってるだけで私の計画を邪魔しようとするからだ』


 フォルザの姿は、もう完全に伝説の生物『ドラゴン』そのものになっていた。

 だが、冒険者たちからうけたダメージが大きく、さらには他のザナス兵もかけつけたアリアント兵によって押し返されてしまったのか、多くの冒険者やアリアント兵が中央通りの広場に集まっていた。


『ふむ、少々タイミングを逸したが、さほど問題でもないだろう』


 フォルザは再び端末にエーテルを流し込み、街の住人達からエーテル機能の掌握を謀った。


『さあ、ケルダール! そのエーテルを私に捧げるのだ!!』

「……??」

「あいつ、何をしてるんだ?」


 しかし、端末は何も反応を返さない。


『おかしい、何があった!?』


 何度も端末にエーテルを流し込むが、フォルザの望む反応は一向に現れることはなかった。


「無駄だ、フォルザ」


 いつの間にかできた人垣の向こう側から、少女の声が響いた。

 ざざっと人垣が左右に避けると、自動人形ゴーレムが一体フォルザに向かって歩いてきた。


『……貴方か、アデス』

「今はプルクという名前で親しまれている。賢くて、人気のある人形パペットだよ」


 プルクの周囲には黄色く光るエーテルが舞っていた。


『あなたは始末したはず。よくてこの世界に残った残響でしょう』

「その通り。私はもうこの世界に干渉する気はないよ。――私はね」


 プルクの周囲が一瞬眩い光を放つ。

 それはいつもの錬成反応とは違う、暖かな光。

 人の血が通ったぬくもりすら感じられた。


「因果律がこの世界を軸に収束を始めた。それがどういうことかわかるかな?」

『何を下らないことを』


 フォルザはさらに強くエーテルを込める。しかし予想された反応がないために心なしか動揺しているようにも見えた。


「まだ解らないか、こんな出来損ないでも元弟子のよしみだ。教えてやろう」


 プルクは空中に上から下へ何本もの線を描き並べ、一番左端の線を真ん中で断ち切った。


「今、この世界が滅びた。それに気がついたものが過去へ戻ってやり直そうとした。しかし彼は、自分が『戻った時点まで同じ歴史を辿った別の世界』を創造し、そこへ移動しただけとは思わなかった」


 断ち切った先を別の線につなぐ。そうして次々に線を繋いでいくと、線はどんどんと太くなっていった。


「また、この線の外側では必死に時間を操作するものもいた。繰り返し滅びる歴史のほころびを探すために、そのものもまた一つの歴史に自身の欠片を振り撒いていた」


 線の周りを指が舞い、くるくるとそれらを一つにまとめていく。ぷっつり切れた下部分はそのままに、絡みに絡み合った上部分がぐちゃぐちゃになってしまった。


「さて、このようになった世界とはいえ、それぞれに振り撒かれた欠片の数々は結果的には同じものから生まれたものだ」


 まとまってしまった線の塊からふわり、と光の粒があふれ出す。


「そこで、今まさに残ったこの世界を観測し、その世界こそ『導かれた世界』と認識したものがいる」


 今まで別々に存在していた線が、一つに凝縮された。


「いま、この世界には『全て』がある。ないのは、お前の『ケルダール略奪計画』だけだ」


 フォルザは改めて端末を操作する。しかし、何も帰ってこない。


『……何をした!』

「言ったはずだ。私は何も干渉しない」


 その言葉に激昂したのかフォルザは突然翼を大きく羽ばたかせ、空高く舞い上がった。


『動作核が起動しないなら、直接発動させるまで!』


 身体に備え付けられている結晶を引き抜き、それらを触媒にエーテルを増幅し始める。しかし展開されていく構築式は既にまともな出力を備えておらず、誰が見ても暴走状態である事は明白だった。


「ちょ、あいつどこまで高く昇るつもりだ!?」


 ぐんぐんと高度を上げつつ構築式を組みあげていく。しかし、物理的な距離を稼ぐフォルザに誰も届かない。


「――降下おりろ

『!!』


 突然フォルザは上昇を止め、地面へと急降下を始めた。


『な、なんだ!? 何が起こった!?』


 既に元の身体の数十倍の質量を持つドラゴンが轟音を伴って地面に激突した。激しく舞い上がる土埃の中で何とかフォルザは立ち上がるが、両翼は既に折れて使い物にならなくなっていた。


「これ以上、この街で好き勝手させるわけにはいかない」


 声が響く。


「え、この声」


 すぐそばにいるような。


「頭に響く?」


 隣から、後ろから。


「何度も聞いたことがあるような」


 慣れ親しんだ声。


「……マルゾコ、さん?」


 ふわり、と光の粒が舞う。

 街の人々から。

 街のいたるところから。

 彼の生きたこの街から、彼の生きた証から。


「記憶が、繋がる」


 駆けつけた冒険者たちやローティア、そしてプルクの深紅結晶から。


「……『結び』だ」


 ぽつり、とプルクが呟く。


 光の粒が集まり、一つの塊を成していく。まるで最初からそうだったかのように。


「あれは…… ひと?」

『ええい! なんだ貴様は!!』


 フォルザは大きく跳躍し、光の塊に爪を振り下ろした。


の記憶は守りの象徴。仲間を守る堅牢な盾」


 彼方から響く声に光が反応し、輝きの中から一枚の盾が姿を表す。爪は盾に阻まれて光の塊に届かず、そればかりか反動で爪がいくつか欠けてしまった。


「あ! あの盾、私が襲われたときに庇ってくれた盾にそっくり!」


 ローティアは光に縁取られた盾を指さして叫んだ。多少の誤差はあれど、出現した盾は『土くれ鎧』リーダーが持つ盾にそっくりだった。


『ぐっ! ならばまるごと消し炭にしてくれる!』


 業火を吐き出すためにフォルザはごうっと音を立てて周囲の空気を取りこみ、体内の火炎器官を起動する。


「彼方より来たれ、俊敏の槍。あらゆるものを穿ち貫け」


 光の盾が再び粒に還り、今度は長い槍を形成する。


「あっ、俺の槍!」


 ギルド『鷹羽の帽子』に所属するケランが自身の槍に酷似していることに気が付く。そのどれも、『彼』が目にした強者なかまの武具である。

 新たに生まれた槍は、まさに光の速度でフォルザの頭を貫いた。


『ぐふぁ!?』


 途端、吹きあがる直前だった炎に引火し、ドラゴンの頭部が炎に包まれた。


『ぐぅううあああああ!!』


 フォルザは光の槍を引き抜くと、手に持ったままエーテルを練ってそれの素成分解を試みた。


『こんなもの…… !』


 一瞬黒いオーラに包まれた槍は、ぶすぶすと音を立ててフォルザの手に吸い込まれていった。すると先ほどまであった体中の傷がみるみる塞がり、すっかり元の黒光りする鱗で全身が覆われてしまった。


『ふふふ…… ははは! 恐れるに足らず! そのままあなた自身も取りこんで差し上げますよ!』


 フォルザは自己の変成を司る賢者の石に構築式を新たに送り込み、両腕を何本もの触手に変えて光の塊に向けて伸ばした。


『ほら、捕まえました!』


 しかし光の塊は逃げるそぶりすらせずあっさりと捕まり、そのまま引き寄せられ飲み込まれてしまった。


 ――ドクン。


 街のどこからか、重い音が響き渡った。




 真っ暗な世界に、仄かに輝く塊が降って湧いた。


「先ほどの小さな塊ですら、体を再構成させるに足るエーテルを備えていたんですから、あなたを飲み込めば街一つぶんを軽く超えるエネルギーを得ることができるでしょうね」


 どこからともなく現れたそのエーテル体…… まるでマルゾコのフラスコ内部のようなドロドロした煙は、ぬるりと塊に腕を伸ばしてつかみ取ろうとする。


「……違う」

「はは。今更何を」


 光は、輪郭を持ち始めた。人の形をとり、目の前のドロドロの煙と対を成すように手を伸ばす。


 その動きに一瞬エーテル体の方がたじろぎ、伸ばした腕を止めた。しかし再びその腕を伸ばして指先同士が触れ合った。


「あなたは、俺の記憶の外の存在だ」


 ピシ、とエーテル体の指にひびが入る。


「なっ!?」


 エーテル体は急いで腕を引き距離を取る。

 ヒビはさらに手首、腕、肩へと広がっていく。


「な、なんだこれは!? どうして、馬鹿な!」


 光の人型はそんなエーテル体に近づき、なおも触れようと両手を伸ばす。


「く、来るな! 消えろ!」

「ああ、消えるさ。ちゃんと役割を果たした後でな」


 光の輪郭がさらに明確になる。なおもひびの入るエーテル体はついにボロボロと崩壊を始め、双方が触れ合える距離まで近づくころには頭だけになっていた。


「く…… そ……」


人造人間ホムンクルスの限界だよ。所詮、ヒトの器に乗り切るエネルギー量じゃなかった」

「お…… まえは…… なん、なの、だ?」


 輝きが急速に閉じていく。そこには、見たことのある男の姿があった。


「しがない店の主人だよ」




「おい、動かなくなったぞ」


 アリアント兵が黒光りするドラゴンを前に、ぼそっと呟いた。

 誰もが息を飲んで見つめる中、ゴト、という音が広場に響いた。それは、ドラゴンの鱗の一枚が地面に落ちた音だった。


「おい、あれ!」


 さらにそれを凝視していた冒険者の一人が、堕ちた鱗が色を失って灰になっていくのに気が付いた。


「ど、ドラゴンが、様子がおかしいぞ!」


 ぶすぶすと奇妙な音を立てながらドラゴンは膝をつき、倒れ込み、その身体を地面に預けた。しかし、立っていた巨体からは考えられないほどその動きはゆっくりと静かに倒れた。


「な、なんだありゃ……?」


 巨大な埃の塊のようになったその巨体が重力に負けた場所から、一人の男がのそりと姿を現した。

 ぼさぼさの髪と少しだらしのない身体の男は、誰も知らないはずなのに誰も不審者だとは思わなかった。ずっと前から知ってるような、けど、名前が出てこない。


「……ボートレス!!」


 長い沈黙を破ったのは、ローティアだった。


「お前、無事か!? 大丈夫だったか!?」


 ローティアは駆け寄って舞い上がる埃も構わず抱きしめた。


「……ただいま」

「よかった…… よかったぁ」


 そこへ、着替えを持ったプルクが近づいてきた。ボートレスは何故か何も着ていない状態だったことを、その時ようやく気が付いた。


「お召し物でス」

「ありがとう、プルク」

「いえいエ」


 ボートレスは、何かを言おうとしてやめた。

 それを口にしたら、記憶ごと無くなってしまいそうだったから。



   Δ



 ケルダールには平和が戻った。

 ボートレスは元の体と世界に戻り、再び日常を取り戻した。

 だが、この世界にはエンリーナはどこにもいなかった。いや、最初からいなかったという結論に落ち着いた。


「仕方ないよ。あの時計の仕業なんだろう?」


 ローティアに言われながらも、ボートレスは手元に残った僅かなプルクの深紅結晶なかみから記憶の掘り起こしを続けていた。

 アリアント王国に伝わるあの時計は、平行世界を作り出す古代遺物であることが判明した。


 そして使用者はドッペルゲンガーを創り出し、問題となった事件の解決法を発見するまで楔を打ち込んだ同じ時間をループするらしい。

 そこに、過去のボートレスがまたば別のループを創り出した。

 二つのループは互いに観測と干渉を繰り返してきたが、肝心の元の世界への干渉ができずにループが続いていたのだ。


「……今も見てるの? その『第三の観測者』って」


 ローティアは居心地が悪そうにあちこちに視線を送る。


「多分ね。けど、流石に干渉はできないみたいだから、問題はないけど」


 そう言いながら、ボートレスは作業台から今作ったばかりの作品にエーテルを込める。


「あんた、まだ作ってるの、『それ』」


 ローティアが指差す『それ』は、まさに少し前までボートレスであったマルゾコ人形だった。


「姫…… アリセルナ様が言うには、作られた世界は今もどこかで存在していて、終わらないループを続けているらしいんだ。俺はもうそっちに行けないけど……」


 作業台の上に新しく設置された珍妙な台に人形を乗せて起動すると、人形はたちまち姿を消した。


「まだ向こうの世界には、エンリーナがいるんだってさ」

「ていうか何体目よ。元の世界に戻って姫と謁見してからずーーーーーっと作ってるじゃない!」

「俺がループを繰り返しただけ、作るつもり」


 そんな話をしていると、別の場所に置かれた巨大なフラスコに、小さな何かが放り込まれた音がした。


「そういえば、これ何が集まってるの?」

「エンリーナサマ、でス」


 食事を持って工房に入ってきたプルクが答えた。


「え? どういうこと?」


 ローティアはフラスコの中身を凝視する。砂粒ほどではあるがスプーン数杯分のそれなんなのか、彼女は理解すると同時に驚いた。


「これ、彼女の『深紅結晶』ね!?」

「お、すごい。よくわかったね」

「あんた、世界律を崩壊させるつもり!? エーテルの絶対量は一定なの知ってるで…… ああっ!」

「だから『マルゾコを転送してる』んだよ。時間はかかるけど、この方法なら彼女をこっちの世界に連れてこれるからね。記憶のかけらから人間を作り出す方法は、もう理解わかってるし」


 ボートレスは自分の頭をトントン、と指で叩く。


「さすが、アデスの最高傑作」


ローティアはくすりと笑った。


「またデコパンを作ってもらわないとな」


 そんなやり取りをしていると、朝を告げる鐘が大鐘楼から鳴り響いた。


「さ、それじゃあ今日も頑張りますか」


 ボートレスは『OPEN』の看板を手に店の玄関を開けると、大量の荷物を持ったマーラントが申し訳無さそうな顔で店の前に立っていた。


「旦那ぁ、申し訳ないんッスが、こいつの査定をお願いできますかねぇ……」




       完

 

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フラスコの底から覗く錬金術師~愛する街ケルダールへ愛を込めて~ 国見 紀行 @nori_kunimi

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