34 銀針の天体観測者
次の休み、アルワンは騎馬で半日の行程を、兄、タヴィスの働く天体観測所を訪ねた。
時刻は夕刻となっていた。
「ひさしぶりだね、アルワン」
タヴィスは寝間着のような仕事着で迎えてくれた。
時刻は夜になっていくから、違和感はない。どうやら、観測の間に仮寝をはさむらしい。観測者たちは
星の王と呼ばれた
観測者は、夜勤務と昼勤務のどちらかを選ぶ。
独身のタヴィスは夜勤務の
「また、急に、なんだい」
行くという伝令を頼むのももどかしく、アルワンは来てしまった。タヴィスは迷惑がる素振りもなく、天体観測所の寮の一室にアルワンを招き入れた。
「姉さんをみつけたんだ」
アルワンは、いきなり本題へと入っていった。働く兄の邪魔はしたくない。
「へぇ。どこにいたんだい」
タヴィスは作り置きのスゥプとパンの簡単な食事を、ひとり用の丸テーブルに持ってきた。
少しきしむ椅子をアルワンにすすめ、自分も真向いの椅子に座った。
「シャル・ホルスという魔導士のところにいた。兄さんの予見が、当たらずとも遠からずだった」
「シャル・ホルス——。聞いたことがあるかもしれん」
アルワンは一気に興奮気味になった。
「博学なタヴィス兄さんなら。万年氷をたたえた山脈のふもとの村を治めている魔導士なんだ。山で遭難しかかっていた姉さんを助けたって話だった。砂漠から、その言ってる山までの経緯はわからない。姉さんが記憶を失っていて——」
「記憶を? 当時、
当時、年かさのきょうだいは、伝手を使いまくってオユンの行方を探したのだ。
「姉さんひとりが殺されたなんて、有り得ないと思った」
「うん」タヴィスもそうだった。
「生きていると信じていた」
「うん。それか遺体の
「生きてた」
「うん。よかった」
「よかったけど、よくない」
「相談は、そのこと?」
タヴィスは察しがいい。頼りにもなる。突っ走り気味になるアルワンをいつも、いなしてくれる。
「魔人の愛人にされてた」
アルワンは苦々し気に吐き出した。
「愛人」
「シャル・ホルスという魔導士にだよ」
アルワンは泣きそうになった。
「ああー、なるほど。しかし、おまえの話だと、記憶喪失の姉さんを保護して、10年面倒見てくれていたんだろう。いい人なんじゃ——」
「魔人だよ!」アルワンはタヴィスの話し終るのも待てず叫んだ。「ひいじいちゃんの代には、天敵だったやつらだよ!」
アルワンの言うところの、ひいじいちゃんとは、ツァガントルー領の一般老人を指している。
「まぁ。落ち着けよ。じいちゃん子。オユン姉さんには会えたのかい」
「会った」
「どんな様子だった?」
「
「んーと? オユン姉さんてオレと、ふたつちがいなわけだけど?」
タヴィスは暗算した。自分ももうすぐその年だから言いたくないが、おばさんの年だ。都市部では平均寿命が延びているが、地域によっては老齢ともいう。
「それがっ! ものすごく若々しかったんだよっ! 元々きれいだったけどっ、いっそうツヤツヤしたっていうかっ!」
アルワンが
「いやっ。だまされてるんだ! 父上をも丸め込んだ男だぞっ」
「父上も?」
ツァガントルー父さんが、かかわってくるとややこしいんだよな、タヴィスはアルワンの言葉を待つ。
「父上、どうやら、わりと早い段階で姉さんが生きていることを知っていたんじゃないかと思われる節があって。ぼくが領地経営に関わってから気づいたんだけど、金貨30枚だったり、希少な鉱石だったり、とにかくS・Hってところからの収入が毎年あって。それが、シャル・ホルスからの時候の挨拶代わりだって、父上を酔いつぶして聞き出した」
「やるねぇ」
タヴィスは弟のやり口に感心した。
「姉さんは
アルワンの言葉に、タヴィスも昔を思い出した。
「うん。
「他の男のものになるなんて聞いてないっ」
言い切ったアルワンに、タヴィスは不穏を感じた。
「アルワン……、おまえ。変なこと、考えてないだろうな」
「変? ぼくが姉さんを愛していることがかい?」
(うわぁ)
タヴィスは心の中で、ため息をついた。
「そうか。愛なの。思うことは誰にも邪魔できないけどさ。この場合、オユン姉さんが、『助けて』って言ったわけじゃないんだよな?」
「言えない状況かもしれないじゃないかっ」
思わず、座っていた椅子からアルワンは立ち上がった。
「うーん」
タヴィスは心配になってきた。アルワンは昔から、思い込んだら一直線な性格だった。
「オユンがいるところは、どこだ」
椅子を立って、タヴィスは本棚から大陸の絵地図を取り出した。
「内海の向こう。山脈に向かって——」
アルワンは、自分に広げられた絵地図を指でたどる。
「魔族の領域と接触しているじゃないか」
人と魔族の棲み処を分けているのは、けわしい山脈だ。
「そうなんだ。その辺りの人間は、魔族と折り合って暮らしている」
「へぇ。興味深いな」
争うよりも懐に入ることを選んだのだろう。魔族が、彼らの
「今度、オレも、そのシャル・ホルスさまの城とやらに連れてってくれよ。オユンは九死に一生を得たんだな。運がよかった」
「よくないっ!」
アルワンは全身で否定した。
「はいはい。秋休み、申請しとこう」
かるくいなして、タヴィスはオユンのことを考えていた。はたして10年、どう生き永らえて来たのか。
うっすらと夜は冷えてきた。
タヴィスは、茶のお代わりを温め直すことにした。
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