第4話 強敵現る

空想時代小説


 白石に来て、10年ほどたったある日、佐助は大八の呼び出しを受けた。

「手ごわい相手が来そうだ」

「して、どなたが?」

「幕府の目付として、柳生但馬守の息子、柳生十兵衛殿じゃ」

「あの隻眼の手練れですか。強者ですな」

「目的は仙台藩に謀反の動きがないかだが、そのひとつに小十郎殿の後室となった姉君の出生を問われるようじゃ。そうすればわしの出生も問われるであろう」

小十郎の正室は、病弱で早死にしてしまった。その後に阿梅が後室として入籍したわけである。

「要は謀反の動きがなければいいのですな。阿梅さまと小十郎さまが仲むつまじくしていれば問題はありますまい。たとえ、ばれたとしても敵方の姫をつかまえただけのこと。殿もおたおたしないで、堂々としていればいいのです」

「我妻佐渡も似たようなことを申しておった。ただ気になるのは、十兵衛殿の配下の忍びの動き、何があるかわからんぞ」

「心得ております。城内に入ってくる忍びがおりましたら、私めが」

「うむ、忍び込んで殺されては、十兵衛殿も文句を言えまい。むしろ生かして帰しては何を言われるかわからない。抜かれるでないぞ」

「心得ました」

と言って、佐助は屋根裏に飛び移り我妻佐渡のところにいる草の者と連絡をとった。その日から厳戒体勢に入った。

 屋根裏には忍び込むと鈴が鳴る仕掛けを作るとともに、要所に撒きびしをおいた。並の忍びなら、これであぶりだせる。しかし、十兵衛殿の配下なれば、この程度は難なく越えてくるであろう。そこで、佐助は火薬を用いた発煙筒を工夫した。屋根裏の梁の何か所かに発火装置をつくり、発煙筒につながるようにした。これでほとんどの忍びはあぶりだせる。佐助たちは、小十郎と阿梅の部屋それと大八・阿菖蒲の部屋の屋根裏に伏せた。

 3日後、敵はやってきた。寝入りばなの時刻である。本丸の館に忍び込む者が3人。鈴がなる仕掛けはすぐに見破られた。撒きびしには一人がひっかかったが、敵もさるもの。軽傷にしかならず、さほどダメージを与えることはできなかった。しかし、発火装置にはひっかかった。梁の一部がふた状になっており、そこに上がると、ふたが下がり、火打ちと火薬が反応し、導火線に火がつく。その先には発煙筒があり、あたりは一面煙となってしまう。敵はそこで動きが封じられ、こちらは敵の居場所が特定できるわけである。3人の内2人はすばやく屋根の上に逃げ出した。そこは想定の範囲。草の者の手裏剣であっけなく倒れた。しかし、一人は動かなかった。気配を隠している。佐助もそのことは重々承知。屋根裏は梁や柱で手裏剣が使いにくい。むしろ短い忍び刀の方が扱いやすい。気配を見せた方が負けなのである。

 城内では煙が出たことで、警護の武士が騒いでいる。しかし、火が見えるわけではなく、煙もだんだん薄くなってきている。ただ、うろうろしているだけである。それでも、敵の忍びにとっては、下には逃げるわけにはいかなくなった。敵もそれを察知したのだろう。草の者を避けて逃げ出そうとしてきた。そこに佐助がいたのである。佐助は素早く敵の背後にまわり、頭をつかみ、忍び刀で、相手ののどをかききった。幾多の場を乗り越えてきたからであろう。一瞬の動きであった。敵の忍びはまだ若い。実戦で人を斬ったことがあるか否かの違いだ。

 夜のうちに敵の忍びの死体を始末した。おもりをつけて水堀に埋めた。魚が多いので、いずれ骨だけになるであろう。

 翌日、柳生十兵衛がやってきた。

「小十郎殿、久しぶりでござる。大坂の陣以来か」

「あの時は、おことはまだ元服したばかりの若衆だった。もっともわしも初陣の若武者だったが・・」

「お互い若かったですな」

「さて、今回はどうしてみちのくへ」

「なんの武者修行の旅でござる。世は、家光公の時代になり、天下泰平となっております。父、但馬守はなんやかんやと言いますが、私は家を離れ、好きな武芸にいそしんでおります」

「いいご身分であるな」

「ところで、昨夜、城内で火事があったとのこと。大変でしたな」

「なんのことはない。ただのぼやでござるよ。ねずみかねこがあんどんをたおしたのかもしれない」

「そうでござるか。よほど腕の犬を飼われているのでしょうな」

「犬か? 猿かもしれんぞ」

「猿とな? もしかして近江の猿ですかな?」

「近江の猿? まさか近江からは来まい。城下の小原に行けば猿はいっぱいいる。ところで、十兵衛殿。おことの武芸を皆に披露していただけぬか? 明日、家臣の何人かと立ち合いをしていただければ、この平穏の時代でも刺激となろう。もちろん、おことに勝てる家臣はいないと思うが・・・」

重綱は、佐助が忍びを仕留めたことを十兵衛が知っていると感じ、話を転じた。

「なんのことはありません。最近、体がなまっているので、体ほぐしになります。それではまた明日」

十兵衛が立ち去った後、重綱は阿梅の部屋へやってきた。

「殿、いらっしゃいませ。十兵衛殿との会見はいかがでしたか?」

「うむ、相変わらず油断ならぬ相手じゃ。ところで佐助に注意をせよ。と伝えておけ。昨日のことを知っておった。それと明日、十兵衛と家臣たちの立ち合いがある。そなたも見にきてはいかがか」

「立ち合いでございますか。それでは、殿にお願いがあります」

と言って、阿梅は重綱に耳元でなにやらつぶやいた。ただのひ弱なイメージがある姫と思いきや、なかなかの策士である。さすが真田の血筋と重綱は感じ入っていた。


 翌日、本丸の三階櫓前の広場にて、立ち合いが行われた。十兵衛はたすきがけをした程度で、ふだんの旅姿である。反対に片倉家の面々は胴やすねを守る防具をつけている。真剣ではなく、木剣なのだが、最初から十兵衛の勝ちが見えている、城門が明けられ城下の人々も多く見にきている。まるで花見の様相である。

 正面には重綱と阿梅が陣取り、その傍らには阿菖蒲や大八もいる。佐助は町人の中に紛れ込んでいた。他の忍びの動きを見張っているのだが、十兵衛のじゃまはすまい。

 1人目は、大きく踏み込んでいったところを払われ、背中をたたかれ終わり。

 2人目は、八相の構えからじわじわと攻め込むものの振り上げたところで、胸を突かれ終わり。

 3人目は、気合いとともに突いていったが、体をかわされ腕をたたかれ終わり。

 4人目は、槍をもって出てきた。先端に布がまいてある。僧兵が訓練で使う槍である。しばらくにらみあった後、槍を突いたが、かわされ槍を折られる始末。

 5人目は、鎖鎌を持って出てきた。こうなると異種格闘戦である。鎌は刃引きをしているが、分銅は本物である。ぶんぶん振り回して、分銅を投げつけたが、これもかわされ、接近戦に持ち込まれた、そこで鎌をふりだしたが、逆手で避けられ、そのまま逆胴をたたかれ終わり。不甲斐ない家臣を見て重綱が大声を発した。

「えーい! 他愛もない連中だ。十兵衛殿、こちらのとっておきの者を出す。心して当たられよ」

「いかようにも」

「大八、その方が相手せよ」

大八は一瞬ドキッとした。自分が徳川方の武士と戦うとは思っていなかったからだ。姉の阿梅の顔を見ると、微笑んでいる。姉の策略かと思った。大八は、鉢巻きとたすきがけをして出張った。防具はなしである。


 大八は、十兵衛とともに正面にあいさつをして、10歩ほどの距離をとって立ち合った。大八が正眼の構えをとると、十兵衛は右足を下げて体を低くし、逆手で突くような構えをとった。柳生流の典型的な構えである。不必要に打ち込んでいくと、かわされるか突きをくらう。守りの構えである。相手が守りの構えならば、それを崩せばよい。

 大八は、下段の構えをとった。相手が攻め込んできたら、すり上げて打ち返す構えである。それを見て、十兵衛は八相の構えに変化した。そしてじりじりと間合いをつめてくる。大八は、そこで脇構えに転じた。と同時に十兵衛が振りかぶって打ち込んできた。大八は、脇構えから刃先を地にそって左に払った。すると十兵衛が消えた。

「上だ!」

客席から大きな声がでた。佐助が思わず声を発したのである。大八は思わず、頭上で木剣を左に向け、防御の体勢をとった。そこに、大きな衝撃。それでも、大八は逆胴を打ちにいく。十兵衛も着地とともに胴の防御に入る。そして手を返して大八の頭へ打ち込んでいく。大八は、十兵衛に逆胴を防がれたので、頭を防御するのが遅れた。体を右にずらしたところで、十兵衛の木剣が大八の左肩にくいこんだ。大八は、膝を折って

「まいりました」

と声を発した。十兵衛は勝ちをおさめたものの、珍しく息が激しい。ふだんは、守りの剣なのだが、久しぶりに攻めの剣をしたためだろうか。

「十兵衛殿、見事! あっぱれな剣だ。お主が但馬守の息子でなければ、ここに残って剣法指南役になってほしいぐらいだ」

「なんの。今は天下泰平の時代。剣の時代ではござりませぬ。されど、ご家中にも有望な人材がおります。切磋琢磨されれば、お家安泰でございましょう」

「うむ、本日はいい立ち合いであった。皆の者、ご苦労」

重綱は十兵衛を酒席に誘い、その場を去った。阿梅は痛みをこらえている大八のそばに寄った。

「いい負けっぷりでした」

「負けてほめられるのは不甲斐ないです」

「いいのです。そなたが勝ったら、徳川の追手の詮議が強まるでしょう。負けたことで、そなたは生きることを許されたのです。手を抜いて負ければ、すぐに見破られたでしょうが、精いっぱい戦って負けたのですから、十兵衛殿も認めてくれたことでしょう」

「このことは姉上の策ですか」

「なんの、決めたのは殿です」

と言いながら、謎の笑いを残して去っていった。


 その夜、佐助は小原の温泉の帰りに人の気配を感じた。4人いる。3人は忍びの足さばき。一人は武士か。その武士が佐助の前に出てきた。

武士「近江の猿か?」

佐助「・・・・ここは小原でござる」

武士「2日前、城内で仲間が3人死んでおる。始末したのはそなたであろう」

佐助「・・・・なんのことか、わしにはわかりませぬ」

そこに、1人の忍びが

「仲間の仇!」

と叫んで、とびかかってきた。佐助は、とっさにかわすことができた。

そこに手裏剣が飛んでくる。佐助は立ち木に飛び移り、気配を消した。今回は分身の術で逃げられる相手ではないようだ。1人ずつ片付けなけらばならない。時間との戦いでもあるので、佐助は楽な姿勢を取れるところで気配を消した。お互いに気配を消している。まずはがまん比べだ。

 半刻(1時間)ほどで敵が動きだした。佐助を探している。その内の1人が佐助の近くにやってきた。佐助は隠遁の術で、木々と同じ模様で偽装している。そこにやってきたので、後ろから首筋へ棒手裏剣を立てた。敵の忍びは、一瞬にして息を引き取り、立木からずり落ちた。その音で、他の3人に場所が知れた。すぐに囲まれた。忍び刀で斬り合いが始まった。かかってくるのは忍びの2人で、武士は刀を抜いているが、かかってはこない。忍びの戦いぶりを見守っているようだ。佐助は歴戦の忍び。あの大坂の陣を戦い抜いた実力の持ち主である。簡単に負けはしない。

 何度か立ち合っているうちに、敵の忍びにスキができた。2人目は佐助に胴を斬られ、3人目は腕を斬られた。2人とも戦意喪失となった。佐助は武士とにらみあいになった。その武士は隻眼であった。構えが独特で、打ち込むスキがない。じわじわと

間合いをつめてくる。佐助は剣ではかなわぬと見て、棒手裏剣をくりだした。しかし、それを全てはね返す。最後の1本を投げて、佐助は立ち木に飛び移り、

「さらば!」

と言って、その場を立ち去った。その武士は、佐助を追うことはせず、仲間の手当てを始めた。腹を斬られた忍びは助からないと見たのだろう。その武士がとどめをさしていた。苦しまずに死なせるのも武士の情けである。


 佐助は、小原のとなりの鎌先にいた。ここは川沿いの地にお湯がわいており、「きずの鎌先」と言われるぐらいの名湯である。仙台の大殿も戦で傷を負った時に、湯治に来たところで、湯の近くには湯治小屋もある。佐助は湯治小屋には泊まらないが、連日ここに通い、先日の忍びとの戦いで負った傷の手当てをしていた。そこで湯治客から十兵衛のその後を聞くことができた。

 十兵衛は仙台に行き、幾多の道場破りをし、仙台藩の弱体ぶりがとくとわかり、江戸に帰参したとのこと。それで仙台藩の謀反の噂は消えてしまった。もともとそんなことはないので、あたり前なのだが、武器を集めている気配なし。武士の増強なし。兵糧の準備なし。それ以上に家臣の意気低し。仙台藩にとっては不名誉な報告だが、謀反の疑いは晴れたわけである。

 佐助は、(負けるが勝ちか)と思わず、苦笑いをした。しかし、ひとつだけ佐助に聞こえてこなかった十兵衛の報告があった。

「近江の猿は、小原の猿になったようです。ちょっかいを出さなければ問題ないかと・・」

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 その後の佐助 飛鳥 竜二 @taryuji

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