41  嫉妬すら甘い

オユンは、まんじりともできなかった。


タヴィスと、ふたりで会っているところをシャルにみつかってしまった。

彼が怒るのは、もっともだ。オユンも十分、うしろめたい。


村の丘から城までシャルは移動魔法を発動させて、一気にタヴィスとオユンを運んだ。その間、オユンは白光に包まれ、かすかに意識が飛んだ。シャルの氷結魔法に、はじめて触れたタヴィスは、かなり衝撃を受けたはずだ。


 オユンを奥方の間に戻すと、シャルは鍵に「凍れ」と、氷結魔法をかけた。タヴィスだけを連れて行ってしまったのだ。


「開けて! 開けなさい! シャル・ホルス! 鍵をかけるなんて卑怯者!」

 オユンは思い切り足の裏で扉を蹴った。びくともしない。


(タヴィスをどうする気? まさか殺しはしないわよね)


 観念して、しばらくはピンク色の天蓋てんがいの寝台に座っていたが、どうにも落ち着かない。

 どこからか外に出られないかと、オユンは部屋の中をうろついた。

 窓はある。夜は板戸で閉じられる窓だ。窓に術は、かかっていなかった。オユンの胸は小ぶりだから、上半身は抜けられそうだ。ただ、下を見ると相当高さがあった。岩山に張りつくように建てられた城なのだ。オユンは窓枠から身をのり出したものの身震いした。

 それでも、意を決して窓枠に両手を突っ張り、腰の部分を抜こうとした。

 

 その腰をうしろから、つかまれた。

「奥方は外壁を、すぐよじ登ろうとする。いや、この場合は降りようとしたのか。どっちだ」

 シャルが、ぴったりとオユンの腰に手を回していた。


「シャル!」

 オユンは窓に、はまったまま叫んだ。

「タヴィスは⁉」


「……恋人のことしか頭にないのか」

 シャルの声の調子が低い。

「恋人じゃありませんたら!」

 オユンは、つま先が床から浮いたまま、できうる限りの抗議をした。

「タヴィスに! 乱暴なんかしてませんよね⁉」


「乱暴? 話がしたかっただけだよ」

 シャルの息がオユンのうなじにかかった。今日は、よそいきに髪を結いあげてある。そのうなじをシャルは、くちびるでなぞっていく。

「オユン、……ていいのは、……、わたし、だけだ」

「戻してください!」

 オユンは、あまりにも勢いよく窓枠にはまってしまったので、もはや自力で戻れなかった。

「戻るのか」

 シャルは、また、オユンの耳のうしろに、くちびるを戻して、かるく吸った。

「その戻るじゃなぁぁい!」

 

身体からだをっ。身体からだを引っ張って部屋に戻してっ」

 オユンの意図がやっと伝わって、シャルは両腕でオユンの腰を両手でつかむと、すぽんと部屋に戻してくれた。

 ただ、オユンを抱きかかえたままなので、相変わらずオユンの足先は宙に浮いたままだ。

 その姿勢で、シャルはオユンのくちびるを、やわらかくんだ。「……他の人とキスしないでくれ」

「してません」

「タヴィスとしていた」

「してません」

「抱き合ってた」

「あれは! 10年振りに会った、きょうだいとしての——」

 言い訳がましいなと、オユンも思う。

「本当の、きょうだいじゃないだろ」

 そのとおりで。

「……寒くないんですか。その恰好で」

 オユンは話の矛先を変えた。

 シャルは銀の髪で肩がかくれているだけで、裸だった。

「氷結の魔道師が『寒い』わけがないだろう」

「だとしても。とにかく、タヴィスは返してあげてください」


「もとから、いらない。わたしが欲しいのはオユン、おまえだけだ」

 シャルは羞恥をにじませた視線を、オユンから外した。裸なのは恥ずかしいに入っていないようだ。

「……上書きしてくれ、オユン、おまえのくちびるで」


「え?」

「キッスだ」

「しましたよね」

「わたしからでは、意味がない」

「え?」

「そっちからしないと意味がない」

 シャルの視線がねちっこい。口先も、とがらせている。


(すねてるのね)

 いつもながら、わかりやすい。


「……」

 オユンは、そうっとシャルのくちびるに、くちびるを重ねた。

 ふんと、シャルは鼻息をもらして、頭を振った。

「そんな軽いのではダメだ。悪いと思っているなら、渾身こんしんを込めろ」


 (め、めんどくさ……)

 思いかけて、オユンは思い直す。

 今回は自分が悪い。

 ちらりと寝台を見て、シャルの袖を引っ張る。シャルに視線を戻すと、引綱リードを見せた飼い犬のように瞳を輝かせていた。

 オユンに引っ張られるまま、ついてくる。


(えいやっと)

 全身でオユンは、シャルを寝台に押し倒した。

 そして、「んっ、んんんんんんんんんん~」、 あらゆる角度で、シャルのくちびるを吸い尽くした。


 最後は馬乗りになってみた。ひざで、シャルの真ん中も刺激してみた。


「……なんと、みだらが過ぎる」

 シャルは、深い息をついた。くちびるの端は赤らみ、銀の髪が寝台の敷布に散っている。

「そこまでしろとは言っていない」


「やらせておいて⁉」

 オユンは思わず、シャルの右肩に左のこぶしを入れそうになった。その左手は、やさしくシャルに阻止され、くるりと、今度はオユンの身体からだを組みしかれた。


「ダヴィスとのことは……、オユンが、わたしと巡り合う前のことだ。不問に処す。そんなことを気にしては、己の心の狭さを露呈するようなものだ。人の命は短い。男が女の成り合わぬところに、その身の成り余れるところを収め、あわよくば種を植えつけたいと思うのは、本能なのだろう。人は、その身体からだがあとかけらもなくなっても、命がつながることを何よりもよろこびとするという。どんなことをいたしたかなどと事細かに聞くのは、品のないことだ。不問に処す。まさか、このようなキッスをダヴィスとはしていないだろうと、……信じよう。しかし、これからも、おまえを慕う男たちが情欲に目を血走らせてやって来るのは、うっとおしいことだ。全員、蒸し風呂で蒸した後、凍らせてやる」


 長い。わからない古語混じりだし。

 オユンと巡り合ったことになっているし。






※お久しぶりねの更新です。

 世界観、人間関係、お忘れの方、ほとんどかと。

 東欧と中央アジアとか、いろんな〈好き〉を詰め込みましてございます。

 大陸の山脈の向こうに魔人の国があり、人間は脆弱ゆえ、なるべく気候が穏やかな地に居住しています。

 お話の途中で10年が一気にたって、オユンはシャルの術により外見は若いときのまま。弟たちは、かつてよりプラス10歳の容姿となっておりました。

 その設定の是非はともかく、年とっても頭の中ってわりと変わんないなという持論で、オユンも中身は40代なのに、きゃっきゃしています。若いときの方が、老成した考えの持ち主だったかもです。


 25話までを中編コンテスト応募のため、別に改稿をしました。

 花嫁衣装の民族色を濃くしたり、城のカーテンを、やや落ち着いた色にしたり、登場人物のやりとりが変わっております。

 その続きを、こちらの26話めから読んでもさしつかえはありません。ただ、寝台のカーテンの色が多少、ちがったりする。

 作者としては、とにかく最後まで書ききることを心します。改稿はそのあとじゃー。

 追いかけてくださって、ありがとうございます。

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