エピソード9 惨たらしい殺人事件
〈エピソード9 惨たらしい殺人事件〉
現場には三体の焼死体が横たわっていた。
顔の判別もできないほど死体は酷く焼かれていて、見る者の吐き気を催させるような状態になっている。
独特の異臭も漂ってくるので、それも鼻を衝く。
数日前に上がった死体とは別のベクトルで酷い状態の死体となっていた。人によってはこちらの死体の方が見るに堪えないと思うかもしれない。
焼死体に対する忌避感は特殊な職種の人間にしか分からないだろう。
しかしながら、警察官である以上は、どんなに惨たらしい状態の死体でも、その様子を確認したくないなどという我が儘は許されない。
情けなく胃の中の物を吐いて、現場を汚すなど以ての外だ。
こういう凄惨な事件の時にこそ、警察官としての資質が大きく問われることになるのだから現場検証にも動じぬ心で臨まなければ。
それができないというのなら、警察官などは辞めて平和な仕事に従事できる市役所の職員にでもなった方が良い。
世の中、適材適所だ。
そう自分に言い聞かせながら、光国は他の刑事たちと共に現場に残されていた遺留物を丹念に調べていた。
「今度もまた酷い殺され方をしていますね。鑑識によると被害者は生きたまま火で焼き殺されたそうです。やっぱり、前の事件との関連性はあるんでしょうか?」
平刑事が口元にハンカチを当てながら光国に尋ねてくる。新米には刺激が強すぎる死体だったらしい。
だが、光国も部下を甘やかすつもりはないので、平刑事の様子にも理解は示しても同情はしない。
惨たらしい死体との対面は、刑事であれば避けて通ることはできないのだ。
「あると見て間違いないだろうな。しかも、今度の被害者は三人だし、犯人が単独犯であるという可能性はほぼ消えたと言って良い」
光国はまだ運び出されていない死体を一瞥しながら言った。
「でしょうね。となると、これは本郷警部の睨んだ通り、組織同士の抗争でしょうか?」
「まだ断定はできないが、俺はそう見ている。しかも、被害者の背中にかろうじて残っていた入れ墨は羅刹組の人間が彫るものだしな」
羅刹組の人間が加害者ではなく逆に被害者になるというのは本当に珍しいケースだった。
それだけに、光国も悪寒のようなものを感じる。長いこと刑事をやってきたが、このような感覚に苛まれるのは初めてだ。
とはいえ、この事件を放置しておけば、近い内にもっと大きな事件が起きるような気がするし、刑事としてこれ以上の死人が出ることは絶対に防ぎたい。
だが、現時点では、その方法が見つからない。
警察の捜査が完全に後手に回ってしまっていることは光国も悔しさを感じつつも素直に認めているし。
この状況を打開するには、もっと踏み込んだ捜査が必要だが、腰の重い上の連中がそれを了承するかどうか。
「羅刹組の人間を殺すなんて正気の沙汰じゃありませんね。そんなことをすれば、どんな報復が待っているか……」
警察官でも羅刹組の人間と事を構えるのには大変な勇気がいる。家族や配偶者などがいれば尚更だ。
だからこそ、羅刹組絡みの事件に関しては警察もつい及び腰になってしまう。
「羅刹組を恐れない組織に属している人間がやったという線が濃厚だとすると、やはり、外国が発祥の宗教団体が臭いな」
狂信的な信者であれば、例え相手が地元で畏怖の対象になっている暴力組織の人間だったとしても抵抗なく殺してのけられるかもしれない。
少なくとも、こういう殺人は普通の精神構造を持っている人間には無理だ。
何せ、今度の死体は見ているだけでベテランの刑事の光国の精神ですら疲弊させてしまっているのだから。
であれば、一般人に耐えられるような類の殺人ではない。
「なら、羅刹組や前の被害者が所属していた真理の探究者に対してはもっと踏み込んだ捜査をする必要がありますね。気が重い捜査ですが、我々も逃げるわけにはいきません」
平刑事は警察官としての矜持を滲ませながら言ったし、光国も新米にだけ良い恰好をさせるわけにはいかないと奮起する。
「そういうことだ。これ以上、死人を増やさないためにも警察の威信にかけて、今度の事件は徹底的に調べ上げるぞ!」
光国は自分の心に喝を入れるように言うと、いつものように聞き込みをするために事件の現場を後にした。
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