赤い花

鈴乱

第1話


「ここに咲く花は全部、赤色だよ」


 無数の赤い花が揺れる花畑を見つめて、愛しそうに男が言う。


「この花は、人間がこぼした血涙けつるいを吸って咲くんだ」


 ものが言えない僕は、彼の言葉をただただ聞く。

 男は僕の様子を気にした様子もなく、ひたすら花畑について語り続ける。


「今年も多くの血涙が流れて、ここの花は綺麗に咲いたよ。綺麗な美しい赤色で」


 男はふと視線を上げて、遠くを見つめた。


「ここの花は、枯れることがない。人間が悲しみ苦しみの涙を毎日のように落とすから、枯れる暇がないんだ」


 男が何を思って、そんな話を僕にするのか分からない。黙っているしかできないし、何の反応も返せない。そんな僕に、この花畑のことを語る理由は一体なんなんだろう。


「赤い花は、いつも綺麗だ。綺麗すぎて、見とれて、時間をすっかり忘れてしまう」


 僕も花畑を眺める。一面の赤。一面の花畑。こんな光景、人間界ではきっと見ることなんてできないだろう。


 もしかしたら、僕はとても貴重な光景を目にしているのかもしれない。


「彼らには、毒がある」


 突然の物騒な言葉に、僕は彼に視線を合わせた。


「彼らは全身が毒だ。触れたら最後、誰も助けることはできない」


"なぜそんなことを知っているのですか?"


 僕は心の中で問いかける。彼に通じるかは分からない。でも、思わずにはいられなかった。


「私も、この毒花どくばなにうっかり触れてしまってね。予想外にこんなところに来ることになってしまったんだ」


 男が仕方ない、とばかりにひとつ息をつく。


「私は綺麗なものが大好きでね。毒花とは知らずに、つい手を出してしまったんだよ」


 男が僕の方を見て、微笑む。


「君もここにいるということは、私と同じ道を辿ったんだろう?」


 僕……?

 僕も同じ道……?


 記憶をたぐって、思い出そうとする。

 が、もやがかった頭は何も返してくれなかった。


「……まだ、混乱しているようだね。無理もない。あんなことがあったんだ。記憶を保つ方が難しいだろう。むしろ、思い出さない方がいいのかもしれない」


 『あんなこと』?『思い出さない方がいい』?

 なんだ? この人は、僕の事情を知っているのか?


"あなたは、僕のことを知っているのですか?"


 心の中で問いかける。


 彼はにこりと笑って、話し始める。


「あぁ、私は君の記憶を読めるんだ。君が拒絶しなければ、君の事情はすぐに私の知るところとなるよ」

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赤い花 鈴乱 @sorazome

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