第5話 紅玉

モニターに向かい、露と共に、白衣を着た男が先程の試合を再生していた。

【雙眼】が頭をちぎられかけた瞬間、装甲の色が鮮やかな赤へと変化した。

「これが例の?」

男が驚きの声を上げた。

強さと同時に美しさも兼ね備えたルビー色の機体。

宝石の名を冠する形態に変化した【雙眼】は、一瞬にして【積乱】を屠る。

「…早いですね」

「えぇ」

それには露も同意せざるを得ない。

「その後すぐに自立すらままならなくなり、その場に崩れ落ちてる」

「見ればわかりますよ」

速度、パワー。

男は、動画を再生し直した。

噛み締めるように、その挙動全てを目に焼き付ける。

退屈そうにそれを眺めていた露だったが、見るのに飽きたのか、少し経つと何も言わずに部屋を退出した。

〜〜〜

無機質な鉄筋と、コンクリートの壁が智慧を囲んでいた。

ここは傀儡の格納庫。

智慧の目の前には、有色透明な液体で満たされた、全長18mの水槽があった。

中には【雙眼】が横たわっており、隣接された水槽には【積乱】が、さらに奥の水槽には名前の知らない機体が放置されていた。

格納庫内では、SFをテーマにした作品で描かれるようなスパーク音、金属音といった喧騒は一切聞こえない。

「やはり、この機体は素晴らしい」

試合後、智慧が培養液の濃度調節用モニターを操作していると、パイロットスーツのままのアネモネが話しかけてきた。

「当然、本気でやれば私が勝ってましたけど」

「…?」

「さっきはありがとうございました。おかげでいいデータがとれたと、露さんが。」

カタカタとキーボードを叩く音が二つに増える。

それぞれ自機のプログラムや整備状態を確認し始めた。

「不思議なものですね」

いきなり静寂が破られる。

智慧は一瞬戸惑いの表情を見せたが、

「なにがです?」

「仮にも兵器ですよ?これ。それを戦わせる大会を開くなんて、普通に考えて正気ではないでしょう?」

「それは…たしかに。もとは戦闘機でしたっけ?」

傀儡の起源については、いつだか調べた記憶がある。

「えぇ…始めは修理が容易な装甲として考案され、それが改良される形で今に至るらしいです」

弱小国が、その戦力差を埋めるために開発したとされるのが一般的な認識らしい。

想定されていたよりもその汎用性は高く、開発から20年は経った現在でも、技術は応用され続けている。

「そして、傀儡と呼ばれる機動兵器が開発されてから、約15年。その技術は進化を続けています」

「はぁ…」

絶妙に何を言いたいのかが理解できない。

「結局は何が言いたいんですか?」

「あなたの使用する【雙眼】は、駆動系が初期のものが使われてる。当然、性能は最新のに比べれば低い。…これから戦ってく相手は、そういうのは考慮してくれないってことですよ」

アネモネの声には、少量の悲しみが含まれている。

どうしようもないほど回りくどく、やたらと高圧な言い方ではあるが、きっとアネモネは智慧を気にかけているのだ。

その不器用さに、智慧は思わず吹き出してしまう。

ひとしきり笑うと、智慧は笑顔はそのままに、言葉を返した。

「心配してくれてありがとうございます。…でも、大丈夫ですよ。こっちには、人ふたり分の力があるんですから!」

そうはっきりと言い切る智慧に対し、アネモネも少し反応を見せた。

目の前の少年は、想像よりも心が安定していそうだ。

少し安心したように、アネモネは表情を少し和らげる。

「そう。…それなら、頑張って」

そう言うと、アネモネは作業を切り上げ、退出した。

声色がわずかに上がっていた。

〜〜

時は移り、数日後。

智慧は露に呼び出され、管制室なるものに入室した。

「失礼します」

「おっ、来たか」

明らかに女性のものではない声が返ってくる。

扉を開けると、小綺麗なスーツに身を包んだ若い男と、お馴染みの軍服に身を包んだ露が現れた。

アネモネも近くにいる。

年は智慧より二回りほど高そうだ。

「噂は聞いてるよ。俺の名前は春野はるのせり。よろしく」

握手を求められたので、咄嗟に応対した。

「日車智恵です。…露さん、なんで僕は呼ばれたんです?」

「大会のルールについて話そうと思って。」

通常は傀儡の頭部を破壊するかあるいは相手の傀儡を行動不能状態にした者が勝利する。

特殊な例として、先日行われた智慧対アネモネの疑似試合があるが、あくまで少数派だ。

「今回の勝利条件は、傀儡の機能停止、または相手パイロットの死亡よ。」

「…知っちゃいましたが、相当クソな話ですね」

命をかけた違法な大会…知ってはいたが、改めて露の口から言われると、遥かに重みが増している。

露は静かに頷くと、説明を続けた。

「大会はトーナメント方式。うちにはパイロット全員に出てもらう」

「それで…」

智慧は、仲間でありライバルでもある二人に目を見やった。

アネモネと目が合うと、少しの笑みを携えながら、

「戦うことになっても手加減はしないから」

と言った。

「負けてんのに何言ってんだか」

芹が横槍を入れてきた。

「本気でやったら私が勝つから」

「ま、せいぜい頑張りなさい」

部下三人に囲まれて嬉しいのか、露は少々気の抜けた言葉を返した。

「ただ、真の問題は対戦フィールド。これを見て」

露が智慧に、タブレットを渡した。

その画面には、運営から送られてきたのであろうメールが表示されていた。

事細かいルールが、規則的に並べられたそれの中に、『開催予定地』とある。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


第1回戦 太平洋簡易闘技場

第2回戦以降 


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「…未定?」

「傀儡を使う以上、各地の治安維持組織にバレるのは火を見るより明らか。ま、その対策ね」

「あぁ…それで」

芹もアネモネも納得している。

偽造するよりも、毎度場所を移したほうが安上がりと言うことなのだろうか。

同日中に第1回戦を全て行い、また別日に第2回戦の全てを行う。

間接的ではあるが、体力勝負なるのは間違いないだろう。

「さて…一応基本は説明した通りだけど、何か質問は?」

露の問いに、智慧が口を開いた。

「…もしここ三人で当たったとして、その時は手加減しなくてもいいんですよね?」

「もちろん。三人共、勝つ理由があるんでしょう?」

…聞くまでもなかった。


3日後。

各々の願いを胸に秘め、四人は会場へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

傀儡ークグツー @asabee

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ