新婚夫婦の帰還

26  帰路も唐突

 サンジャー邸のゲストルームでオユンが目覚めたとき、天蓋付きの寝台のまわりは、色とりどりのガーランドに縁取られていた。

 そのガーランドが下着だと、3秒後に気づいた。

 ガーランドに使われた下着の枚数は、30枚にちがいない。


(何日、続ける気だ。これ)


 コレクター邸から帰ったあとオユンは正直に、「先日、30歳になってました」とシャルに自己申告した。

「わぁ、おめでたいネ」とノイが、はしゃぎだして、「うん、めでたい」とシャルも同調した。


 彼らは長命だから、1年区切りで自分の誕生日を祝ったりしないのだそうだ。

 春生まれとか冬生まれとか、四季の単位で誕生の時期は説明する。おそらく、季節が、魔族が生まれ持つ魔法の属性に関係していることもあるのだろう。


 だが、オユンは人だ。

 彼らは、お祝いしようと考えたらしい。


 とにかく、オユンが、その次の朝、起きると、寝台の掛け布団の上に花びらで〈30〉と数字が描かれていた。

「まぁ!」と、オユンは、はにかみながら、よろこんだ。これがいけなかった。

(だって、次の日も続くなんて思わないし)


 次の朝は砂糖菓子で〈30〉と描かれた。

(むぅ。日持ちするからよいか)


 その次の朝は、〈30〉匹の猫のぬいぐるみ。

(数にこだわっているにゃー)


 そして、今朝が30枚の勝負下着だ。ひねりをきかせて、ガーランド仕立てにしたのだろう。

「わたしの勝負下着に、ひらひらは、いらないぃぃ!」

 オユンは朝から吠えてしまった。


 そこへ、シャルが銀髪碧眼ぎんぱつへきがんを輝かせて登場した。

「ひらひらしていては、わが奥方は壁がよじ登れないからな」


 おそらく、オユンが目覚めるのを、今か今かと待っていた。

「あれは、下から見ていたが、よいながめだった。昨今の宮廷家庭教師は、城壁も登れなくてはならぬのだな」


「いえ……」

 オユンは、あの夜の無鉄砲な自分の行動を悔いている。


「奥方。歯切れ悪いヨ」

 おひめさまの若草色ドレスの恰好のままのノイも、ひょこんと現れた。

「奥方、ジャマするモノは消す?」

 そのうえ、余計なことまで思い出している。

 彼は、一見、少年の姿をした精霊だ。髪の色も目の色も、人によって、〈見たいように見える〉らしい。オユンには、うすい髪色と瞳の色に見えている。


十二日女じゅうにひめと話していたのを見ていたのね)

 オユンはあせる。


「それはですね。それはですよ。王国同士の婚姻は、信頼の上になりたっているわけじゃないんです。むしろ、これから信頼関係をつくりましょう的な。言うなれば、少人数で敵地に送り込まれる的な」


 金杭アルタンガダスにくらべれば、銀針ムング・ズーは、小国だ。

 その大国の王子の伴侶に選ばれたことは、十二日女じゅうにひめの幸運なのか不運なのかは、誰にも計れなかった。

 もし金杭アルタンガダス銀針ムング・ズーに不利な決断を強いるときは、日女ひめを守る。また、戦うことになる——。十二日女じゅうにひめの侍女たちは、手に覚えのある者が集められた。


「ふーん。どおりで、はじめて会ったとき、剣の突きが鋭かったわけだ」

 シャルはオユンのうすい部屋着の中の乳房を、左手の人差し指で突っついた。

「侍女の仮面をかぶった刺客か?」


「そんなぶっそうなものではありません。王家に忠誠を誓う者なら、当たり前の覚悟です」


「覚悟ねぇ」

 シャルにとっては、どうでもよいことなのだろう。

「まぁ、こちらは退屈しないな。いつ寝首をかかれるかと、びくびくしながら——、というのも悪くない」

「……シャルって、どういう性癖なんですか」

 オユンの引いている目つきに、シャルの乳房への突っつきが止まった。

「どんな性癖ならいいんだ」


「しつこくないの、です」

 また、乳房を突っつこうとするシャルの手を、オユンはかわした。


「アルジには無理だヨ」

 横から、ノイが入ってきた。

「だいたいにおいて粘着質なんだヨ」

 長年仕えているのだろう、的確に主を観察したうえでの評価とみる。


「わたしは——、できるだけ、おまえの意向に沿いたい」

 シャルは、しゅんとした。叱られた仔犬だ。その目ををされると、オユンは弱い。


「えーとですね。性格って、根本は、そんな変わらないですよ。そう、もう、今日でわたしの誕生日のお祝いは終わりにしてくださいね。これだけ散在してもらったら、もう、十分。女の30歳って、そんなにめでたいものではないです」

 言いながら、オユンは、自分自身がイヤになって来た。もうちょっと、かわいげのあることを言えないのか。


 シャルは、そっとオユンの両手を取る。今度はオユンは逃げなかった。

「人の30歳なんて、われわれには幼児のようなものだからな。つい、やってしまった。これからは加減する」と、オユンの両方の手の甲に、かるいキスを、ひとつずつ落とした。心地よいつめたさが皮膚をくすぐる。


「アルジばっかりを責めちゃダメだヨ。どっちかと言えば、サンジャーさんがノリノリだったヨ」

 ノイが、ひょいと寝台に飛び乗り、天蓋の下着ガーランドを回収しはじめた。


「サンジャーさんが?」

 意外だった。真面目そうな山男面やまおとこづらして。あのサンジャー、花やら、ぬいぐるみやら下着を、シャルのご要望のままに取りそろえたのか。


「誕生日だけでなく、こんな感じで求婚大作戦も流行はやらせたいですねって、サンジャーには感謝されたぞ。新たな商売になりそうだと」

 シャルは得意満面に戻った。


「わたしと同じ性格の女性に、これ、やったらドン引きですよ」

 オユンは、かるく意見してしまった。


「うん。〈オユンとは真逆な女性向き〉と注意事項に入れておかないとだな」

 シャルは、部屋着のままのオユンの腰に手をまわしてきた。

「さてと。金杭アルタンガダスの夏も堪能した」


 碧眼へきがんに間近でみつめられることに、オユンは、まだ慣れない。どぎまぎしていると、しっかりとシャルの腕の中に包まれた。

「もう、そろそろ、わが城に帰るとするか」


「わっ」

 オユンは思わず、シャルの胸を手で押し返した。

「まさか! このまま、いきなり、とって返すとかぁぁ」


(そんな情緒のないことぉぉぉ)


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 無駄だった。

 オユンが気がついたら、馬車の中だった。

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