もどかしさ

「さどゔぅうう、ごめん。ごめん」

「もう謝るな」


 居酒屋から出て、俺たちは夜風に当たっていた。上山とのイザコザがあって、村山は少し精神的に疲れているようなそんな挙動をしている。もう五分くらいずっと謝りながら、泣いていた。


 酔ってこうなっているのか、それとも本心なのか。……いや、その両方を含んでいるような気がする。いつも思っていた本心が酒のせいで露呈したようなそんな感じ。


 正直村山が謝る理由なんてなにもない。逆に謝るのは俺のほうだ。俺だけの問題だったのに、村山を巻き込んでしまった。


「俺の方こそごめんな、巻き込んぢまって」

「んーんッ!さどゔぅはわるくなぃもん」


 会計を済ませて、村田は先に帰らせた。土曜の夜まであんなクソ上司に付き合わされて、たまったものじゃないだろう。ただでさえ残業の疲れと、この1週間で溜まった疲弊があるというのに。その上終電まで逃すとなると、申し訳ない。


「少しよくなったか?」

「ゔぅーん、まあまあかなあ」

「水飲む?」

「うん、ありがと」


 5分くらい歩くと、街頭の灯った公園に着ついた。ベンチに腰をかけて、天然水が入ったペットボトルを手渡す。村山は、それを受け取り、鈍い手つきで蓋を開けると、ゆっくりと水を口に流し込んだ。

 ふと、スマホの画面をつけると、12:45と書かれたロック画面が目にはいる。終電はもうないなあ、と思いながらうなじをぽりぽりと掻く。


「終電もうないからタクシーで送るな」


 村山の家は、幸いここからそんな遠くない。車で5分、歩いたら20分くらいだろう。


「え、いいよ。自分で帰れるからぁ、あ、水ありがと」

「その状態だし、心配」

「ほんどにいいよお」


 時間も時間。さすがにこの時間で、1人で帰らせるのは怖い。まだ少し酔いも回っているだろうし。


 それに巻き込んでしまった後ろめたさが、俺の背中を押している。これくらいはさせて欲しい。こんなんじゃ埋め合わせにもならないが、少しでもこのモヤモヤを緩和させたいのかもしれない。


「そう言ってもなあ」


 困って頭をぽりぽりかくと、村山は何かを思いついたように口を開いた。


「じゃあさ……」





「お邪魔します」


 なぜこうなったのか。

 靴を脱ぐ村山の後ろ姿を見て、唖然としてしまった。考えるのは時すでに遅いが……こうなってしまってはもう何もかも遅い。


 しかし、断言できる。俺は理性は失ってはいない。

 うん。そうだ。失ってない。


 ……なのに、


 ……なのに、何故家に入れてしまった。

 不覚というか、後悔というか、後ろめたい気持ちで胸が痛い。




「じゃあさ……佐藤の家にいくっていくのはどう?」


 15分前の光景が脳裏に過ぎる。

 別に酔ってそのまま連れ込んだ訳じゃない……断じて。


 最初は、断った。そう断わった……。

 しかし、強引に提案を通された。


 ……先に俺が折れた。

 たしかに、1人で帰らせるのは怖いし、2人の方が安全だが、そう言ってもこの状況はまずい。


 少し精神的に疲れている村山への申し訳なさと、心配と、なんか複雑な気持ちが混合して負けただけだ。


「……どうぞ」


 渋々、村山の後についていき、玄関にあがる。もちろん、こんなことになると思ってなく、掃除なんてしていない。たしかリビングには、脱ぎ捨てた服が散乱してたような気がする。


「へぇえ、佐藤こんな家に住んでるんだあ、それにしても意外と綺麗にしてるんだねえ」

「綺麗か、これ」

「男子の部屋にしては綺麗なんじゃない?」


 なんだろうか。なんか意味の深い言葉だった。『男子の部屋にしては』。その言葉が引っかかった。

 やはり、村山は色んな男の家に行ったりしているのだろうか。それともただの憶測なのか。そんな事気にしたところで何もならないが、なぜかすこしモヤッとした。


 たしかに、村山はモテる顔立ちをしている。茶色っぽいショートヘア。毛先は綺麗にカールを描いていて、それに見合った端正な顔立ちと、スタイル。胸は少し物足りないようにも感じるが、それでもDくらいはありそうな気がする。


 やはり、そういう経験は多いのだろうか。


「片付けるから少し待ってくれ」

「いいよお、このままで」

「俺が嫌だ」

「えー、じゃあ私もてつだうー」

「酔っ払いは大人しくしてろ」


 ムスッとした表情を浮かべると、村山はチョコんと座布団の上で小さくなった。

 ソファに乱雑に置いてあったTシャツとズボン、タオルを拾い上げてタンスのほうに持っていく。


 はあ、やっぱり連れてきたのはミスったな。何がとかじゃなくて、不意にそう思った。タクシーで帰すべきか……。


「佐藤洗い物してないじゃん!!」


 そんなことを思っていると村山の声が聞こえ、視線を村山の方に移すとキッチンの洗い場に顔を覗かせていた。さっきまでソファに腰をかけていたはずなのに。


「さとうぅー私してあげるよ」

「大人しくしとけって」

「暇なんだもん」

「だからって……」

「じゃあするね!」


 聞く耳も持たれなかった。ジャー、と水が流れる音が聞こえ始めると、食器の音も同時に聞こえ始めた。


 酔っ払ってこうなっているのか、元からこうなのか。思ったことはすぐ行動にうつす、村山はそんなことを言っていた気がする。たしかに、と思いながらハンガーにTシャツを掛ける。





「落ち着いたね」


 洗い物も、片付けも終えて机の前に2人で座っていた。目の前には、最近流行っている『ソルジャーゲーム』というドラマがたれ流されている。


 落ち着いて、7.8畳のこの空間に女子と2人の状況が現実味を帯びてくる。女慣れなんて単語は、程遠すぎて、全くと言っていいほど慣れていない。何て話しかければいいかすら分かない

 我ながら恥ずかしく、もどかしい。


 とりあえずドラマでどうにかなっているが、正直目も合わせられずテレビ画面に逃げてる始末である。


 とりあえずなんでもいいから、何か話題を振ろう。仕事のこと……ここで仕事のことは違うな、ま、まあ妥当に世間話でもいいか。


「なあ、村山……」


 俺が口を開くと同時に、ピピピと、風呂の湯が湧いた音がタイミングを見計らったように、流れる。背筋が少しピクっとして、さっきまでの緊張がスっと抜けていった。


「風呂入ってこい」

「ええ、めんどくさい〜」

「一旦温まってこい」

「んー、連れてって」

「わがまま言うな、ほら行った行った」

「あーい」


 適当な返事を流して、村山を風呂に案内する。さっきの気まづい空間から解放され、少しホットした。


 しかし、村山が酔っ払うとこんなデレデレみたいな性格になるのは知らなかった、というか、意外だった。

 いつもはどこか気真面目で、丹精で仕事熱心なイメージが強かったからそのギャップで、尚更意外に感じた。


 ……。


 ……。


 ……それにしても。


 ……なにをすべきだろうか。とてもこの時間が気がかりでならない。女子が風呂に入っている状況で俺はテレビの前に1人ポツンと正座をしている。


 女子と2人きりな状況は状況で緊張するが、この時間も緊張する。とてもじゃないが、正気ではいられない。


 ガチャっとドアの開いた音がして、ビクッと肩が跳ねた。


「さとうぅー、お風呂ありがとぉお」

「ゆっくり温まったか?」

「ばっちり!」


 そう言いながら、グッとボタンをこちらに向けてくる。


「そいえば服なかったな……なんか持ってくるから待っとけ」

「ええーいいよお」

「スーツにシワついたらださいだろ」

「それはそうだけどさあ……」

「持ってくるよ」

「……ありがと」

「おう」


 またタンスに向かう。村山のサイズに見合った服があったかな、と思いながらタンスを開けた。無造作に片付けられた服が1番に目に入る。


 そこから少し服を漁ると、妹が置いていった服が出てきた。サイズ感は多分ちょうどだ。


「村山これでいいか?」


 すると、村山はムッとした表情を浮かべた。


「えっ、ごめん。気に食わなかったか?」

「ちがうっ!」

「じゃあ、なんで……」

「さとう、こんな女子が着る服持ってるんだ……」


 ああ、そういうことか。っていうか、俺が持っていたら意外か。それとも他になにか……女子心は分からん。


「楓……妹のだよ」

「妹いたのッ!!」

「ああ、うん。言ってなかったか?」

「聞いてないよぉ!」


 たしかに、言う場面なかったし、聞かれたこと無かったから言ってなかった。別にそんなこと気にするやつなんていなかったし。


「なんだ、妹さんのかあ。じゃあ着替えてくるね!」


 嵐のように、服を受け取ると脱衣所に向かっていった。本当に女心は分からない……。





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ブラック企業勤めの俺、上司を殴っていたらいつの間にかモテモテになっていた イシガミ @stein53

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