第5話 日本の基督教

 私は、二十歳で、志願期、修練期を勤め上げ正式な修道女になったばかりで、日本へ渡航するようにと言い渡されたときも、日本という国について殆ど知りませんでした。

 私が、日本について知っていたことといえば、サムライのことは前に触れましたが、ラフカディオ・ハーンの書籍に書かれていた怪談のことだけでした。来日が決まって、私は、日本のことを知ろうと、慌てて、図書館に行き、数冊の書籍を見つけました。イザベラ・バードの『日本奥地紀行』やエルヴィン・フォン・ ベルツの『ベルツの日記』 エドワード・モースの『日本その日その日』などが、印象に残っています。

 それとあの大国、露西亜と戦争をして勝利した亜細亜の国ということです。

 そんな私が、まず福島に着いて疑問に感じたのは、県庁所在地ですが、さほど人口も多くないこの福島に、なぜ多くの基督教信者がいるのかということでした。

 実は、日本は、一九世紀半ばに、国際社会に登場した文明国でありながら、基督信者の少ない最後のフロンティアであり、この時期、海外の多くの教団が、日本に布教を行っていたのです。

 勿論、日本にも基督教団はありましたが、歴史的に日が浅く、人的、財政的に海外からの援助に依存しており、新たに布教先を開拓することがむずかしかったという事情もありました。

 そのようなことから、戦前には福島に限らず、海外の教団によって、日本全国で基督教の伝道が広く行われていたという事実があります。

 福島県には、福島、郡山そして会津の三つの都市があります。この三つの都市の内、一番古くから開けたのは、会津で、福島、郡山と続きます。郡山は、明治維新以前は水利が悪く、明治になって猪苗代湖から水が引かれたおかげで、発展しはじめた新興の地域ということでした。

 福島の布教の歴史を語る前に、特に、会津におけるキリスト教の推移に触れる必要があります。会津とは、福島県の西半分を占める広い地域ですが、古くから米作が盛んで、大きな大名が支配していました。

 会津には、実は、切支丹の悲しい歴史があります。元々、日本に基督教が広まったのは、今から約四百年前、イエズス会のフランシスコ・ザビエル師が上陸してからのことです。ザビエルの布教は、成功し、庶民をはじめとして大名にも信者は増えていきました。

 今から三百四十前の一五九〇年、切支丹大名である蒲生氏郷によって、会津に基督教が伝えられました。氏郷の洗礼名は「レオ」といい、会津や猪苗代に教会を建てて、多くの人々を基督教徒へと導いたといわれています。

 それにより、南会津や郡山、三春、二本松、福島など、会津や猪苗代以外でも少しずつ基督教が広まりました。特に会津では、人口の三割ほどが信者であったといわれています。  

しかし江戸時代になると、幕府の基督教禁止令が強化され、会津でも切支丹の取締りが激化していきます。一六三五年には、会津の刑場で六十余名が処刑されたと伝えられています。

 このように会津では、基督教の信仰が盛んでしたが、弾圧の結果、それらの切支丹は、潜伏して信仰を守るようになったのです。それに併せて、西日本の切支丹が弾圧を逃れようとして、東北地方の銀山に流れ込んできたと言われています。

 福島の北部にも半田銀山がありましたが、これまでにも畑からメダイ (メダル) が出てきたり、山中から十字架を記した墓石が見つかっています。

 以上のような事情から、福島には、信者が多く、狭い地域でしたが、三カ所の教会がありました。

 このように、福島は、東北地方では、基督教の盛んな地域で、私が来日した翌年の昭和八年にも、同じくカナダの無原罪聖母宣教女会から、二名の修道女が会津に派遣されていました。 

 ところで、福島は、県の地図を眺めるとすぐに気がつくことですが、県の北部に位置し、なぜそこが県庁所在地となったのかと疑問を生じさせます。

 それには、日本が、サムライの世から近代国家への変革、日本語で「明治維新」と言いますが、その明治維新の前後の時代において、会津が果たした役割について、理解する必要があります。

 会津は、旧体制を墨守しようと新体制派と武力闘争で最後まで戦った地域でした。そのため、本来、新しい県の中心は、地理的には、郡山であり、県庁所在地となるべきでしたが、郡山が会津の真東に位置したので、会津で万が一、反政府の動きが見られた時に、県庁が襲撃されないようにとの配慮があったからだと言われています。

 そのため、福島は、県の北部に位置しながら、新たに県庁の所在地となりましたが、それ以前は、三万石の大名が治めていた小さな街だったそうです。 

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