Ver4.8 ヘヴンズ・ゲートをくぐれない

 立ち上がったジェラルドは銃を取り出した。

 私は咄嗟に身を隠した。

 同時に、銃声が工場の中に響き渡る。

 何度も。

 何度も

 ジェラルドは、部屋中のありとあらゆるものを撃ち始めた。


 いや、撃っているものには類似性がある。


 大量のモニターとPC、巨大なサーバー、無数のケーブル。

 すべて、電子機器―――インターネットに接続された機材だ。

 執拗に。

 何度も撃っていた。

 その姿は、何かに怯えているようだった。


「落ち着け!」

「あいつらが! まだ俺たちをんだ!」

「何言ってるんだお前!」


 ジェラルドは明らかに狂乱していた。


「俺は関係ない!俺は上の命令でやっただけだ!何も悪気は―――!!」


 瞬間の静寂。

 小さな重低音が工場に響いていることに私とジェラルドは気づいた。


 とても小さな音だ。

 それがファンの回転だと気づいたと同時に、巨大なモニターに電源が灯った。


 黒い画面―――

 いや、砂嵐?―――


 何か小さな音も聞こえてくる。


 これは――音楽?

 いや、それよりも―――


「誰かいんのか……?」


 この工場には私とジェラルド以外いないはずだ。

 では一体……?


……」


 ジェラルドは、モニターを凝視していた。


「ボイジャー1号が―――見ている!!」


 ジェラルドはモニターに銃口を向けた。

 そして、トリガーを引いた―――


 と、思われた。

 しかし、銃声は聞こえてこなかった。


 物陰から頭を出すと、ジェラルドはモニターを見つめたまま―――

 銃口を向けたまま動かなくなっていた。


 いや、違う。


 動かないのではない。

 動けないのだと理解した。


 自分の手が、身体が、制御できないようだ。

 

 ジェラルドの目はこちらを見ている。

 助けを求める目だ。


 ジェラルドの手が動きだした。

 ゆっくりと。

 銃を構えた。

 自分の頭に向けて。


 荒い呼吸、泣き出しそうな目。

 それが、本人の意思ではないことは、彼の表情から分かる。

 

 これは―――


 遠隔ハックだ―――


 ジェラルドが声を振り絞った。


「助け……」


 同時に、銃声が工場の中に響き渡った。


 その壮絶な死に圧倒され、しばらく体に力が入らなかった。

 やっと体に力が戻り、立ち上がる。


 血まみれの頭部。

 辺りにぶちまけられた血。


 まるで悪夢のようだ―――


 呆然としていると、音がよりはっきりと聞こえてきた。


 尺八の音だ。


 しかし、何の曲かは分からなかった。


 モニターを見ると、黒い画面は変わり、地図が表示されていた。

 それが、トウケイの地図だと気づくのに、時間はいらなかった。

 そして、その地図はある場所を指し記していた。


「ここに来いってことか……」


 何があるかは分からない。

 罠の可能性も高い。

 だが、行かない選択肢はない。


 私は巫女だ。

 この世界で唯一の巫女なのだから。

 魂を弄ぶ奴を許してはならないのだ。

 それがマヨイガ以外であろうと。

 なんであろうと。


 クジはCESセキュリティに連絡を入れ、工場を後にした。


 工場の中では、まだあの尺八の曲が流れていた。

 この曲が『』という楽曲だと知ったのは、すべてが終わってからだった。



 

――― Ver4.8 ヘヴンズ・ゲートをくぐれない 終

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