Ver3.3 生命の定義

「本当にオートマトンなのこれ……?」


 クソンが少し驚いた様子で聞いた。


 暗闇に横たわるそのトラは、ジッとこちらを見つめていた。


「このオートマトンはT88-SA。65年前に製造されたリアル系オートマトンです」 


「いくらリアルって言っても……」

「本物そっくりですよね?」


 イヒョンは無邪気に笑った。

 だが、私とクソンは笑えなかった。

 それが、トラのオートマトンだからではない。

 あまりにも精巧に出来ていて、今も動いているからだ。


 金属で覆われた肢体。

 呼吸に合わせてなめらかに動く。

 目も本物そっくりだ。


 イヒョンがトラの頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。


「随分懐いてるんだなお前に……」

「最近やっと触れるようになっただけですよ」

「出会ったのはいつ頃だ?」

「うーん……一年は経ってないと思います」

「ここで見つけたのか?」

「そうですよ。ここで横たわっていました。足を怪我してね」


 と、トラの足を見てみるが、壊れている様子は見えない。


「僕が直したんです」

「お前がオートマトンを直したってのか?」


 何故私が驚いたのか。

 それは、オートマトンの製造方法は、一切明かされていないからだ。

 CESグループだけが独占しているブラックボックス。

 それが、この世にあるオートマトン全てなのだ。


「こうみえて僕、CESアカデミーの首席卒業なんですよ」

「……だとしたら、随分と遊んだな坊っちゃん」

「……仕事のお話に移りましょうか」


 ―――そういや仕事だったわ

 ―――私の仕事じゃねーけど


「私の依頼はとてもシンプルです。この子の今の気持ちを教えてほしいんです」


 私はクソンの顔をみた。

 クソンも困っているようだ。


「……難しいですか?」


 イヒョンも、こちらの沈黙が長いせいで少し不安になっているようだ。


「難しくはねーよ。なぁクソン?」

「えーーーーーーーーーーー!? 私がやるの!?」

「お前の依頼だろうが……」

「そうだけど、動物との交信ならクジのほうが得意じゃん」

「……あのさ、お前が依頼されてんのを私がやるっておかしいだろ普通に」

「でもさぁ……」


 クソンが言いたいことは分かっている。

 だから私は、クソンの肩を叩き、目配せをした。

 クソンも意味を理解してくれたようだ。


「……こいつの名前、教えてくれるか?」


 イヒョンに尋ねる。


「ナラって言います」

「だとさ。わかったかクソン」

「おっけー」

 

 クソンがトラの前に座り、太鼓や鳴り物を並べ始めた。

 これが、ムーダンであるリ・クソンの祈祷のスタイルだ。


「それじゃ、ここから離れるぜイヒョン」

「え?」

「ムーダンの祈祷は長い。ここにいると疲れるぞ」


 私はイヒョンを連れて、地上へと上がっていく。

 後ろから太鼓の音が聞こえ始めた。

 どうやら、クソンが祈祷を始めたようだ。


 さて、後は私が説得するだけか……


「なぁ、イヒョン」

「はい?」

「悪いことは言わない。あのトラにもう関わるな」




 ――― Ver3.3 生命の定義 終

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