22 コレクターは鑑定する
コレクターと会う場所は、その貴族の別邸だという。
夏の都市の
(これが、
オユンは
馬車の車窓には、石造りの建物が通り過ぎていく。オユンの頭の中の配置図が、光の加減や街の匂いで、あざやかに立体となっていった。
「お尻が痛いという顔をしているぞ」
シャルがオユンの顔をのぞきこんだ。そう言っているということは、自分もそうなんだろう。
「わたしのひざに乘ることを許す」
「ありがとうございます——って言うわけないでしょう」
サンジャーは、もう1台の馬車に乗っているから、シャルは言いたい放題だ。
「その地味な灰色のドレスの下に、あの下着をつけていると想像すると、たまらないな。サンジャーは、なかなか趣味がよい。こんな古銭の売買などやってる場合ではないぞ、おまえ」
「そのために来たんでしょう⁉」
「また、がめつい女だな。おまえは」
「——がめつい女は、いらないですか」
オユンは、半分、本気で聞いている。
「いや。村人に出した
「やっぱり! もしかして破産するんですか⁉」
いくら氷結の魔力持ちといえど、金が泉から湧くわけではないだろう。
「使い道に困るくらい財はある! 貯蓄が目減りするのがいやなんだ!」
「……シャル、おじいさまのことを
血筋かな、とオユンは。
「わたしをケチだと?」
「言ってません」
「顔に書いてある」
「書いていません」
シャルは納得できない様子で、オユンを馬車の窓辺に追い詰めた。
せっかくアップに結いあげた髪が、馬車の窓で押しつぶされる。
と、がっくんと馬車が止まった。
「着いたよー。アルジ、お
オユンが、「よいしょ」と馬車の床に置いた壺を抱え直しているうちに、ノイはドレスをひるがえして、馬車を降りていった。
「シャル・ホルスご夫妻をお連れしました」
サンジャーの声がする。
馬車から降りたオユンたちを出迎えたのは、サンジャーともう一人、濃茶の、もじゃもじゃ頭に丸メガネに鼻ひげの男だった。
(この人がコレクター)
サンジャーが言っていた通りだろう。貴族階級の男。
コレクターは貴族の上に、お忍びであるらしかった。
(どう見ても髪はかつらだし、ひげは、つけひげ)
「シャル・ホルスご夫妻にございます。
サンジャーがよどみなく紹介してくれる。
「こちらは、エル・ゾリグさまです」
(これも、たぶん、
貴族たちは
このエル・ゾリグもそうだろう。古銭のコレクションのためというのなら、かわいらしいか。
「着いたばかりで、ご足労を感謝します。持ちましょうか」
エル・ゾリグ氏は、オユンに両手をさしだした。
オユンは、古銭の入った壺を抱えている。
「命の水をたたえた壺を抱えた女神のごとく、うるわしい奥方であらせられる」
丸眼鏡の奥でエル・ゾリグ氏の目が、いたずらっぽく笑った。
(レンズも入っていない、だて眼鏡じゃないの)
そんなリップサービスが言えるということは、遊び人かもしれない。身分をかくす貴族に、ろくな者はいなさそう。オユンの人生経験においては、そういう見解になる。
「お気遣いありがとうございます」
さっと横からシャルの手がのびてきて、オユンから壺をとりあげた。
「妻は小銭を壺に貯めるのが大好きで」
おまけに、うそ情報を。
(それは、シャルでしょ!)そう言いたいところを納めて笑顔で、「コレクターでいらっしゃるのですね。とても、興味深いです」と。
屋敷の入り口から、すでに、収集品と思われる品々であふれていたからだ。
「実物を見たのは、はじめてです。神聖時代の
「……この遺物がわかるとは」
エル・ゾリグ氏の声が驚きと称賛に満ちた。
「博学でいらっしゃる。ホルス卿の奥方は」
「いえいえ。たいしたものではありません。田舎領主の奥方です」
シャルが芝居がかった口調で、オユンとエル・ゾリグ氏の間に割り入った。
エル・ゾリグ氏は
その中の〈古銭〉の彫刻の施された部屋に、オユンたちは
壁中が、古銭をレイアウトした額で埋められている。
「さてと」
シャルは大理石の角テーブルを見つけると、その上に壺をひっくり返した。じゃらじゃらと小銭がテーブルにひろがった。
「あれは、どの古銭だった」シャルが人差し指で古銭をはじいていく。
「ウマとシカの刻印の」
オユンがよけておいたのに、シャルが、また、壺に入れた。
「古銭をかくすのに古銭の中だ」わかったようなことを言う。
「おおっ。リューデア王朝の貨幣がっ、このように、よい状態でっ」
エル・ゾリグ氏が、古銭の小山に目の色を変えた。
「おさがしなのは、これですよね」
オユンは表にウマ、裏にシカの刻印のある古銭をようやくみつけ、つまみ上げた。
「まさに」
古銭を手のひらで受け取ったエル・ゾリグ氏は、虫眼鏡で丹念に古銭の裏表を見る。
「ウマとシカ! リューデアのエラー硬貨だよ。本当はライオンとシカなんだけど、そのころの王の支配に反発していた
エル・ゾリグ氏が熱いためいきをついた。
「長かった。ようやく、わが古銭コレクションがコンプリートした。ホルス卿。ありがとう。君のご厚意には本当に感謝する。お礼は、わが所領の一端の権利か、それとも、携帯便利な宝石のほうがいいのかな」
ものすごい、お
「こんな古銭、1枚でか」
「価値のあるものです。わたしにとっては」
「領地は、ある。宝石は、興味ない」
シャルは一拍考えたようだ。
「恩でも売っておく」
「恩」
エル・ゾリグ氏は笑い出した。
「楽しい方だ。ホルス卿は」
(え? 褒美をもらって貯蓄の
オユンは、ん? ん? という目線をシャルに送る。が、無視された。
「ほ、他の硬貨は、いかがでしょう」
そこで、オユンの、さもしい根性が首をもたげる。
「この際、換金をしたいんです」
「どれ。そこそこ
エル・ゾリク氏は愛想よく引き受けてくれる。
「閣下」
サンジャーが言って、あわてて口を閉じた。
(今。閣下って言った?)
「コレクターさまは、鑑定士であらせられるのですか」
オユンは聞こえなかったふりをする。
「うん? そうだよ。副業だけどね」
コレクターはシャルを一回見て、話を続けた。
「ホルス卿の奥方。さっきから、ご主人が、わたしを射るように見ておられる。わたしからは何がしも受け取らぬというような視線でもって」
(え? もしかして、ふてくされてる?)
何か気にさわることがあったんだろうか。
「シャル……」
オユンは呼んでみた。
「この際、使えない古銭は換金しましょうよ。家令さんとゼスさんたちに
新婚旅行。その言葉でシャルの鼻の穴がふくらんだのは、コレクターにもわかったらしい。
「ぷはっ」エル・ゾリグ氏は吹き出した。「ホルス卿の奥方は交渉上手だ。そのお土産代も、わたしが持ちますよ。どうか、楽しい旅行にしてください」
商談は成立した。
「では、わたしは一足先に戻ります」
さっと、エル・ゾリグ氏は鑑定をお願いした古銭の入った壺とともに、邸の奥へと消えた。
オユンとシャルは館の玄関の
「ちょっと、待ってください」
そのとき、オユンは気がついた。
(ノイが、いません)
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