数学研究部と黒板
集中している時は、周りで何があっても気にならない。
目の前の問題に取り組んでいるときは、何者も自分に干渉できない。
であれば周囲にある不要なものは無いものとみなして良いのではないか?
ある日それは現実になった。
砺波はそう説明した。
自分と数学。
それ以外は何もない空間。
そしてなぜか、俺もそこにいる……。
―――――――――――――――――――――――――
一通り話した後、俺と砺波は近くの教室に入り、しばらく数学をすることにした。
色々な謎がまだ残っているけれど、今出来ることはそれくらいしか無かった。
それに、俺も砺波も解くべき問題を抱えているのだ。
2n+1,3n+1,6n+1の中でただ一つが素数であるという性質を満たす自然数nは無数に存在するか?
これが俺の場合。
砺波の話によれば、この謎空間にいる間は、現実での時間経過が殆どないらしい。
さらには空腹、眠気等の身体的変化も起こらないらしく、つまりほぼ無限といえる時間をこの問題を解くために費やせるのだ。
しばらく考えたのち、俺は一つ成果を上げていた。
つまり一歩前進した。
問題の性質を満たす自然数は無数にあるという方針で話を進めよう。
3つ与えられた数のうち、ただ一つが素数となるという条件。
つまり残りの二つは合成数になるのだ。
例えばnを3で割った余りが1なら、2n+1は3の倍数だし、nが奇数なら3n+1は偶数となる。
偶数や3の倍数は、2や3という例外を除いて合成数となる。
つまり、1より大きい自然数nが6で割って余り1となるならば、2n+1と3n+1は合成数となるのである。
あとは6n+1が素数となってくれれば良い。
「nを6で割ると余りが1」かつ「6n+1が素数」という条件を満たすnが無数に存在することを示せばよいのだ。
これは、36k+7という形の素数が無数に存在することと同値である。
ここまで考えて、いいニュースと悪いニュースが一つずつ。
いいニュースというのは、36k+7という形の素数が無数は無数に存在すること。
ディリクレの算術級数定理という定理がある。
a,bが互いに素な自然数であるとき、ak+bという形をした素数は無数に存在する。
いま、36と7は互いに素であるから、36k+7という形の素数が無数に存在することが算術級数定理から導ける。
つまり、「2n+1,3n+1,6n+1の中でただ一つが素数であるという性質を満たす自然数nは無数に存在するか?」という問題は「無数に存在する」という答えで間違いないことが確信できたのだ。
しかしながら悪いニュースが一つ。
ディリクレの算術級数定理の証明は俺には難しく、少なくとも1日では理解できないということである。
しかもこの問題は鐵有紀が出題したもの。
仰々しい道具など、使わなくても解ける筈なのだ。
しかし、とりあえず書いておこう。
俺は隣の教室へ移動する。
黒板を使うためだ。
――――――
問題: 2n+1,3n+1,6n+1の中でただ一つが素数であるという性質を満たす自然数nは無数に存在するか?
解答: 存在する。以下にそれを示す。
いま、算術級数定理より、36k+7という形をした素数は無数に存在する。
いまそのようなkをとってn=6k+1とおく。
このnが問題の性質を満たすことを示せばよい。
このとき、2n+1=3(4K+1)
3n+1=2(9k+2)
6n+1=36k+7
明らかに最初の二つは素数でない。
よって、このnは問題の性質を満たす。
――――――――
問題は解けたが、使った道具は反則的に高級な定理だ。
ディリクレの算術級数定理を用いずに、36k+7型の素数の無限性を示せればよいが……。
安藤(俺の旧友かつ数学研究部副部長)にみっしり教え込まれたのは、2n+1、4n+3、6n+5型の素数の無限性の証明くらいである。
これらの方法は全て、素数が無限にあるという定理のユークリッドの証明と同じ方法で示すことができる。
だが36k+7型はどうか?
その初等的な証明を発見するのはとても難しいだろう。少なくとも俺には思いつけない。
そこでこんな議論をしてみた。
これは間違った証明であると注意しておく。
――――――
問題: 2n+1,3n+1,6n+1の中でただ一つが素数であるという性質を満たす自然数nは無数に存在するか?
誤解答: 存在する。以下にそれを示す。
いま、4k+3という形をした素数は無数に存在する(証明は省略)。
kをそのような自然数として、n=2k+1とおく。
このとき、2n+1=4K+3(仮定より素数)
3n+1=2(3k+2)(これは合成数)
6n+1=12k+7
であるから、12k+7が合成数となるkが無数に存在すればよい(←?)。そしてこれは自明であるため、問題の性質を満たす自然数は無数に存在する。
――――――――
どうだろう?
間違っていることが分かっただろうか?
「←?」を記した場所に論理の飛躍がある。
12k+7が合成数となる自然数kは無数に存在するのは確かに自明である。
しかし、いま、4k+3が素数となるという条件の下kをとったのである。
したがって、全く無条件に(つまり4K+3が素数となるという仮定なしに)12k+7が合成数となるkが無数に存在することを示しても、問題の解決には何も貢献しないのである。
そこで詰まってしまった。
進むべき方向は見定まったが、どうにもこうにも進めない。
そうして再び考え続け、ヒントとなる会話を思い起こした。
砺波にした質問だ。
ある性質を満たす自然数が無数に存在することを示すにはどうすればよいか?
抽象的(つまり曖昧)な質問だけど、砺波はしっかりと答えてくれた。
1:正攻法
2:限定的
3:具体的
といった感じだった。
ただ四番目の方法を聞く前にこの奇妙な事態に陥ってしまったのだ。
さて四番目の方法とは…?
隣の教室へ戻る。
黒板に幾つもの数式を書き込み、それを見つめている砺波がいた。
きっとそれは、彼女にとってどんな絵画よりも美しいのだ、と余計な推測をする。
集中しているところ申し訳ないが、あの話の続きを聞いてみた。
「四番目は、その性質を満たす自然数が有限であると仮定して推論を続け、矛盾した結論を導くという方法。」
それが砺波の答えである。
砺波は続ける。
「これを帰謬法、またの名を――」
「背理法という、か……」
「そう。」
そうか、背理法だ。
俺は問題の性質を満たす自然数が無数に存在するということを証明したい。
そのとき、問題の性質を満たす自然数が有限個であるという仮定の元で矛盾を導くという手段があったのか。
「分かった……ありがとう、砺波。」
それから、一体どれくらいの時間が経っただろうか。
俺は放心状態だった。
黒板には、並ぶ幾つかの数式。
そこに日本語は無かった。
何かが思いつくたびに心が躍り、それを書き留める。
それを繰り返していくと、ついには書く場所が無くなる。
けれども消したくはない。
仕方ないので、隙間に続きを書く。
漸化式が導かれる。
いつぞや掛布さんに教わったやり方を思い出して、一般項を導く。
そして……ついに矛盾を発見する。
論理に飛躍がないか、誤った計算をしていないか、確かめる。
そうやって、ついに頭の中に完璧な証明が出来上がった時、その整然とした論理とは対照に、黒板は判読不能な記号で埋め尽くされていた。
きっと誰にも読めない。
けれどもそれは、俺にとって、どんな芸術作品にも劣らない美を持った。
この空間では時計の針は動かない。
したがってここにいる誰もが、主観的な時間しか持ち得ないが、俺の体感では、背理法を用いてこの問題の完璧で初等的な証明を発見するまでにかかった時間はおよそ数秒だった。
勿論、それはあり得ない。
どんなに短く見積もっても、3時間はかかったのではないだろうか?
ただ俺が言えるのは、砺波に礼を言ってすぐさま元の教室へ戻り黒板に向かってから、一切誤りの無い証明を見つけるまでの記憶は限りなく圧縮されているということだ。
さて、解けた。
戻ろう。
だが一体、どうやって?
数学研究部の日常 真性特異点 @elliptic-integral
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