14 とどまってしまった
その月初め、村の
なぜ、さらわれた女が、一人でおでかけ計画を?
その前に、なんで村から帰ってきた?
あそこで、「助けて!」と言うべきところだった。まちがえた。
もういっぺん、村へ行くところからやり直したい。
替えの下着が1枚もないということに
だが、村人は長くシャル・ホルスの一族の支配下にあるようだ。「助けて!」と言ったところで、無駄だったかもしれない。
(逃げる?
(行商人に助けを求める?)
いまいち信用できる気にならない。向こうも、いきなり見知らぬ女が「助けて」と言って飛び込んできて、「よし」なんて気になるとしたら、よほどのお人よしだ。その女が強盗の手先だったら、どうする。
女が単独犯というときもある。金目の商品を、まんまと持ち去られるわけだ。
こちらだって、
「どうしたの、奥方。顔がこわくなってるヨ」
ノイの声で、オユンは我に返った。
「なんでもない」
「よからぬことを考えている顔だヨ」
この子は油断ならない。
お針道具は、家令の裁縫セットを借りた。
針仕事は得意というわけではないが必要に駆られて、そこそこできる。
実家にいる頃は、十数人の弟妹の衣服を直しては着せていた。
義理の親となったツァガントルー父さまは、〈手に職〉という考えの人だったから。
(というより、召使い、少なかったな)
ひきとった子供たちが召使い候補だったのかも。
オユンは物覚えがよくて、字を書いたり読んだりの理解が早かった。
「おまえは学問向きだ。宮廷家庭教師を目指すといい。貴族の子女を教える役は、今から需要があるはずだ」と、ツァガントルー父さまに言われたわけだ。
「逃げようとか、考えてた?」
ノイには、お見通しだった。
「まぁ、気持ちはわかるヨ。来たくて来たんじゃないし」
この子、本当に見た目と中身がちがう。ノイの問いには答えずに、オユンは針を、ちくちく進めるに徹する。
精霊に年を聞いてもしょうがないけど、確実にこっちより経験値、つんでそう。
「アルジのこと、好きになれとは言わないけど、生理的嫌悪感とかないんならさ。様子見たら?」と言われた。
たしかに、貴族社会の婚姻にも言われることだ。
下級でも貴族と名がつけば、自由恋愛は難しい。
生まれ落ちたその日から、家のための個人であり、個人のための家はない。
ツァガントルー家が婚姻に頼らず、養子を増やした考えの底にも、それがあるだろう。ただ救いなのは、ツァガントルー父さまは、そのことを楽しんでいたし、養子たちに、自分は引き取られてラッキーだと思わせてくれたことだ。
子供のころから読み書きが達者だったオユンに、「学問に向いているよ。宮廷付きの家庭教師になれば、一生の仕事だ」と勧めてくれたのは、ツァガントルー父さまだ。
(もし、父さまが、おまえは家庭の切り盛りが向いてるよ。嫁に行けって言ったら、そのとおりにしていただろう)
自分の意志で道を選んできたと思っていたが、案外、そうではなかったのかもしれない。
今も、連れてこられて抱きしめられて流されている。この事態に頭がついていってない。
「シャルについては、今のところ何と言っていいのやら。でも、こんな世界があったんだなぁと驚いているの」
オユンの正直な気持ちだ。
窓からさす光が西日に変わったので、「針仕事は終わり。家令さんをお手伝いに行きましょう」ということにした。
実は、城は人手が足りていないと思う。
「ふたり分の食事の支度が三人分に増えるのは、たいした手間ではありません」
家令のハッロ・レカェケムが厨房係もかねていた。
魔導士のしもべたる精霊たちは大勢ではないが、食堂や風呂場にいるのを見かける。
彼らの食事はどうしているのと思ったら、空気中から水分を取り出したり、植物や動物の精気で食事代わりになるということだ。
(ファンタジぃ)
「あまり大きな声で言えないんだけど、人間からも精気をわけてもらってるんだヨ」
ノイの言葉に、「げっ」思わず、オユンは後ずさりになった。
「奥方はアルジの奥方だからね。さすがに
「う」
「おいシそーだヨ」
「——子供のころに、よく精霊を見たの」
「あ、それ。おいシくなーれって見てたんだと思うヨ」
聞くんじゃなかった。
日が沈むころが、
長テーブルの席に魔導士はいなかった。そういえば、朝早く出かけたようだ。今日は顔を見ていない。オユンは、ほっとした。
シャルを真正面に据えての食事は多少緊張するのだ。というより、心拍数が上がる。
(わたしは完全に浮ついている)
相手は魔族の男で、人さらい(さらう人間をまちがえている)なのに。
(今まで。そういう機会がなかったから)
王宮家庭教師になって7年。その前は、
そのうえオユンのいた侍女チームは、〈鋼鉄の処女隊〉と異名をとるほど男女の交際には厳しかった。
いや、オユンは契約書で『生涯独身』を誓ったのだから、よいのだけど。
とりあえず、さっさと眠ることにする。
朝が来たら、明日も針仕事の続きだ。
そして、何かの拍子に目が覚めた。
「……」
寝台のそばに立っている人がいた。
「え」
そのオユンの一言に、『あなたの部屋は向こうでしょう』『こんな夜中に』『寝ているところに何』という抗議のすべてを読んだのだろう。
「——さっき、帰ってきた。今日は顔を見ていなかったから。お、お土産もあるし」と、シルエットは言い訳した。
「おみやげ」
現金だが、その言葉にオユンは起き上がった。
シャルがオユンの手に、かすかな重さの小さな包みをのせた。中身を見ると、ころんとした
「
そういえば、へちまタオルしかなかった。
「それから。漢方薬」
かさっと、また紙袋の音がして、中くらいの紙袋を渡された。
「オユンの飲んでいたのは、これだろうと教えてもらった」
たしかに、常飲していた薬のかおりがした。
「教えてもらった?」
「オユンの実家と話してきた」
「えっ」
話が、いきなり飛んだ。
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