第3話 渋谷松濤

 東京駅には19時48分に着いた。修一の住むM市はS市と東京の間にある。間にあるといても、S市からM市は30分で着くが、M市から東京までは約1時間もかかる。普段は勿論M市で下車するのだが、今日は突然隣に座った女性から半ば脅迫のようなことをされ、東京まで新幹線に乗ることになってしまった。

「三上さんは東京駅はご存じかと思いますが、この時間帯の駅はとても込み合っています。日本橋口でおりますが、離れないようにしてください。それではこのお金で精算をお願いします」

修一が持っている切符はM市までなので、駅から出るためには追加の切符代を精算しなくてはならない。紗江から数枚の千円札を貰った。


 駅の改札までは紗江が言うように東京駅のホームは大変混雑していた。改札前の機械で精算をすまし改札を出る。

「それではこちらです」

紗江は日本橋口を出て、駅のコンコースを歩いていき、東京駅に隣接するホテルの入り口まで修一の前歩いて行った。紗江は背も高くスタイルが良く、近代的な駅とマッチした後ろ姿だった。ホテルの入り口は車が数台止められるスペースがあり、黒塗りのレクサスが2台止められていた。車付近には先ほどの新幹線内で見た紗江の同僚という男二人もいる。同じ新幹線で来たので、恐らく先回りしてここまで来たのであろう。

「この車に乗ってください」

前に止められたレクサスの後部座席を紗江が開け修一は乗車した。修一の隣に紗江も乗ってくる。後ろを見ると先ほどの男たちはレクサスのドアを開けていた。

 紗江が修一の隣に座り、運転手に声をかけると車が走り出した。

 車は東京駅前の外堀通りを通り皇居の方に向かって走っていった。修一はレクサスに乗るのは初めてだった。とても静かで、曲がるときなどまるでレールの上を走るようにスムーズに曲がっていく。さすがトヨタの高級車だと思った。しかし、私はこれからどうなるのであろう。昨日老人に言われた通りの返答を紗江にしたら東京まで連れてこられてしまった。

「どこに向かっているのですか」

「この時間帯ですと、あと30分ほどで到着すると思います。到着後にご説明しますので、もう少しお待ちください。三上さんが聞きたいことは十分に分かっていますが、私からはお話しできないことになっておりますので、申し訳ございません」

紗江はそういうと黙って前座席を見つめ黙ってしまった。

 車は青山通りを走っている。どうも渋谷方面に向かっているように思えた。車窓から見る東京の夜の町並みは鮮やかだった。金曜日の夜とのこともあり、交差点には人が多く、誰も楽しそうな顔をしているように見えた。会社員の他に、学生やカップルもたくさんいる。修一の住むM市とは人の多さがまるで違う。


 車は渋谷区松濤の高級住宅街に入った。修一は松濤という地名は聞いたことがあったが、初めて訪れる場所だ。普通の住宅街と違うのは1軒1軒の広さが普通の家の3倍~5倍あり、レンガ造りの重厚な家が多いように思える。さすが日本でも有数な高級住宅街である。


 車は3階建てに見えるグレーの家の前に止まった。この家は一階がガレージになっていた。運転手がリモコンを触るとガレージのシャッターが上がっていく。数秒待っていると最後までシャッターが上がり、車はガレージに入って行く。ガレージは広く、車が4~5台止められるスペースだ。

「着きました。帰りもこの車ですので、荷物は置いて行っても構いません」

紗江は車のドアを開け外に出て、修一も紗江の後を続き車を降りた。

「こちらにどうぞ」

2人が車を降りるとガレージの電気が付いた。その時、後ろに着けていたレクサスから二人の男が出てくるのも見える。

 紗江の後を追っていく。ガレージの左側の扉を紗江が開け修一は後に続いた。扉の中は階段になっていて、上ると2階の玄関に出る。玄関はとても広く8畳はあるであろう。紗江が靴を脱ぎ家に入った。

「こちらに」

修一は紗江に従い、スリッパを履き家に入った。

玄関の前に小スペースがり、その前に大きな扉がある。紗江が扉を開けるとそこはこの自宅のリビングになっていた。30畳はあるように思えた。正面には10名は座れるダイニングテーブル、左手にはオープンキッチン、右手には大きなテレビと立派なソファーがある。修一は紗江に促されダイニングテーブルの真ん中の席に座った。

「今主人が見えますので、こちらでお待ちください。」

テーブルに座ると目の前には御馳走が並べられていた。寿司、天ぷら、ビーフシチューなど修一の好物ばかりだ。キッチンの方に目をやると中年の女性が忙しそうに料理をしていた。

「ご主人というのは誰ですか」

修一は席に着き料理に一通り目を配った後に紗江に聞いたときに、先ほど部屋に入ってきたの扉が開いた。扉の前には先ほどの2名の男もいた。2名の後に背の高い、グレーのスーツを着た男が見えた。何か威厳のようなもが感じられる。恐らくこの家の主人であろう。その男は修一の前の席に腰を下ろした。

「三上さん。ご足労いただきありがとうございます。私は権藤明彦と申します」

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