Ver6.4 糸の影

 アイリス・チャンは事務所を出ていった。


 ジゥは見送りを終え、戻ってきた。


「あっさり同意か」


 サインされた契約書を見て、ポツリと言った。


「意外でしたか?」

「ほぼ脅しだからな、あの言い方じゃ。最悪なことが起きるって思うだろ普通」

「ロイヤル階級の人々は純粋ですからね。意味が分からなかったのかもしれません」


 お前が言うと説得力が無いよ。


「んで、なんで依頼なんて受けたんだ?」

「何かおかしいことがありましたか?」

「CES関連かもしれないだろ? 相手がアイリス・チャンなんだから」

「それで?」

「それでって……お前が嫌いなオートマトンの製造会社じゃん」

「でも、彼女は人間じゃないですか」


 そういえば、こいつは1か0かの打算人間だったということを忘れていた。

 

 人間ならOK。

 オートマトンならダメ。死ね。


 悪い意味ではっきりしているよなこいつ。


「まぁいいや、それで調査を手伝えばいいのか?」

「そうですね。と言っても、事前の調査は既に終わっていますけど」


 ジゥは数枚の資料をテーブルの上に置いた。

 手に取り呼んでいくと、そこにはロバートの一週間の行動が記載されていた。


「……じゃぁ、何やればいいの?」

「行動は調査できても、中身の調査は終わっていないので、貴方には潜入をお願いしたいです」

「……いや、お前がやればいいじゃん。顔見知りも多いだろうし簡単に調査できるだろ?」

「……浅はか」


 ジゥはデカイため息をついた。


「顔が知られてるんですから、潜入したら直ぐにバレて、証拠を隠されるかもしれないでしょう?」

「あ、そっか」

「だから潜入は貴方が最適なんですよ」


 らしいことを言って、ただ押し付けられてねーかこれ……?

 相手がジゥだからか以上に警戒心が高まってしまう。


「とりあえず、今日行けるところには行ってください。まずは――」


 ジゥが潜入先を次々リストアップしていく。

 私はこの時点で、『やっぱりこいつの手伝いなんてするもんじゃないな』と、

 何度目かの結論を出していた。


 ふと思った。

 私はいつも。

 誰かの手のひらで踊らされている。


 これはもう、宿命なのかもしれない。




 

 ―――Ver6.4 糸の影 終

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