春夏秋冬のテーブル

シンシア

前半

 夜がなんたらとかいう名前のアーティストの音楽が鳴り響く。



「先行っててください」



 紺色の長い髪の少女は隣を歩いていた学友にそう言った。彼女のうしろ姿を見送った後に使われていない空き教室に入る。


 それから急いでスラックスのポケットからスマートフォンを取り出して、呼び出しに応じる。



「もしもしハルちゃん? ごめん今って大丈夫だった?」


「はい、大丈夫ですよ。それより何か緊急の要件ですか?」


「ううん。そうじゃないけど」


「そうですか。それより、こんな時間に連絡してくるなんて珍しいじゃないですか。しかも捜査協力以外の話なんて」


「相変わらず言葉に棘があるよね。今グサって心臓に刺さるものがあったよ」


「軽口はこの辺にしときましょう。何か話があるんですよね」


「そうそう。実はね、日頃のお礼の気持ちも込めてハルちゃんとお茶でもしたいなぁって思ったの」


「気を使って貰わなくても良いですよ。私も協力の対価は貰っているつもりです」


「そんな報酬みたいな事じゃなくて。もっとハルちゃんと仲良くなりたいなぁってね」


「今のままでも仕事上、問題無い程度には会話が出来ているじゃないですか」


「私とお茶するの嫌?」


「もーう! ずるいですよ。そんな声出さないでください。嫌なわけないですよ」


「ふふ。お姉さん嬉しいな」


「ふざけるなら、やっぱり行きません」


「ごめんってば。詳細は後で送っとくから」


「わかりました」


「うん! それじゃあ楽しみにしてるから。あーあと、一人連れて行きたい子がいるから、ハルちゃんも一人お友達を連れて来てよ」


「どういうこと……」


「それじゃあまたね!」


「切れてしまいました」



 ハルは脱力するように腕を下げて耳からスマホを離す。溜息を吐いた後、俯いて下唇を右手で触る。


その姿勢で数秒ほど動きを止めると教室から出て、何事も無かったかのように先程別れを告げた少女の後を追う。





 ホームルーム終わりの教室。帰りの支度の為にロッカーと教室の往来で様々な足音がする。そんな中で静かに二つの靴は向き合っていた。



「ナツミさんにお願いがあるんです」



 ハルは続けて先刻の電話の内容を真っ赤な髪を二つに結んだ少女に話す。



「なーんだ。もっと深刻な話をされると思って身構えちゃったよ」



 ナツミは自分の胸に手を当てて、大きく息を吐いた。



「怪しく思わないんですか? 刑事と女子高生がティータイムですよ」


「だってハルちゃんと一緒なんでしょ。だったら、危ない事なんて何一つないよ」


「もーう! 私が何か企んでいるという線は捨て切れませんよ」


「それ自分で言う人いないよー。もしそうならもう私は終わりだね」


「生きることに諦めないでください!」


「今私、怪しい人から生を説かれたの?」


「すみません。大分前から話が逸れました。それで付き合って頂けるのですか?」


「うん! 喜んで」


「それと一つ言って置きます。信頼してくれるのは嬉しいのですが、私は魔法使いでは無いので無理な時はありますからね」


「それでも万が一があったら助けてくれるってわかってるからね」


「うるさいです! 早く帰りますよ」


「そうだねー」



 スタスタと二つの足音が教室から出て行くのが聞こえる。






 日差しを避けるように二人の少女は日陰を経由して駅まで歩みを進める。



「ねぇ、暑すぎるよ!」


「流石にこの暑さはこたえますね。鎧を着ているみたいです」


「なにそれ! ハルちゃんって時々、男の子みたいな例えするよね。RGだっけ?ゲームみたいな」


「それじゃあ某リアルガイになってしまいます。RPG、ロールプレイングゲームですね」


「そうそう。よく分かったね」


「はい。自分でもびっくりです。それで、私より良い例えが浮かびましたか?」


「私はね、砂漠みたいだなぁって思ってた」


「それこそ砂漠の暑さを舐めてますね。それにこんなジメジメはしていないはずです。あちらはもう少しカラ──」


「ごめんよハルちゃん。その的確な指摘は刺さるよ」


「いえ、気にしていないので」


「絶対気にしてるよね!」



 軽口を言い合う少女達に容赦なく日差しは降り注ぐ。



「それよりさ、ハルちゃんの服装かわいいね。結んでいるのも新鮮!」



 長い髪は後ろで一つ結びにして、白い半袖のブラウスに水色のフレアスカートを合わせている。



「そんなことないですよ」


「そんなことなくないよ! いつもスラックスだからスカートが嫌いだと思ってたよ」


「短いのが苦手なんですよ、それにズボンの方がカッコいいし……憧れなんです」


「そうなんだ。なんだか嬉しいなー、話してくれて」


「やめてくださいー。あんまり褒められると照れてしまいます。それに私よりナツさんの方が素敵です」


「えー、そうかな?」


「そうです。お団子の頭も魅力的ですし、黒のドットシャツも、デニムのパンツも大人っぽくて素敵ですよ」


「嬉しいよー!」


「大体、私みたいな服装はナツさんみたいに身長の大きい人じゃないとポテンシャルを充分に引き出せないのです」


「大丈夫そう? 心の声が漏れてるよー。私ハルちゃんぐらいの身長が羨ましいなぁ。小さくて可愛いし」


「冗談はその無駄に大きい胸だけにしてください」


「ひどいよー!ハルちゃん辛辣だよー」



 ここからは電車で移動する為に二人は地下鉄の階段を下って行く。









「なんで私が勤め先の学校の生徒とお茶なんて!」



 駅前のロータリーのバス停の前で刑事さんは隣にいる女性に怒鳴られている。



「あれ?言ってなかったけ?」


「とぼけないで! 一言も聞いていないわ。私は例の後輩さんと三人でどうかなって誘われたのよ」


「まぁまぁ、お茶するのは事実なんだし機嫌直してよ」


「それを決めるのは私よ」



 彼女は両手で顔を覆い隠してしまう。



「騙してごめんね。こうでもしないと来てくれないと思って。ほら、お洋服も可愛いからさ」


「それが問題なのよ」


「え!」


「驚くことないでしょ」


「いや、フリルのワンピースかわいいなって」


「もう! 声に出さないで!」



 刑事さんは項垂れる彼女の背中をさする。



「悪いと思ってない癖に」


「そうだね」


「少しは否定しなさいよ」


「君の前で嘘なんかつけないよ」


「嘘ばっか」



 咄嗟に顔を上げた彼女に刑事さんは笑って応える。









「もうあちらは着いているみたいです!」


「先、越されちゃったねー」



 揺れる電車の中でハルとナツはスマホを片手にメッセージのやり取りをしている。



「いいんですよ。待たせておけば」


「冗談でもそんな事言ったらダメだよ。年上の方たちを待たせるなんて、絶対いけないんだから」



(ナツが眉間に皺を寄せて腕を振り上げている猫のスタンプを送信する。)


(ハルがヘンテコなスタンプを送信する。)



「なにこのへんなスタンプ笑」


「見たら分かるじゃないですか。野球のバッターがボールを打ち返しているんですよ。これでナツさんの可愛い猫なんて吹き飛ばしてやるんですよ」



(ナツが涙を流している猫のスタンプを送信する。)



「泣いて喜ばないでください。そういう趣味ですか?」


「感性が独特だよ! 吹き飛ばされたから、泣いて悲しんでるんだよ」



 二人はお互いの顔を見合わせてクスッと小さく笑った。



「真剣に答えると、私だって二人の事を心配していますよ。この暑さですから」


「きっと涼しい場所で待っていると思うけどねー」



(ハルが木の側で座っている熊のスタンプを送信する。)



「なんだあ! 可愛いスタンプも持ってるのね」



 電車が次の駅に到着するまで二人のやり取りは続いた。










「もうすぐ、駅に着くってよ!ほら、しっかりしなさい」



 刑事さんが隣にいる女性の肩を叩く。



「え⁉︎ まだ心のじゅーんーびーがー」


「ほら、プライベートでも格好良い先生をやるんでしょ」


「うるさいわね。そんなの分かっているわよ」



 彼女は自分の頬を叩く。その様子を見て刑事さんは笑う。



「何が可笑しいのよ」


「いや、素のままでも充分魅力的なのになぁって」


「あなたの評価が一番信用ならないのよ」


「これは茶化してないのになぁ」


「え? 今なんて言ったのよ! もっと大きな声で言いなさいよ」


「嫌だよ、わざと小さくしたんだし」


「意地悪しないでよー」


「あ! ほら来たよ」


「え? どこ、どこよ?」











「ふー。長い階段でしたね」


「そうだねー。あれ! そうじゃない?」



 一息ついているハルにナツは待人の存在を知らせる。



「そうですね。あのシャツの女性は見覚えがあります。隣の女性は誰だかわかりませんが」



 それを聞いたナツミは手を振っている彼女たちに手を振りかえした。



「今になって少し緊張してきました」


「ほら、早く行こーよ」


「はい。少し待ってくださいよ」



 先行するナツミに少しだけ遅れをとる形でハルは歩き出した。

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