エピソード3 消えた銅像
〈エピソード3 消えた銅像〉
「こんにちは、ヴァンルフトです。今日からたくさんの学校が夏休みになりますね。やっぱり、夏休みというものには、心が弾むものを感じます」
帰りのホームルームの最中に勇也は担任の教師に見つからないよう、器用にスマホを弄っていた。
普段から利用しているSNSには新着の通知が点灯していたのだ。
だから、それをタップすると友達のヴァンルフトさんからのメッセージが届いていた。
ちなみに、ヴァンルフトというのはハンドルネームだ。
実際には、日本語を話せる学生ということくらいしか分かっていないので、もちろん本名などは知らない。
どういう人物かは言葉遣いや文章の雰囲気などから察するしかない。
要するに、真実は闇の中にあるとしか言いようがないのだが、SNSでの交流に限るなら、その程度でも十分だ。
「僕は今年の夏休みは英国のブリテンシアという町に行こうと思っています」
ブリテンシアなんて町は聞いたことがないな。でも、英国はグレート・ブリテンとも呼ばれているし、いかにも英国にありそうな町の名前だ。
「ブリテンシアの町にはブリダンティア学院という学校があるのですが、その学院は僕が通っている学校と姉妹校の関係を結んでいるんです」
ブリダンティア学院というのも聞いたことがないが、日本の学校と積極的に交流をしているなら、調べればすぐに分かりそうだ。
「だから、話に聞くだけでなく、実際に学院そのものを見てみたくなって。きっと得るものも大きいはずです」
その考えには賛成できるな。見聞を広めるのは人間にとって良いことだし、それが異国の地なら猶更だ。
「そうそう、ブリダンティア学院は秘密裏に魔術の授業もやっているって噂があるんですよ。ユウヤ君はそんな話を信じますか?」
魔術なんて力は信じていない。でも、オカルトマニアの武弘が聞いたら、喜んで話に乗っかってきそうだな。
もしかしたら、武弘ならブリダンティア学院のことや、学院にまつわる噂なども既に知っているかもしれない。
武弘なら何を知っていたとしても驚くには値しない。
まあ、武弘はオカルトの話になると口数がもの凄く多くなるので、勇也もこの手の話題を自ら振ったりはしないが。
「最近は科学の発達が凄まじくて、魔術など古臭い遺物のように思われています。が、それでも、魔術の力に惹かれる人たちはたくさんいるみたいですね。では、今日はこれで」
そこでヴァンルフトさんのメッセージは終わっていた。家に帰ったら、じっくりと言葉を考えて返信しよう。
☆★☆
全ての授業が半日で終わり、帰りのホームルームも終了すると、勇也は武弘と一緒に学校帰りのファミレスに寄った。
そこで昼食を済ませ、ドリンクバーの飲み物を片手に長々と世間話をするとファミレスを出る。
自宅のある方角が違うので、帰り道の途中で武弘とは別れる。
すると、途端に手持ち無沙汰になった。こういう時間をダラダラ過ごして無駄にするのは勿体ない。
時は金なりだ。
勇也は久しぶりに町の中心にある中央広場に建てられたイリアの銅像を見に行こうとする。
PR動画でイリアをどう動かすか、そのインスピレーションが欲しかったからだ。
また銅像をよく見ることでイリアの今までとは違った一面や魅力を引き出せるかもしれない。
今の自分には夏休みになったことで弛んでいる脳を活性化できるような刺激が必要だ。
そう思って自宅からはある程度、離れてしまう中央広場へと足を向けた。
そして、辿り着いた中央広場にはかなりの人がいた。
子供連れの女性や散歩を楽しんでいる老人、若い男女のカップルなどがいて、皆、思い思いの場所でこの中央広場という場所を楽しんでいるようだった。
が、勇也がイリアの銅像の前にまで行くとおかしなことになっていた。
そこには制服姿の警察官が待機していて、驚くべきことにイリアの銅像が影も形もなく消えていたのである。
台座だけが何とも寒々しく残されていて、その前にいる警察官は近づく人間を監視しているような鋭い眼差しをしている。
そのせいか、台座の周りに寄りつく人間はいない。
とはいえ、勇也にとっては他人事ではなかったので躊躇うことなく警察官に声をかけた。
「何でイリアの銅像がなくなっているんですか?」
イリアの姿を模倣した銅像はとある芸術家が市に寄贈したものなのだ。市の方もそれなら目立つところに建てようと町の中央広場に置いてくれた。
いつもなら、イリアの銅像の周りには人が絶えない。
それがなくなったとなると、市が何らかの理由で撤去したか、誰かが悪意をもって銅像を盗んだのかのどちらかだ。
「それが本官にも分からないのだ。今日の朝になったら、上八木イリアの銅像がなくなっているという連絡が来てな。それで銅像の行方を追っている」
勇也は銅像が撤去されたのではないと聞いてほっとしていた。自分の不始末でイリアのイメージがダウンするのは避けたかったからだ。
過去にテレビのインタビューでペンより重い物は持ちたくないと発言してイリアのファンたちからかなりの顰蹙を買ったことは忘れてはいない。
同じ失敗を繰り返さないのが賢い人間というものだ。
「そうですか。もし、ただの盗みなら心ない人もいたものですね」
「同感だ。とはいえ、全国的に見るとこういう事件は珍しくも何ともないのだ。他の町でもご当地キャラクターのポスターや看板などが盗まれることはよくあるし」
それならテレビのニュースでも頻繁に取り沙汰されていたから知っている。
アニメのキャラクターが描かれたマンホールの蓋を盗む奴がいるのだから銅像が盗まれても何ら不思議なことではない。
盗人というのは、得てして常人には理解できないような物でも平気で盗んだりするものだ。
ただ、中央広場にはイリアの銅像が建てられる前から芸術的かつ宗教的な雰囲気を漂わせるモニュメントも建てられていた。
モニュメントの大きさはイリアの銅像と同じくらいだ。
が、それが悪戯されたり盗まれたりしたという話はついぞ聞いたことがなかった。
イリアの銅像よりモニュメントの方が金銭的な価値は遥かに高い。
金銭が目的だとしたら、イリアの銅像よりモニュメントの方をどうにかしたいと思うはず。
でも、モニュメントには今日まで何の問題も起きていないのだ。
まるで神様にでも守られているみたいに……。
とにかく、イリアの銅像だけが何者かの悪意の標的になったことを鑑みると、やはりアニメや漫画のキャラクターの影響力は強いと言えるだろう。
こういうことが起きるからオタク文化への偏見がなくならないんだろうな。
ただ、イリアの銅像は大きくて重いものだし、それを盗むとなるとかなりリスキーな犯罪になるのではないかと思える。
盗んだ銅像をどう利用する気なのかは、勇也としても知りたいところだった。
「銅像は戻ってきそうですか?」
「そこら辺は何とも言えないな。それよりもこの町の警察は猟奇的な殺人事件の捜査で手一杯なんだ。残念だが、盗まれた銅像の捜査にたくさんの人員は割けんよ」
勇也は武弘も口にしていた猟奇的という言葉に今更ながら興味を惹かれるものを感じたが、追及はしなかった。
警察にあれこれ尋ねても教えてもらえないばかりか、悪感情を抱かれるだけだし、変に疑われても面倒なことになる。
ま、この手の犯罪は盗まれた品が戻ってくるということがなかなかないので、悲しいけれどイリアの銅像は消えたままに終わりそうだ。
銅像を建てるのに自分が何かしたわけではないので、思ったよりも落ち込みが少ないのが救いと言えば救いだが。
「残念ですね。あんなに立派な銅像だったのに……」
勇也はそう言うと蛻の殻といった感じの銅像のあった場所を後にして、トボトボと歩を進めながら自宅へと戻ろうとする。
そして、親戚が経営していて家賃などはタダで住まわせてもらっているアパートの前にやって来た。
ちなみに、母親は仕事の都合上、実家の家で暮らしている。
その一方で、勇也は通学との兼ね合いも考えて、このこじんまりとした集合アパートでの独り暮らしを選んでいた。
家事なども全て自分がやっている。
でも、家族が恋しいとは思わない。なまじ家族なんかがいるから余計な苦労を強いられたりするのだ。
それなら、全ては自己責任ではあるが自由奔放な独り暮らしを満喫した方が良い。
幸いにも必要最低限の生活費は母親から渡されているし、それでも困るようなら何か対策を考えるさ。
そう割りきるように思って、アパートの玄関のドアを開けようとすると、不自然なことに鍵がかかっていなかった。
学校に行く前にはちゃんと施錠にも気を付けていたのに。
勇也が恐る恐る玄関のドアを開けると、信じられないものが唐突に目に飛び込んでくる。
思わず白昼夢を見ているのかと、自分の視覚を疑ったほどだ。
そこにはセミロングの金髪に宝石のサファイアのような青い瞳、透けるような白い肌に整いすぎているとも言える顔立ち、まるで見る者の心を鷲掴みにするような浮世離れした可愛い女の子がいた。
でも、その服装はなぜか黒と白を基調としたフリル付きのメイド服。
当然のことながら、貧乏を地で行っている勇也が使用人を雇った記憶はなかった。
自分の目が確かなら、そこには上八木イリアによく似た、いや、瓜二つの女の子がフローリングの床に両膝を突いていた。
土下座にも近い感じで。
これには勇也も自分の正気を疑いながら目をパチクリさせてしまう。
背中からは気持ちの悪い汗がどっと噴き出しているし、頭の方も思考がストップしてしまい、文字通り真っ白な状態になっていた。
「お帰りなさいませ、ご主人様。私はあなたの手によって生まれた、歌って踊れるご当地アイドル、女神イリア・アルサントリスです。これからこの家に住まわせてもらうのでよろしくお願いしますね!」
女の子はそう覇気に満ちた声で言ったし、これにはショックのあまり立ち眩みさえしそうになる。
何のドッキリだと言いたくなったが、生憎とその問いかけに答えられる者はいなかった。
勇也はいきなりメイド服の金髪美少女が現れたことに呆気に取られながら、どうなってるんだこれは、と途方に暮れた。
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