結婚生活は存続できるのか
31 たどり着いた捜索の手
それから、まさかと思うが10年たっていた。
それから、まさかと思うが10年たっていた。
大事なことだから、二度書いた。
「まさか。魔人には3つの坂があると申します。上り坂と下り坂、そしてもうひとつは
家令のハッロ・レカェケムは、いつもの落ち着いた風情でオユンに告げた。
「まさか……」
オユンも何となく魔導士の城と、ふもとの荘園である村との時間の流れがちがうような気はしていた。
月に数回の感覚で、村に出かけていたのだけれど。
「靴職人のゴタルさんに弟子入りしました」と言ったトハが、急に背が伸びていた。
「はじめてのお子さん、生まれるの楽しみですね」と、村の女に声をかけたら、「これは、3人め。秋に生まれます」とか。
(あれ?)と思うことはあったのだ。
そういえば、雲が流れるように季節の変化が早くなかったか。
オユンは、憮然と長いテーブルの短い辺のひとつについていた。
目の前の短い辺のお誕生席には、城の主たるシャル・ホルスが座っている。
もう見慣れた朝の食卓風景だ。
「どうした? 食が進まないようだが」
シャルが声をかけてきた。
「——わたし、もう40歳になってます、よね」
オユンは、おののいた。
「まだ、40歳だろ」
「意識の問題ではなくて!」
スゥプ皿に、がちゃんとスプーンをぶつけてしまった。
「うわぁ」オユンはスゥプ皿に突っ伏しそうな勢いで落ち込んでいた。「なんで気がつかなかったんだろう」
テーブルの長辺の席に、ノイが座っていた。
「それは、アルジの無意識の魔術。アルジの
テーブルに両ひじをたてて自分のあごをささえているのを、家令が渋い顔で見ている。
オユンは、ノイ、家令、シャルの顔を順々にみつめた。
彼らの外見は、まったく変わっていない。
「みんな、本当に出会ったころのままですね」
「それを言うなら、奥方もサ」
ノイがオユンの袖を引っ張って、離席をうながした。食事の途中で席を立つのは、お行儀には反するが、オユンは言いなりに引っ張られていった。四方の壁の一角に全身が映るほどの鏡がある。
「ほら。奥方だって出会ったころのままだヨ」
たしかに。29歳の姿のままのオユンが、繊細な細工を施された金縁の鏡の中にいる。
「びみょう。29歳のわたしって。もっと早くにシャルに出会っていればよかったの? 17歳とか? そうすれば、もっと、お肌ぴちぴちだった?」つい、言ってしまう。
「欲張りだなぁ。奥方は」
食事をすませたのか、シャルも離席してきた。
この欲張り女、城から出ていけ! そう、シャルに言われることを、オユンが待っていたのは、もはや過去の気持ちだ。
(10年て、あっという間にたつんだなぁ)
そして、荘園の差配人、ゼス・ドゥルゥが訪ねて来たのは昼過ぎだった。
家令は、「どうしましたか? 牛乳は昨日、届けてくれたばかりなのに」と、ゼスを勝手口から城の中へ招き入れた。
「いえ、それがですね」
最近、めっきり白髪がふえたゼスは、そわそわと落ち着かない様子だ。
「奥方さまに、おたずねしたいことがありまして」
「わたしに? 何かしら?」
オユンは明後日ぐらいに村へ行こうと思っていた。それが待てない用事なのか。
勝手口近くの応接間に、オユンは降りて行った。
「奥方さまには、ツァガントルーという名にお心当たりはありますか」
「あ、あるような、ないような」
実家です、とは打ち明けられずに、オユンは、もごもご口ごもった。自分は死んでいる設定を思い出したのだ。
「そうですか。実は、行方不明の姉を探しているという若者が昨日、村に訪ねて来まして」
オユンには何人も弟がいる。養い親のツァガントルー伯は、孤児を引き取るのが趣味だったから。
「……その若者の名前って聞きましたか」
「アルワン・ツァガントルーと」
「アルワン」
思い出した。
弟のひとりだ。
「その若者、この城へ行こうとしていまして、村人に見とがめられたのです。そんなことをしたら魔導士さまに殺されるぞと脅して、わが屋敷へ留め置きました。騒ぎを起こされても困ります。わたしは出入りを許されているから、それとなく聞いて来てやると」
「あ、ありがとうございます」
オユンは
「えっと。今さらなんですけど。わたし、ここへ来る前のこと、よく覚えていなくて」
とりあえず、とぼけておく。
「そうでしょうとも」
ゼスは力強く、うなずいた。
「事情がおありなのでしょう? 奥方さまは記憶喪失ということにして、若者は説得いたしましょう。10年前にシャル・ホルスさまが、山で遭難しかけていた奥方さまを助けて、この城に連れ帰り療養していたといたしましょう」
ゼスは妻のハシと話した、〈オユン奥方さまは押しかけ女房駆け落ち説〉を信じていた。
(死んでいる設定より、ましなのか)
オユンは城の勝手口まで家令と、ゼスを見送った。
そのときだ。
城の低くない胸壁の上から飛び降りてきた者がいる。
そして、「姉さん!」そう叫んだのだ。
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