これまで「つゝ」を「つく」と二か所読み間違えてきた

 『古活字十行甲文』は、その名の通り活字で組まれている。活字は木製で、一度ページを組んで、必要な枚数を刷り終わると取り壊し、他のページを組むという仕組みだったと思われる。というのも、全く同じ活字の印影が全体にわたって何度も現れるからである。

 刷ったら壊す。非常にもったいない話である。彫刻刀で彫る木版ならば版は残せただろうが、その価値を捨てても、木版で費やす労力を削減できる方に価値を置いたのがこの古活字による組版だろう。

 しかしながら、この『古活字十行甲文』は、一見活字とは思えないほど美しい字面と体裁をしている。見事なものである。国立国会図書館デジタルコレクションでそれを見ることができるので、一度見て頂くとよいだろう。

https://dl.ndl.go.jp/pid/2605595

 変体仮名と行・草書体の漢字が使われ、仮名は連綿で二文字・三文字が繋げられた活字も使われている。


 さて、そうした活字の使い回しにおいて、同じ印影でありながら、違う読みがされてきたものが発見された。これはX(旧ツイッター)で、DK氏が発表されたもので、すばらしい発見である。本文に与える影響も少なくない。

 DK氏のそのツイート

https://twitter.com/tktrl/status/1048846468746899456

 それは、「つゝ」を「つく」と、これまで読んで来てしまった可能性である。

 以下、DK氏の発見により、私が全編を調査したものである。

 この説明には図版が必要だが、本文では図版を添付できないので、カクヨムの近況ノートで図版を確認していただきたい。

https://kakuyomu.jp/users/dunauzi/news/16817330666525551116


①1表6行目 あやしがりてよりてみるにの中ひ A群

②3裏8行目 かの家に行てたゝずみありきけれ A群

③5表8行目 人々の年月をへてかうのみいまし A群

④24裏4行目 給ふにいと遠くてしのかたのうみ

⑤24裏9行目 ねに打かけまき入神は落懸るやう B群

⑥29表1行目 むねにのあなことにつはくらめは B群

⑦31表9行目 巣れりくらつまろ申やうをうけて B群

⑧41表4行目 みてはあらむとて猶月出れは出ゐ B群

⑨49裏1行目 みとてぬきをくきぬにまむとす  A群


 これらを以下で考察する。

④は連綿でないので同じ活字ではなく、文脈上も「つく」で間違いないので対象から除外。

①②③⑨は同じ活字(A群)。

⑤⑥⑦⑧は同じ活字(B群)。

A群とB群は、印影がやや異なる(A群は変体仮名「津」のさんずいのハネから次につながる線が途中で離れているが、B群のものはつながっている)が、同様のものとみて間違いない。

⑥⑦は現在「つく」とされる。

A・B群のうち⑥⑦以外は、文脈上「つゝ」で間違いない。

④以外の8個のうち6個が「つゝ」で間違いないのだから、⑥⑦も「つゝ」であると断定すべきだろう。

 よって、

⑥「つくのなか」→「つゝのなか」

⑦「巣つくれり」→「巣つゝれり」

とした上で「つく」の誤読とすべきである。


 以上、少しわかりにくいかもしれないので捕捉すると、この活字は変体仮名「津(つ)」と「ゝ」の連綿で、「つく」と非常によく似ているので間違えやすいが、同じ印影で「つゝ」と他で読まれているのだから、「つく」とこれまで読まれていた⑥⑦も「つゝ」であるはずだということである。

 このことにより、その部分の解釈が変わってくるのだが、特に「つくのなか」が「つゝのなか」になることの影響は大きい。まず、それについて書くことにしよう。


 中納言の段、かぐや姫から燕の子安貝を所望された主人のために、家来たちが色々な情報を持ち寄る。

*****

大炊寮おほひづかさいひかしぐの棟に、の穴毎に、燕は巣をくひ侍る。

*****

 ここで、これまで読まれていた「つくの穴毎に」が「つゝの穴毎に」に変わることになる。

 「つゝの穴毎に」は「筒の穴毎に」であろう。

 これまで、「つく」について不詳であり、多く誤写説も言われてきたようだが、これで、ある意味決着がつくと思われる。少なくとも意味が通るものになるだろう。

 ちなみに、同じく「つく」とする写本もある中、古本・蓬左本・前田本・戸川本等は「つゝ」としているという。これらの写本は、間違いなく読んでいたということだろうか。

 では、この「筒の穴」をどう解釈すべきだろうか。

 燕の子安貝を取るために櫓を組んだり、人を吊り上げたりしたわけだから高所であったに違いない。おそらくは、煙を外に出すための換気口で間違いないだろう。火を使ういひかしぐの棟には幾つも壁に穴が空けられていただろう。その穴が丸くくりぬかれていたとすれば「筒」という表現もうなずける。その穴毎に燕は巣を作っていたというわけである。


 さて、次に「巣つくれり」が「巣つゝれり」になることについてだが、これについては、従来の解釈からしても、さして影響はない。

*****

日暮れぬれば、かの寮におはして見給ふに、まこと、燕巣れり。

*****

 中納言がいひかしぐに出向いたときに目にした光景である。

 「巣つくれり」で解釈上問題ないが、「巣つづれり」となると、むしろやっかいかもしれない。

 「つづる(綴る)」は、「継ぎ合わせる・つなぎ合わせる・つくろう」という意味である。「巣を綴る」という言い方があったかどうかはわからない。しかし、理解できないわけではなく、こういう言い方があったかもしれないと思わせる。

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