六幕 愛しさは夕立のように。
何してんのこんなとこで、という背後からの声に驚き振り返る。
「やあ、夢生」
やあ、じゃないわよと言いながら部屋に入ってくる。もしかして、さっきの話を聞かれてないだろうな。
「竜、あんたゲーム持ってないの?」
その懇願の顔には、いつもの凛とした面構えに加え、遠くを眺めるようなぼうっとしたもの悲しさが現れていた。
俺たちは再びリビングに集い、竜の持っていたゲームをテレビを囲んで遊んだ。ゲームなんて持っていなかったので、新鮮に感じられた。だが高校に入ってPCを買い与えられていたので、それなりに遊べていた。
だが最近は、精神的にもそんなことをする気持ちになれず、何もしていない。
「ほら、日桜の番だぞ」
夢生が操作しているキャラクターが、俺の操るマッチョ男に蹴りを入れる。夢生はこんなゲームにも精通しているのかと、少し驚きを覚えながら直感操作で反撃。
結局、抵抗も通じずに更なる蹴りと夢生の発する効果音によって画面外に押し出されて負けてしまった。
「アハッ、日桜くん弱すぎー」
「初めてなんだ、手加減してくれ」
少し休憩とアナウンスしながらソファに座り、二人のプレイ風景を眺める。
微笑ましいというか、羨ましいというか。
いい戦いをして、夢生と長くゲームができる竜にちょっと嫉妬してしまう。
その日唯一の善戦は、夢生の体力を三割ほど削った戦いだった。
西日でカーテンが輝き出した頃、夢生がそろそろ帰ろうかと言った。
少しの沈黙の後、俺はそうだなと言い立ち上がる。
「竜、今日は楽しかったよ。ありがとうな」
「こっちこそ、夏休みにこんないい出会いがあると思わなかったぜ」
外へ出ると、ツクツクボウシが遠くで鳴いていた。流れる風が涼しさを帯び、名残惜しさだけを残していく。
夢生の長い黒髪は意思を持っているかのように躍動し、俺の視線をさらった。
「ねえ日桜くん、私竜と少し話してもいいかな。さっきのベンチで待っていてくれない?」
「ああ、気にせず話してきてくれ」
こういう時って、ほかの男と二人きりにはしたくないんだが、竜ならいいような気がした。そういう疑いもかけず、さらりと了承したのだけれど。
「待て日桜」
「?」
「連絡先、交換してくれないか?」
「そうだ、しておくべきだな。忘れてたよ」
数少ない友人が、また増えた。俺は素直によろこんでいた。
「じゃあ、話してきなよ。ベンチに座ってるからさ、時間とか気にしないでいいから」
この時間になると、家で暑さをしのいでいた人たちが出てくる。主婦は庭に水をまき、朝見かけた犬の散歩をしている人は、夕方の散歩にまた出てきているようだった。
「案外一日中散歩してたりしてな・・・」
ベンチに座る。積乱雲が遠くの空で火のように光っていた。
座って急に気が抜けたのか、ため息を漏らす。俯く。
「ああ・・・、この時間帯、誰もいない公園のベンチ、紅く染まった空、涼しい風、遠くのツクツクボウシ」
大げさに空を仰ぐ。
「あーせつないねー」
飛行機雲が伸びていく。時間はちゃんと進んでくれていた。俺だけがこの空間に一人取り残されたら、間違いなくおかしくなってしまっているだろう。
夏休みは、今日で二週間を切っている。
これから約二週間、どうやって過ごしていけばいいのだろう。
俺には悩みがあった。どうしようもない葛藤だ。
夢生に、すきだ、と伝えるか、否かという悩み。
これがただの甘酸っぱい青春なら、熟れる前に告白するのが賢明な判断だろう。俺の認識なんて当てにはならないが、それくらいは分かる。
またため息を漏らす。背もたれで伸びをした。
背中が伸びる。空と対面する。
君はずっと昔から変わらない姿なのかな。
俺はどうしようもないくらいに夢生のことが好きで、愛している。そういった言葉で表現するには生温いほどに、この空よりも燃えているし、蝉の鳴き声にはかき消すことなどできない。
そして多分、夢生も俺のことを想ってくれている。
そうかもしれないと思うほどに、俺は告白するべきなのか迷ってしまう。
空が、俺の恋バナを聞いて紅くなっていた。だが黙々と俺の妄想を聞いてくれている。
お互いの気持ちの確認。もし夢生が俺を好きでなければ、それは俺の爆死で済むかもしれないが、今後の夏休みに支障が出る。もしお互いに好きでいるならば、それは幸せであると同時に幸せではないのだ。
「なんつーか、
同情してくれているのか、カラスまで鳴きだしてしまった。
一日を締めくくるように、ベンチに座ったまま項垂れた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・
刻拍 日向 灯流 @HinataTomoru
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