後半

「はぁー、はぁー、はぁ」



 ハルは両膝に手を付いて顔を下に向けて無我夢中に息を吸い込んだり、吐き出したりを繰り返す。



「ハルちゃん大丈夫?」


「ナツミさんが、急に、走り、出すからじゃ、ないですか」


「さて、ハルちゃんが休んでいる間に自己紹介でも終わらせてしまおうね」



 事の発端である刑事さんは手をパンと叩いた後にハルの背中をさすりながら口を開いた。



「初めまして、ナツミちゃん。私はフユカ。刑事をやっていて、ハルちゃんには何度か協力して貰っているからナツミちゃんの事も多少は知っているよ! よろしくねー」


「あ、よろしくお願いします!」



 お辞儀をするナツにフユカは手を差し出す。二人は握手をする。



「ほら、アキナも!」


「私はアキナです。」


「え! アキナ先生!!!」



 フユカが連れてきた女性の名前を聞いてナツミは声を上げる。



「はい。先生で間違いありません。ナツミさんとハルさん、嫌かもしれませんが今日はよろしくお願いしますね」


「先生、雰囲気違いすぎて全然分からなかったです。今日の先生は何だか可愛いですね」


「ナツミさん。嬉しいですけどあまりそういう事を言われると照れてしまいます」


「ハルちゃん? そろそろ平気そう? まさかナツミ先生が来るとは思わなかったでしょ」


「満足気な顔をしないでください。というか知り合いだったんですね。どうりで捜査協力の話がスムーズに進むはずです」


「そうだね。アキナが居なかったら私たち、会えなかったかもね」


「ほら、ナツミさんが置いてかれてしまってるから探り合いはその辺にしてお店に移動しましょう」



 フユカの案内で目的のお店へと彼女らは歩き出した。





「ジャジャーン。ここのドーナツ屋さんだよ」



 フユカは店の前で両腕を広げる。



「フユカの割にはセンスが良さそうなお店ね」


「お洒落な雰囲気が漂ってます!」


「あれ? ハルちゃんだけ何も感想ないの?」


「未だに分からないんですよ。なんで私達三人なのか」


「あらら、お姉さん疑われてるね?」


「私、内装気になるよ。取り敢えず入らない? ハルちゃん」


「大丈夫ですよ。何かあれば私もフユカを問い詰めるのに協力します」


「ほら、二人もそう言ってるよ」


「分かりました。入りますよ」



 彼女らはドアを押して、店内に入る。それから店員さんのエスコートに従う。



一年ひととせのテーブルでお願い」



 フユカがそう店員に要望した。



「お客様。失礼ですが。現在あのテーブルは利用出来ません」


「これを見ても?」



 フユカは手帳を店員に見せる。



「失礼いたしました。では四名様ご案内いたします」


「ちょっと待ってください」



 ハルがフユカの腕を掴む。



「フユカさん、このお店は何なんですか? 私たちを捜査に巻き込むつもりですか?」



 それを聞いたアキナは咄嗟に自分の教え子達の前に出る。



「ハルさんの言ってるいる事は本当かしら。そうなら今すぐに、私はこの子たちを連れて出るわ」


「いやいやそんなつもりはないって」 



 フユカは両手を広げて身の潔白を示す。



「私はフユカさんの事信じます」



 ナツミはフユカの後ろに駆け寄る。



「ちょっ、ナツミさん!」


「ふふ、二つに分かれたね」


「お客さま、どうかされましたか?」


「いえ、案内よろしくお願いします」


「ハルさん、取り敢えず席に座りましょうか」


「分かりました。先生」



 彼女らは一番奥のテーブルに案内された。




「全て話してください」



 ハルがそう言うとフユカはテーブルに一枚の紙を置いた。


 一つのテーブルに一年を持ってきなさい。

 そうすれば夏を盗んで差し上げます。



「なんですか、これ?」



 ナツミが首を傾げた直後にナツミの手をハルが握った。



「ナツミさんに何かしたら許しませんからね!」


「どういうこと?」



 アキナもナツミの手を握りながらハルに尋ねる。



「さぁ、ハルちゃんの考えが聞きたいな」



 フユカはニヤリと笑う。



「一年っていうのは春夏秋冬のことですよ。このテーブルには今、私たち四人が座っています。ハル、ナツミ、アキナ、フユカ。一つ目の文の条件は揃っています。もしもこの説が正しいのならばその後は夏が盗まれる」


「ナツミさんが危ないってこと?」


「えー。私何かされちゃうの?」


「盗まれるが、何を差しているのかは分かりません」


「ははは!」


「何が可笑しいのですか?」


「答え合わせをしようか」



 フユカは店員さんを呼ぶ。



「ご注文は?」


「春夏秋冬のテーブルで」


「かしこまりました」


「ナツミさん心配しなくても平気ですよ。私たちが手を握っているので、盗まれることはありませんから」


「そうよ。先生、離さないからね」


「私何も心配なんかしてないよ。フユカさんが悪い人には見えないもの」


「お姉さん嬉しいよ! アキナちゃーん」


「アキナさんに近づかないでください」



 ハルはフユカの事を睨む。



「お待たせいたしました」



 運ばれてきたものは爆弾でも泥棒でもなく色鮮やかなドーナツの数々であった。



「夏を盗む! ひんやりアイスブリュレドーナツです」


「「「は?」」」


「こちら。お名前に、それぞれの季節の名前をお待ちのお客様に限り、ご提供させて頂いている商品になります。では、ごゆっくり」



 店員さんが居なくなるやいなやフユカは笑い出した。



「びっくりした? 普通にお店入るより面白いかなって」


「ねー、ほら言ったでしょ」



 ナツミは目をパチパチさせ、アキナとハルは大きな溜息を吐いた。



「はーい、心の綺麗なナツミちゃんどれでも好きなのを食べて良いよ!」


「ありがとうございます」


「一つだけ聞きたいです」


「お! ハルちゃんなにかな?」


「なんで警察手帳を見せたのですか?」


「あーこれね」



 フユカはポケットから手帳を取り出すとハルに手渡した。



「え! こんな模造品が許されるのですか!」



 外側こそ警察手帳のそれであったが中身はただのメモ帳であった。予約している旨が記載されている。



「よかったぁー! ハルちゃんも騙せる精度なわけだ」


「私からも一ついいかしら?」


「どうぞ」


「店員さんもグルだったって事?」


「そうなるよね。それに今日は定休日で特別に開けてもらってるよ」


「えー貸切なんですか! 凄いです」


「褒めなくていいのよナツミさん。こいつ調子に乗るから」


「そうですよ。どんな気持ちで私たちはこれからドーナツを食べるんですか?」


「ほら、めんどくさい事したのは謝るから楽しく食べようよ。ドーナツ食べてる女の子って可愛さ二割り増しだからさ」


「あなたが言わないでください!」

「お前が言うな!」


 二つの怒号が響いた。












「今日はありがとうございます!」


 ナツミがフユカとアキナに笑いかける。


「よかったわ! ナツミちゃんと友達になれて」


「ナツミさんが楽しかったのなら、よかったわ」


「ハルちゃんは?」


「私もそれなりに楽しませてもらいました。ありがとうございます」


「あら! 素直にお礼を言うなんて!」


「うるさいですよ、フユカさん! 私はもう一度怒りを掘り返してもいいんですからね」


「ごめんなさい」


「ほんと二人は仲が良いのね」


「ナツミ先生。私もそう思います。」


「二人で帰りは大丈夫?」


「はい! ハルちゃんがついてるので」


「だから私は魔法使いじゃないんですよ」


「ナツミちゃんをちゃんと家に帰すんだよ」


「フユカさんじゃないので私はそんなヘマしません」


「それじゃあフユカさん、アキナ先生また今度!」


 ナツミがお辞儀をする。


「うん、連絡するからねー」


「気をつけてねー」


 四人は二人ずつに分かれて帰路に着くのであった。

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春夏秋冬のテーブル シンシア @syndy_ataru

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