Ver2.9 彷徨う魂、蠢く魄

「クジ、荷物を片付けて。クソン、トランス状態を解除」


 ジゥの声で我に返った。

 

「え?」

「すぐにこの屋敷から出ますよ」


 そう言うと、ジゥは慌ただしく部屋を出ていった。

 事態が飲み込めず、唖然としていた私とクソンだが、指示に従うしかなかった。





 私とクソンは屋敷を出て、車に荷物を押し込み、乗り込んだ。

 遅れてジゥが乗り込む。


「すぐに出して」

「は、はい」

「もっと早く」

「しかし……」


 運転手が戸惑っている。


「いいから踏め!!」


 怒声と共に車は勢いよく走り出し、屋敷を後にした。

 ふと、屋敷を振り返ると、ヘイリーが何かに電話している様子だった。


「ね、ねぇジゥ……さっきのフーチーってさ……何だったの……?」


 クソンが私の気持ちを代弁してくれた。


 さっきのフーチーの結果。

 ”貴方はワン・ユーシーですか”に対して。

 ”いいえ”

 絶対に起きるはずのない現象がおきたこと。

 それを聞かなければならない。


「おい、説明しろジゥ……何があった」


 ジゥは強張った顔で前を向いていた。

 深く息を吐き、何かを決意したのか、話し始めた。


「あなた達に循環器機能補助マシンについて、調べさせた後、病院を訪ねました」

「それは、ユーシーが入院していた?」

「はい、そこはユーシーの手術も請け負った病院ですから……」

「情報を持ってるわけか」

「やはりその病院でもユーシーの変化には戸惑っていた様子でした」

「それだけか……?」

「いいえ、手術について伺うと、彼らは途端に口が固くなりました」

「何か隠してる……?」

「そう思ったので、かなり違法な手を使いカルテを出させました。すると……」


 ジゥは声を詰まらせる。

 もう一度息を整え、喋りだした。


「あの循環器機能補助マシンはヘイリーが提供していたことが分かりました」


 ヘイリー……?

 あの夫がなぜ急に?


「カルテはその事実を改ざんしていました」

「よっぽどやばい出どころなのかあのマシン……」

「それともう1つ、改ざんされていた箇所がありました」

「どこだよ」

「患者の名前」

「……え?」

「患者の名前はワン・ユートン」


 ―――まさか


 ジゥは震える声で話した。


「ユーシーの姉です」

 

 生唾を飲んでしまった。

 車内は明らかに緊張している。


「ちょ、ちょっと待って……それじゃ、さっき寝ていたユーシーは……」


 クソンが恐る恐る聞く。


「ユートンです」


 ―――最悪だ


 たまらず頭を抱えてしまった。

 ただの顧客トラブルだったろ?

 なんで事件に巻き込まれてんだ。


「そして、あなた達に謝らなければならない」


 ジゥは緊張した面持ちで私とクソンを見た。


「ロイヤルの人間は家族のことを詮索されるのが嫌いです。ましてや自分の隠し事、妻の隠し事を知られたからには手段は選ばないでしょう」


 そう言うジゥの額には汗が滲んでいた。


 ―――それって……


 まただ。

 あの感覚が来た。

 この仕事が始まった時の感覚。

 予感。


 私はなぜか後ろが気になっていた。

 ふと後ろを振り向くと、リアガラスにデカい車が映っていた。


 ここからは断片的な情報になる。


 マークはCH。

 シュリハンドク。

 1人の男が身を乗り出した。

 何かを構えている。

 ロケットランチャーだ。

 引き金が引かれた。

 私は声を上げた。

 ジゥが何かを叫ぶ。

 胸にかけていた数珠を引きちぎった。

 爆発音。




 この時の襲撃がちょっとした騒動になっていたという話は、全てを終えた後にニュースで知った。





―――Ver2.9 彷徨う魂、蠢く魄 終




 

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