Ver3.2 無からの産声

「まさかこんな大冒険になるとはな……」

「でも楽しくない?」


 ―――楽しくねーよ


 廃墟となった旧ロイヤル区域を歩く私とクソン。

 ここは既に破棄されてから60年の時が立っている。

 ビルや住宅には草木が生い茂っている。

 これはもう、一種のジャングルだ。


「でも、なんでここ捨てちゃったんだろうねー」

「知らねーよ。どうせしょーもない理由だろ」


「あはは、その通り。しょうもない理由ですよ」


 突然、背後から知らない男の声がした。

 クソンと私は臨戦態勢を取りながら素早く振り向いた。

 後ろにいたのは小ぎれいな身なりをした青年だった。


「すみません、驚かせるつもりはなかったんですが……」

「誰だてめぇ」

「依頼主ですよクジさん、クソンさん」

「あなたがイヒョンさん?」

「はい、イヒョンです」


 クソンの質問に、イヒョンと名乗る青年はにこやかに答えた。

 どうやらこいつが、クソンに依頼をしてきた奴らしい。

 (というか、自分の依頼なんだからもうちょい調べろよ……)


「では、さっそくですがこちらへ来て下さい」


 イヒョンは近くにあった大きな階段を下っていった。

 クソンと私もそれに続いて下っていく。


 近くの案内板を見てみると―――


「……美術館?」

「ええ、ここは昔の美術館です」

「さぞや豪華なんだろうな。旧ロイヤル区域だもんな」

「豪華も豪華ですよ。なんたって地下5階まで吹き抜けがあるんですから」

「……それが廃墟になってんの?」

「ええ。ちなみに今から向かうところは地下2階です」


 ええ……床抜けないよね?


 ふと、歩いている床が気になった。

 所々ボロボロで、コンクリートがむき出しになっている。


「落ちたら一発で死ぬね!!」


 ―――おめーは馬鹿だから死なねーな


 相変わらのクソンに嫌気が指しているとイヒョンが足を止めた。


「ここです」

「……ここです?」


 眼の前にあるのはがらんどうな空間。

 天井は地上まで穴が空き、朗らかな日光が差し込み、私達を照らしている。

 対称的に、目の前は真っ暗だ。

 明暗がはっきりしすぎているせいか、この空間がどれほどの奥行きか分からない。


「それで依頼なんですが……」

「いやいや、ちょっと待て」


 私は堪らずイヒョンを呼び止めた。

 

「どうしました?」


 イヒョンは驚いたような顔をしていた。


「彼って……どこ?」

「あれ? 見えてませんか?」


 ―――え、なに? やばいの見えてる系の人?


 少し身構えていると、クソンが口を開いた。


「いる」

「あん?」


 クソンが指さした先は真っ暗な空間しか見えない。

 しかし、徐々に分かってきた。

 何かがいる。

 それも途轍もない巨体。


 目を凝らしていると、その巨体はわずかに動いた。

 

 目が合う。


 そうして、やっとはっきり分かった。


「トラ……?」


 そして、もう一つの事実に気づいた。


「こいつ……オートマトンじゃねぇか」




 ―――Ver3.2 無からの産声 終

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