36 フフシルの秋祭り
シャル・ホルスの荘園、フフシル村は秋祭りの季節だった。
「わたしどもの館にお泊りください」
差配人のゼス・ドゥルゥがアルワンとタヴィスを客人として迎えてくれた。
本当にオユンの意志でもって、シャル・ホルスと暮らしているのか。
魔術によって、意思を曲げられているのではないか。
アルワンは、しつこくゼスに訴えていた。
それで、ゼスが城の家令のハッロ・レカェケムに話を通すと、「では、差配人の館にて弟御と奥方さまの懇親の会を」ということになった。
「差配人御夫妻も、どうぞ、御同席ください」
(これは、奥方の弟御どもが、どもならんときは、村人の協力を得たいということかな)とゼスは解釈した。それで、息子同然に面倒を見てきたトハにも来てもらおうと思った。彼は、よい青年に育った。
さて、懇親の会の日。
一陣、風が吹くと差配人の館の玄関に、まず家令が現れた。すらりとした暗い髪色と目の男だ。襟なしの長めの灰色の上着に、白い立ち襟のシャツを合わせている。
「お招きありがとうございます」
家令は静かな佇まいで、声はおだやかだ。
「
そう言えば、陽気な楽の音が、ここまでも聞こえてきていた。
アルワンとタヴィスは、村の広場へと向かってみた。
開けた場所に、踊りの輪が見えてきた。
男や女、子供が手をつなぎ輪を作っていた。ステップを踏みながら、時計回りに回っている。拍子は2拍子で単純だ。ところどころで、片足を振りあげたり、飛び跳ねたり。
飛び跳ねるところで、わっと歓声があがる。
時計回りに回る輪の真ん中に、一目で村人ではないとわかる男女が両手をつないでステップを踏んでいた。黒衣の銀の髪の青年と、
タヴィスは、ひゅっと変な息づかいになってしまった。
その女がオユンだと一目でわかった。
「姉さん!」
アルワンが、おおきな声で彼女を呼ばなくてもだ。
オユンが、ダヴィスのほうを見た。アルワンを見て、ダヴィスを見た。一瞬だが、その目に驚きの色が浮かんだような気がした。
それで、ダヴィスは早くもオユンが記憶喪失というのは、うそであるという仮説を立ててしまった。
オユンとダヴィスは、ツァガントルー家の初期の養子の一群で、なおかつ、親密に寄り添っていた。
ふたりは互いの本当と、うそを嗅ぎ分ける存在だった。10年を隔てていても、それは。
シャル・ホルスがオユンの手を取って、こちらに近づいてくる。
アルワンが駆け寄って、「本日はお招きありがとうございます。改めまして、アルワン・ツァガントルーです。姉上」今日は礼儀正しく挨拶した。出入り禁止になって、オユンに会えなくなったら、以降の計画もおじゃんになるからだ。
「タヴィス・ツァガントルーです。姉上。思い出していただけましょうや」
タヴィスは、いささか古典劇ぽい言い回しになってしまった。うそは苦手だ。
「ようこそ。ごめんなさい。わからないの」
オユンはうつむき加減で、くちびるからは、ちいさく声がもれた。それで、かえって、タヴィスは最後にオユンとふたりきりで話したときのことを、鮮明に思い出してしまった。
「いいんだよ。姉さん。ゆっくり思い出してください」
アルワンが、やさしくオユンを慰めている。
心なしか、それを見るシャル・ホルスが、うっとおし気だ。
タヴィスは
アルワンの、『オユンは10年前に別れたときのままの姿』というのを、
(本当に29歳のときのままだ。いや、それ以上に。たしかに若い)
ダヴィスは、ツァガントルー家の感情を押し込めるという訓練において優秀だった。揺れ動く心は、まったく外へは出さない。
それは、オユンも同じことだ。
(なぜ、タヴィスがいるの!)
タヴィスの姿が視界に入ったとき、オユンは息が止まるかと思った。
(アルワンが連れて来たのね)
タヴィスにアルワンは懐いていただろうか。この10年のことは、オユンはわからない。ツァガントルー家の養子たちは、相互扶助の精神に満ちあふれてはいる。
アルワンが助けを求めれば、タヴィスなら、ちからを貸すだろう。少なくとも、オユンの知っているタヴィスはそういう人だ。
もう会うことはないと思っていた。
その前に宮廷家庭教師を目指したときから、もう会うことはない人だと。
どうしよう。それは昔のことだとダヴィスは笑ってみせるのだろうか。
(しっかりして。オユン、記憶喪失の設定を忘れるな)
こればかりは、たしかに記憶喪失になっていた方がよい。
それに一方では、死んだことになっている設定も続行中なのだ。
(ああ。もう、どうしたら)
「正式な挨拶は差配人の館でしよう」
シャルはアルワンとタヴィスには、そっけない様子で、オユンの手を取りエスコートした。
村人のいく人かは何らかの不穏を察して、その背中を見送ったのだ。
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