第28話 大丈夫
「エルヴィラ、もう夜になるから屋敷まで送っていくよ」
「うん……」
オーケルマン公爵家の三人に見送られ、馬車でアロルドに屋敷まで送ってもらう。
もうアロルドにとっては帰るじゃなくて、送るなんだと思うと苦しくなる。
それでも明日からは婚約者として一緒にいられる。
そう思うことで少しだけ気分は楽になる。
「それじゃあ、帰るけど……無理はしないで。
さみしくなったら呼んでくれていい」
「うん、ありがとう。おやすみなさい」
「おやすみ」
離れの部屋まで送ってくれて、アロルドはオーケルマン公爵家へと帰った。
誰もいない離れが静かすぎて……何もする気になれずにソファに座る。
これが普通だったはずなのに、落ち着かない。
夕食の時間になって、カミラが食事を運んできた。
それが一人分なのを見て、またさみしくなる。
湯あみをして寝る準備をした後も、気分は落ち込んだままだった。
ふと、こちらを窺っている気配を感じた。
見たら、窓の外に精霊の幼生が群がっていた。
「……もしかして、私をなぐさめようとしている?
ここに入らないのは、私が一人にしてって言ったから?」
「…入って来てもいいよ」
待ってましたとばかりに、ふわぁぁとたくさんの精霊の幼生が入ってくる。
小さな光が部屋中に漂う様に浮かんでいる。
なんとなく精霊の幼生が喜んでいるような気がして、少しだけ笑う。
「ごめんね。心配させたね。
でも、大丈夫。もう平気……だか……ら」
平気だって言っているのに、涙が止まらない。
どうしてだろう。
ずっと一人でも大丈夫だったのに、すっかり気が弱くなってしまった。
隣にアロルドがいるのが当たり前になってしまって、
一人でいるのがこんなにもつらい。
「……大丈夫……じゃない。……アロルドに……会いたい」
「もっと早く呼べよ」
「……え?」
どうしてアロルドの声がするのかと振り返ろうとしたら、
ぎゅっと後ろから抱きしめられる。
その腕が、匂いが、体温が、アロルドだとわかる。
「アロルド?……どうして?」
「あぁ、もう。こんなにボロボロ泣くなんて。
馬鹿だな。我慢しないで、もっと早く呼べばいいのに」
「……だって」
「うん、一人でも大丈夫だって思いたかったんだろう?」
「……でも、……ダメだった」
「わかってる。俺がそうさせたんだ。当然だろう?」
くるりと身体の向きを変えられ、アロルドと向き合う。
頬の涙を拭かれ、もう一度強く抱きしめられた。
「もう一人にならなくてもいいんだ。
必要ならずっとそばにいる。俺がそうしたいから。
だから、言って?エルヴィラがどうしたいのか」
「言ってもいいの?」
「うん、どうしたい?」
「…ずっと、アロルドと一緒にいたい。
隣にいてほしい。抱きしめて欲しい」
「あとは?」
「アロルドと一緒に眠りたい。
朝も一緒に起きたい」
「うん、いいよ」
返事と同時に抱き上げられ、寝台まで連れて行かれる。
よく見たらアロルドも夜着姿だった。
どうやってここに来たんだろう。
「もしかして、精霊が連れてきちゃったの?」
昔、私がさみしがっていたら精霊がアロルドを連れてきたのを思い出した。
精霊の幼生たちがアロルドを連れてきたのかもしれない。
「違うよ。俺が勝手に転移してきた。
エルヴィラが泣いていると思ったから」
「転移?」
「そう。俺が勝手に来た。
もう子どもの頃の俺じゃないからね。
精霊に頼らなくてもたいていのことなら願いは叶えられる。
エルヴィラの願いもね」
「ふふ。そっか。やっぱりアロルドはすごいわ」
この国一番の魔術師だということを忘れたわけじゃないけれど、
言われてみれば精霊がすることのほとんどをアロルドの魔術でできる。
精霊の力を借りなくても、願いを叶えてくれると思う。
「全部、エルヴィラのためだよ。
こうして、エルヴィラの隣にいたくて頑張ったんだ」
「アロルド……ありがとう」
「お礼なら、俺の願いも叶えてくれる?」
「願い?」
「……もう少しだけ、恋人らしいことをしてもいい?」
恋人らしいこと?
答える前に、もうアロルドの顔が近づいていた。
かすかに、くちびるが重なった気がした。本当にわずかな時間。
「嫌なら、やめる」
「やめなくていい……」
今度はしっかりとくちびるがふれた。
ゆっくりと重なって、離れたと思ったらまた重なる。
呼吸が苦しくなるほど何度も口づけをして、もう無理と思ったら抱きしめられた。
「ごめん。嫌だった?」
「……慣れないから苦しかったの」
「わかった。今日はこれで寝ようか」
「……うん」
今日は?って聞きたかったけれど、何も聞かずに目を閉じた。
昨日と同じようにアロルドがいる。だけど、同じじゃない。
恋人として、婚約者としての日々がこれから始まる。
でも、今は何よりも
アロルドの体温を感じたまま眠れるのがうれしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。