28  エリゲの市場

 宿から市場ザハのある界隈までは、すぐだった。

 

 名物にもなっているという屋根付きの市場に入ると、通路は網の目のように縦横に走っており、それに沿って、いくつもの商店が立ち並んでいた。

 オユンとシャル、サンジャーの3人(精霊のノイを入れれば4人)は、店を冷やかしながら歩いて行く。

 さまざまな髪の色、目の色の者たちとすれちがう。旅の途中なのだろうという者も多く見かけた。むしろ、名物になっている市場だ。旅人は必ず立ち寄る場所だろう。すぐにオユンたちも、そのにぎわいの一部になった。


「店は業種ごとに固まっています。金、銀、銅製品。絨毯、衣類、骨董品。奥方さまには、装身具や織り帯はいかがでしょう。東の地の意匠も流れ込んでくるので、エリゲの装身具はエキゾチックですよ」

 サンジャーは、ていねいに説明してくれた。

 迷路のような市場は、サンジャーのように慣れた案内人がいなければ、たちまち迷子になってしまったことだろう。


「おすすめの店に連れて行ってください」

 オユンは素直にお願いすることにした。


 それで連れて来てもらった一画は、髪留めや色とりどりの帯にスカーフ、キラキラを散りばめたサンダル、婦女子が好みそうな品が新しいものだけでなく、骨董的なものまで盛りだくさんだった。昔の細工物には、すばらしいものが多い。オユンは興味深く、夢中になって陳列窓をのぞき込んだ。


「シャル・ホルスさま。女性の人生の三分の一は買い物時間に費やされるそうです」

 サンジャーはシャルだけに、そっとつぶやいた。

「退屈であれば、そこの喫茶はいかがですか」

 そして、かるくお茶を飲める店を示した。


「いや。オユンを見ているから飽きていない」

「……これは、また、余計なことを申しました」


(やはり魔族の時間間隔は人とちがうのだなぁ)と、サンジャーは独り言ちた。 



 そして、とある古物商の店を通りかかったときだ。オユンの目は釘付けになった。

 その店の陳列窓には小物が並んでいた。その中のひとつは、深緑色のポシェットだった。


(わたしのひったくられたポシェットに、そっくり!)

 オユンは陳列窓に張り付いた。


 深緑の地に、生成りで図案を織り込んである。2羽の小鳥が木の枝にとまって向かい合っている、左右対称の絵柄。

 大きさといい、紐の様子といい、村の市の日に少年にひったくられたポシェットに見れば見るほど、そっくりだ。

 新品ではない、くたれ具合までもオユンの記憶と同じ。


 あのポシェットは、オユンの年下のきょうだいたちが、こづかいを出し合って織物市で買ってくれたものだ。織手の気まぐれで模様を織っていくから、それぞれ図案がちがう。使う糸の色も変えるから、そうそう同じものはないとも、そのときに、売り子が話していた。


「あの……」

 オユンの神経が、ぴんと張ったのが、そばにいるシャルに伝わったようだ。

 ちらりとオユンがシャルを見あげれば、シャルは、「うん」と言って、その店の扉を引いた。店の中へオユンは身体からだをすべり込ませた。

「すいません。飾ってある深緑色のポシェットを見せてください」

 

 店の中には男がいた。小さな店だから店主だろう。

「はい。少々、お待ちを」

 愛想よく、その男は陳列窓の裏にまわり、深緑色のポシェットを手に取って持ってきた。

「この辺りでは見かけない織りですよ。おすすめです」

 そして、オユンの手に渡してくれた。


 オユンはポシェットを急いで、ひっくり返した。

 ポシェットの裏は、表とはちがう図案が織り込まれている。花一輪にちいさな鳥。それもオユンのポシェットと同じだった。

 そして、それには一カ所、ほつれがある。だから、織物市で手ごろな値段にしてあった。そのほつれはオユンが自分で直した。まちがいなく、自分のポシェットだとオユンは確信した。

「この商品は、どこから手に入れました?」


「さて。古物屋ですからね。誰かが売りに来たもので」

「男の子でしたか」

「さぁ。いちいちは覚えていないもので」


「ふぅん。思い出せないか?」

 オユンのうしろについてきていたシャルが、ふところから財布を取り出そうか出すまいか、そんな手つきをする。


「あぁ、え~と」

「思い出せないか」 

「男の子でしたかな」覚えていることに自信がないのか、出し惜しみしているのか。店主の物言いは、あいまいだ。


「ヤラーさんとこの使用人だろ」

 奥から骨董屋にふさわしい老婆が、ひょっこり顔を出してきた。


「それは、もしかして両替屋をやってる人かしら」

 オユンは、あてずっぽうでも言ってみた。


「あぁ。ヤラーさんならね」

 店主の男も、相づちを打ってきた。


「店はどこですか?」

「この市場ザハの中の中ほどですよ」

「ありがとう! そのポシェット、取り置きお願いします!」

 オユンはシャルに「ちょっと行ってきます」と早口で、つぶやくと店から駆け出していった。


 店に残ったシャルに、「お買い上げ、ありがとうございます。——になります」と、 店主ではなく、老婆がポシェットの代金をせっついた。


 シャルはポシェットについている値札を、素早くたしかめていたので、「ついている値札より高いぞ」と、不満をあらわにする。


「旦那」

 老婆が、しめった笑顔を浮かべた。 

「奥さまが知りたかったことを教えて差し上げたんです。駄賃を入れてくださいよ」


「目当てのものを奥方が見つけたら、銅貨くらいはやってもいいが——」


 その店内へ、「やぁ、こんにちは」と、サンジャーが入ってきた。オユンは、要点だけサンジャーに言って、駆けて行ったのだ。

「そのポシェットは、うちが値札通りで購入しましょう。だが、それは盗品の疑いがある品だ。盗品を扱ったと知れたら、このたなの評判に傷がつきますよ。わたしは、金杭アルタンガダスで商いをしているサンジャーと申します。少しばかり、このエリゲの街でも取引をしています」


「サ、サンジャー商会⁉」

 店主は、その名を聞いたことがあった。老婆を店の奥に追い立てると、深緑色のポシェットをサンジャーに差し出した。

「旦那のよいようになさっていただけますか。うちは……、本当に、盗品だなんて知らなくて」


「大丈夫ですよ、ね。ホルスさま」

 サンジャーは、シャルに同意を求めた。


「そうだな。サンジャーに任せよう」

 シャルの言葉に店主は心底、ほっとした表情をして、「お代はいりません。エリゲの思い出に、お持ち帰りください」と、ポシェットを、ささっと、空色のうす紙にくるんでくれた。


「さすが、エリゲの商人は気持ちのよい取引をなさる。また後日、商談に伺いますので、その節はよろしく」

 サンジャーは、あざやかに場を取り仕切った。

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