第4話 権藤明彦

「私は権藤と言います。この家の主人です。突然S市から東京までお見えになっていただきすみません。なぜこのような形でお招きしたのをご説明いたします前に、乾杯をしましょう。」


「乾杯と言いましても私はあなたのことを知りません。突然こんなところに連れてこられて大変困惑しています。最初に説明をしてください」


「わかりました。それでは私は喉が渇いてしまったので飲みながらお話しさせていただきます。私の話を納得したらお飲みになってくださいね」


紗江が権藤にウイスキーのような酒が入っているグラスをキッチンから持ってきた。


「それでは失礼いたしまして」


権藤はグラスを修一に向けて口にした。


「ここに来ていただいたのは、あなたにご相談と言いますか、ご提案があるからです。」


「相談、提案とは何ですか」


「すみません。順を追ってお話しします。私はある方からの依頼であなたをこちらにお連れしました。その方はあなたが以前存じ上げていた方です。名前はあなたが依頼を承諾していただくまでは言えませんが、とても資産家で、この家の何倍もの資産を持っている方です。その方のご主人が最近亡くなりまして、多額の遺産を相続されます。」


「権藤さん、その方は・・・」


「三上さん、話は最後まで聞いてください。その方にはご子息などのお身内もいますが、財産の一部を貴方に相続していただきたいとのお話です。金額はおよそ15億円です。もちろん税金を支払わなければならないので、三上さんの手取り額は10億円位になると思いますが、大金です。その方は昔三上さんに大変お世話になっていて、是非相続してもらいたいとのことです。私はその方のことをずいぶん前から存じ上げてまして、三上さんに意志を確認していただきたいと依頼を受けました」


そこまで話すと、権藤はグラスに口をつけ話を続けた。


「突然、こんな話をしても信じてはもらえませんよね。ですので、こんな形になりましたが、部下に命じてここまで来ていただきました。これまでの話でご質問はございますか」


「はい。話は信用できません。なぜあなたがS市や私の住んでいるM市に来なくて、私をここまで呼びつけたのですか」


「はい。それはあなたを信用させるためです。私が出向いてこんな話をするより、ここにきてもらった方が信用できると考えました」


「それと、あの老人は誰ですか」


「老人?老人は私どもは存じておりません。その老人がどうかしましたか」


老人のことは知らないと言っている。居酒屋で出来事や娘の妊娠を教えられたことを話そうかとも思ったが、修一は権藤を信用できず答えなかった。


「いえ。ご存じないのであれば結構です。あなたの話が本当なら、なぜその方は直接私に言ってこないのですか。直接の方がもちろん説得力があります」


「はい。それは三上さんの言う通りですね。ただ、その方は体調を崩されて、今は外に出ることが出来ません。本当でしたら直接お話ししたいと仰っていました。そして、あなたが断られた場合は名前を出さないでくれとも」


「わかりました。その方は病気で外出できないか。確かに電話や手紙ではこんな話、正直信じません。」


「考える時間が必要ですか」


「いえ。必要ありません。お断りまします」


「えっ。」


権藤も、後ろに立っている紗江も驚いた顔をしている。


「15億の金ですよ。こんな話はもう二度とありません。よろしいのですか」


「はい」


「差し支えなければ理由をお話し願いますか。その方に説明しなくてはなりません」


「はい。まず第一に、その方は私に恩があると言ってくれましたが、多分、私はそれほどのことをしていませんし、そんな金額を貰ったら、これからの人生が多分めちゃくちゃになる気がします。人には分相応があります。私はそんな大金を持つ人間ではありません。それに、他人のそんな金、貰う理由がありません。その方の旦那さんが亡くなった遺産ですよね。100歩譲って、その方からもらう資格が私にあったとしても、その方の旦那さんは私は存じ上げていない」


「ちょっといいですか。金については私も多少のことは分かりますが、金はいくらあっても困りません。今、不要でしたら、蓄えておいておいてあなたが納得できるようになってお使いになっても構わないと思います。人生金だけではもちろんないが、生きていくために金は必要です」


「権藤さんの仰ることも分かりますが、私はこのお金をいただくつもりは絶対にありません。」


権藤は真っすぐ修一の目を見つめて言った。


「本当によろしいのですか」


「はい」


修一は権藤の目を直視して言った。少しの間リビングに静寂が続く。


「わかりました。その方に三上さんが仰ったようにお答えしましょう。私の話は以上です。ただ、あなたの時間を急に奪ってしまいました。ここにある料理だけでも召し上がっていただいてもよろしいでしょうか。終電の新幹線に間に合うようお送ります。」


「そこまで意固地になることもありませんね。こんなご馳走を食べるのは久しぶりです。遠慮なくいただきます」


「ありがとうございます。それでは私はこれで失礼します。後はここにいる金本がご対応いたします」


そういうと権藤は席を立ち、リビングを出て行った。男二人も続く。

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