偶然
晴れ時々雨
§
「俺は昔から偶然てやつが大嫌いでね、確かに俺が生きてるのは偶然のなせる技以外の何物でもないんだが、だから『やる側』に回るときはなるべく、いや必ず偶然に従うように心掛けてるんだ」
頬から左側頭部にペグの突き出た男が私の視線に答えるように喋る。払ったパン屑にスズメが群がった朝、彼は我が家に押し入り私を縛り上げ、椅子に固定した。
「俺がここへ来たのはなんのせいでもない。誰かを恨まなくたっていいってことだ。言ってみればスズメか、それを呼び寄せる振る舞いをしたヤツか、それはおまえか、それは何故だ、ルーティンか。そうでなければやっぱり偶然てことになるなぁ。これからおまえに対してやるとことに理由はない。理由がないのに強い感覚がある。俺の体から次々と生まれる、あるひとつの衝動を偶然を使って解消してるのさ。たまたま俺にコレをぶっ刺したやつは大笑いしながら轢かれたよ、アウディに。まったく頭に来たが、そいつを殺さなくて済んだし上手いことトンズラできると愉快になってきた。短気は損気ってよく言ったものだぜ。行動に気持ちを乗せるとしくじる。しくじらせられる。わかるか?考えた末の理由ありきな行いは他人が用意した結末を辿らなけりゃならない。俺はそれが我慢できねぇ。しかし人が介入する前にいったん冷静になって自分の足元をみると、偶然のカケラがひとつづつ、あっちこっちに散らばってるのが見えてくる。『偶然』にアンテナを張ってる俺にはそれがよーくみえる。たとえばこのペグ。ひでぇが、痛みもそんなでもないし、何より動ける。おまえとも喋れる。口のなかが狭くて喋りにくいが人は慣れる。したい事の前にそれは、そんなことはゲのゲのゲのことだ。なんで俺は今こんな話をしてるんだ?いつもはしないこんな話」
男は堰を切ったように笑いだした。
「まったくよぅ、」
独り言ちりながらくすくすと続く笑いを引っ込めつつ、頬に引っかかったペグの頭をさする。
「俺はまた偶然の断片を拾ったぜ」
言い終わるや否や、自分を穿いている大釘を引き抜く。映画のワンシーンのように一瞬でやり切るつもりが、筋肉と骨の隙間を奇跡的に縫い進んで深々と食いこんだ大釘が簡単に抜けるわけもなく、四苦八苦するその形相はそれこそ映画っぽかった。そして、やっとの思いで抜き去ったペグを私の足下に投げる。
「ハ、ハ、ハ、すげぇよなぁ思いつきってヤツはよォ!!!まさかこんな展開になるなんて『思いつき』もしなかったぜ!おもしれー!ゴボゴボ」
膝をつき尻を上げた四つん這いの姿勢で男は事切れた。
なんだったんだ一体。あーやだ。意味もなく頭に巻かれた粘着テープを剥がすのかと思うと気が遠くなる。
偶然 晴れ時々雨 @rio11ruiagent
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