第29話 後日談(ミラ)

パエス商会のミラと申します。

さきほど王宮にて報告が終わり、これから商会に戻るところです。


十数年ぶりに王妃様から連絡が来た時には本当に驚きました。

あ、いえ、もうすでに元王妃様ですね。

元王妃様から頼まれたのは、ある家族の保護でした。

保護というよりも監視と言ったほうがいいかもしれません。


私は産まれた時点では準男爵の娘でした。

それが男爵の娘に変わったのは三歳の時、元王妃様が王太子妃だった時代です。

商品が気に入られ、パエス商会は王家御用達となって爵位があがりました。

ですが、それから間もなく王太子妃様は離宮に行かれてしまい、

お付き合いもなくなりました。


父のカールは、王家御用達じゃなくても商会はうまくいっていたのだから、

それほど気にすることはない。

また縁があれば王太子妃様にお目にかかることもあるだろうと。

確かに、王家との関係が無くなっても商会はうまくいっていました。


王太子様が国王に即位したことで、

たくさんの貴族たちがお祝いだと高級品を求めました。

高位貴族から下位貴族まで、さまざまな貴族とその家族と会う機会がありました。

その中でも変わっていた方たちがいました。

公爵家のエミール様と愛人のアンヘラ様、そして娘のブランカちゃんです。


貴族に愛人がいることはめずらしくなく、

こうした買い物に愛人を連れてくることもあります。

そのため、愛人やその子どもとは仲良くするようにと言われていました。

アンヘラ様はあまりブランカちゃんの世話をするのが好きではないようで、

商会に連れてきた時はすぐに私と遊ぶように命じてきます。


もちろん、こちらは商売ですから、

ブランカちゃんと遊ぶのも問題はありません。

できるかぎり、ブランカちゃんが楽しく遊べるように気をつかいました。


ただ、どうにもできないこともありました。

ブランカちゃんは一人っ子だったせいか、私のお姉様を欲しがるのです。

さすがに商品は売れても姉妹を売ることはできません。

跡取り娘として忙しいお姉様を貸すこともできませんでした。


ブランカちゃんは癇癪を起しやすく、すぐに鞭で叩こうとします。

私には怒鳴る程度で済むのですが、

止めに入ったうちの使用人を鞭で叩こうとした時には困りました。

いくらなんでも他人の家の使用人を鞭で叩くなど、まともな人はしません。

ですが、アンヘラ様もそれが当たり前だと思っているようです。

これでは話になりません。


お父様もできるかぎりエミール様たちとは距離を置きたいようでしたが、

公爵家ともなると断ることはできません。

嫌々ながら相手をしなければならず、

子どもながらに商売は大変なんだと思ったものです。



しばらくして、エミール様の奥方様が亡くなったことを聞きました。

では、アンヘラ様と再婚するのかと思いましたが、

エミール様は公爵ではなく婿だと聞いて無理だとわかりました。

この国では婿の再婚は籍を抜けなければなりません。

家の乗っ取りを防ぐためには当然のことです。

アンヘラ様が妻になることも、ブランカちゃんが養子になることもできません。

正当な跡継ぎ、公爵家にはエルヴィラ様がいらっしゃるからです。


少しだけ、あの乱暴なブランカちゃんのことがかわいそうだと思いました。

父親が貴族であっても、ブランカちゃんは平民です。

使用人たちを見下していましたが、同じ平民なのです。

いつかそのことに気がついて恥ずかしくなるに違いないと思っていましたが、

ブランカちゃんはまったく気がついていませんでした。

久しぶりに商会に来たと思ったら、素敵なお姉様ができたと自慢してきたのです。


呆れてしまいました。

愛人の娘でありながら、本妻の嫡子を姉と呼ぶとは。

どれだけ無礼なことをしているか、わかっているのでしょうか。

ブランカちゃんに丁寧に説明しても、半分も理解してくれなかったようです。

それから会わなくなってしまったブランカちゃんですが、

やはり考え方は変わらなかったようです。





学園での騒ぎ、王宮でのできごと、すべて元王妃様からお聞きしました。

そして、エミール、アンヘル、ブランカの三名を商会で受け入れることになりました

もう貴族ではなく平民ですので、客人ではなく使用人としてです。

これ以上騒ぎを起こさないように商会で面倒を見て欲しいとのことでした。


見返りは王家御用達として爵位をもう一段階あげ、子爵家になること。

そして、私が来年に嫁ぐ予定の子爵家の領地を増やしてくれるということでした。


平民となり、後ろ盾だったダーチャ侯爵家が爵位を返上したことで、

三人はどこも受け入れ先がありませんでした。

うちの商会が受け入れるまで三週間あったせいでしょうか。

もう小銭すらなく、着ている服もボロボロの状態でした。


エミールは荷物運びに、アンヘラは商会の接客に、

ブランカは侍女見習いとして働くことになったのですが、

二日後、店のお金を持ち出してアンヘラは消えました。

こちらの監視がゆるかったようです。

すぐに王宮へと連絡し、警吏に探してもらいました。

貴族家から金を盗むのは重罪です。

平民のアンヘラは捕まり、重罪人の焼き印をされた上で犯罪奴隷となりました。


ブランカは母親が奴隷になったと聞いて倒れましたが、

それ以降はおとなしく働くようになりました。

ただ、周りの使用人たちからはきつくあたられているようです。

それはそうでしょう。

使用人が気に入らなければ鞭で叩いて追い出していたのですから。

今までの仕打ちは自分に返ってくるのです。


意外にも真面目に働いているのはエミールでした。

荷馬車から重い荷物を下ろし、倉庫まで運ぶ。

倉庫から荷物を持ってきて、荷馬車に乗せる。

ただこれだけの仕事ですが、重労働なのです。

たいていの人は腰か膝を痛めてしまうので、長続きしません。

エミールも痛そうにしていますが、文句を言わずに働いているようです。

まぁ、ここ以外に行く場所はないので、あきらめているのかもしれません。





エルヴィラ様が学園を卒業し、ご結婚されたそうです。

元王妃様がお祝いの品を商会を通して贈られました。

元第三王子が迷惑をかけたので、表向きにはお祝いできなかったそうです。


そして、今年は十数年ぶりに豊作となりました。

このまま平穏無事に国が安定するためにも、商会は忙しい日が続きそうです。




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消えた令息が見えるのは私だけのようです。 gacchi @gacchi_two

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