第4話 激突

ブザーと共に【雙眼】が飛び出した。

(まず最初に奪うべきは、脚!)

いつもは相手の攻撃を見てから攻撃に移るが、今回は【積乱】とアネモネの能力は未知数。一気に畳み掛ける。

まずは4本の腕を伸ばし、剣を脚に突き立てることで機動力を奪う。

が、一瞬アネモネが動いたと思った刹那、【雙眼】の剣は全て弾き飛ばされていた。

「は?」

思わず声が漏れ出た。

理由もわからないまま、【雙眼】自体も、【積乱】に蹴り飛ばされていた。

リングの端スレスレにようやく足をつけると、ようやく何をされたかを理解した。

前に突き出した全ての剣を、【積乱】が剣を使って除いたのだ。

攻撃体制に移り、全ての剣が一振りで払い除けられるようになった、あの一瞬に!

おかげで武器を失ってしまった。

「まずい…。」

アネモネははっきりと言わなかったが、4本の剣はハンデだ。

そのハンデすら活かしきれず、押し返されるとは…。

《来ないの?ならこっちから行くけど。》

そう言うと、【積乱】のスラスターが火を吹いた。

背部全体に取り付けられたスラスターが一斉に火を吹く姿は、炎を背負う悪魔のような覇気があった。

剣を突き出し、突撃を仕掛けてきた。

「遅い!」

しかし、この程度の速度なら今までもたくさん見てきた。

4本の腕を伸ばし、剣を掴み取ろうと待ち構えた。

《そりゃあ早すぎたら見きれないでしょ。》

いきなりスラスターを全てオフにした。

極端な速度低下に驚いたが、アネモネはそれ以上に予想外の行動を取った。

《私が。》

剣を捨て、両手で【雙眼】の右腕を持ったかと思うと、身体の向きを180°回転させた。

【雙眼】を背負うような形になった【積乱】は、そのまま背中を下げ、腰を上げた。

「なっ!?」

【積乱】の背中を滑り落ち、全てが回転した。

ドオン!!!

何が何だかもわからず、【雙眼】は地面に叩きつけられていた。

その衝撃は凄まじく、相当丈夫であろう土俵にも見事なクレーターができていた。

「なんであんなに滑らかに…。」

人間の構造を真似て作られているとは言っても、所詮は機械。

あんなに綺麗な背負投げができるほど柔軟性は高くない。

そんな疑問の声はマイクに拾われていたようで、アネモネはそれに答えた。

《操作の柔軟性。それが今あなたと私で決定的に違うものの一つ。》

叩きつけた姿勢のまま、淡々と続けた。

そう言うと、アネモネは再びレバーを動かし始めた。

【雙眼】を引きずりながら身体を回し始めたのだ。

さっきの衝撃で身体が痛む。

【雙眼】ほどの重量を持ち上げたうえ、それを振り回している。ハンマー投げの要領で段々と加速していくと、中の智慧にも巨大なGがかかっていた。

ついに【積乱】が手を離した。

身体が開放され、浮遊感で気分が悪くなった。

「この程度か…」

アネモネが一人呟いた。

天井に向かって投げられた【雙眼】は、身体を動かしたところでどうにもならない状態になっていた。もうじき天井に激突するだろう。そうすればあとは地面に落ちるだけだ。

これほど追い詰められても、智慧はまだ冷静でいられた。

まだ諦めるつもりはない。

【雙眼】が天井に向かって腕を伸ばした。

一瞬、何をしたのかが理解できなかったが、天井に静止した【雙眼】を見て、何をしたのかがわかった。

それでこそだ。とアネモネは顔に笑みを浮かべた。

先ほどアネモネが投げ捨てた剣を拾い、それを天井に突き刺すことで天井に自身を固定していた。

先ほどぶん回されていた時も冷静に、何をされても最も安定する方法を考えていたのだ。

念の為残り3つの腕でも天井を掴むと、身体をよじり、足でも天井を掴んだ。

まだ地面に足を着いていない。

(ここからだ…。ここから流れを変える!!)

武器を奪われて蹴られ投げられ。一方的にやられるばかりだったが、今ほんのわずかだが抵抗ができた。

アネモネの実力もそうだが、智慧もまた猛者だ。

流れを変えると決めた智慧は【雙眼】を動かした。

手で少し離れたところを掴み、身体を引き寄せる。

それを連続して繰り返すことで蜘蛛のようにして天井を這い、リング近づいた。

もちろんアネモネも黙っていない。

後ろへ下がり、先ほど【雙眼】が突き刺さるところへ移動した、

「甘い。」

2本の剣を拾うと、【雙眼】に向かって投げつけた。続いて3、4本目を引き抜くと、同様に投げつけた。

「わかってますよ!!」

智慧はそういうと、副腕の指をより一層深くに潜らせた。

剣が眼の前に来た瞬間、

ドゴン!!

最大出力で腕を引き上げ、ちゃぶ台返しのようにしてコンクリートを剣にぶち当てた。

大きなコンクリート片に突き刺さった最初の2本はそのまま下へ落ちていった。

後続の2本は比較的小さなコンクリート片にあたり、大きくバランスを崩した。

落下する2本の剣を掴むと、両方とも天井に突き刺した。

柄を殴りつけ、深く突き刺さったことを確認すると、剣を掴み、それにぶら下がった。

剣を支えにし、身体を大きく揺らし始めた。

揺れを大きくしていき、それが最高潮に達する。

天井に足をつけて蹴り飛ばした。

瞬間的に生まれた巨大なエネルギーにより、【雙眼】は想像を絶する速度でリングへと飛び移った。

直線上にいた【積乱】に抱きつき、そのまま体制を崩す。

両腕を掴み、地面に張り付けにした。

「捕まえた…!」

窮地を工夫と機転で乗り越え、真の意味で同じ土俵に立てた気がした智慧は、思わず声を上げた。

しかし、【積乱】はまだ手を残していた。

アネモネが操縦桿に取り付けられたトリガーを引くと、

人の鎖骨にあたる部分に空いた穴から鎖のついた銛が飛び出てきた。

ガスを使って発射したのか、発射と同時に気の抜けるような音がなった。

銛が【雙眼】の首に突き刺さると同時に、収められていた返しが展開される。

「あなたに聞きたいことがあったんです。」

しばらく黙っていたアネモネが口を開いた。

「後でならいくらでも答えますよ!!」

そう言うと智慧は【雙眼】の副腕を【積乱】の頭へと伸ばした。

「駄目です。今答えてください。」

アネモネは、操縦桿にあるボタンを一つ押した。

その瞬間、銛についていた鎖が穴へ引きずり込まれ始めた。

否応なしに、【雙眼】の身体が引き付けられた。

智慧は抵抗するものの、【積乱】はその力に身を任せ、【雙眼】の上半身へと引き込まれていった。

腕は4本とも使っている。

防御をすることも叶わず、二機の頭部が激突した。

バランスを崩していた【雙眼】に対し、勢いをつけていた【積乱】が持っていたエネルギーは大きく、衝突した瞬間、大きく姿勢を崩したのは【雙眼】のほうだった。

押さえつけていた腕も解放され、【積乱】は立ち上がった。

後ろに倒れる【雙眼】を見て機体内部で鎖が切断された。

すかさず【積乱】がその鎖を掴み、【雙眼】を釣り上げた。

顔面を近づけると、左手を振り上げて【雙眼】を殴りつけた。【雙眼】が倒れ込んでから数秒、アネモネが質問を投げかける。

「なんで女の為なんかに命を投げ出すような真似をするの?こんなに力がないのに、あなたはどうやって戦うつもり?」

怒りにもとれる強い言葉だが、何かの為に戦うことを責めているのではないというのはわかった。

彼女が責めているのは、目的に対する過程のリスクの大きさ、そして過程に対する智慧の能力があまりに不釣り合いなことなのだ。

責めるともまた違う、年長者として彼を止めようとする気持ちがあるのだ。

「あなたの過去を知った。彼女が死んだのは、紛れもなく彼女の選択。ならあなたは、それを受け入れるべきよ!!」

頭部のアンテナを掴み、反対の手で思いっきり殴りつけた。

力なく倒れる【雙眼】の頭部を掴み、頭部をもぎ取ろうと身体にも手を伸ばした。

「ほら答えて。」

一向に答えない智慧を急かす。

「あなたはどうやって戦うつもり?」

【雙眼】の首がミシミシと嫌な音を立て始めると、ようやく智慧は心の内を吐きはじめた。

「女じゃない…。あいつの名前は、待雪零だ!!!」

全身が苛立ちのあまり力強くなっている。

「零が死んだのは俺の責任です…。」

『死んだのは彼女の選択』アネモネの小さな発言が智慧の逆鱗に触れた。

しかし、その怒りはアネモネではなく、自らと、何か大きな物へ向けられているようだった。

「だから勝てるか勝てないかとかじゃない…。」

副腕で【積乱】の腕を掴み取った。

「俺は戦わないと駄目なんです!!!」

「その力でどうやって!!!」

パワーを4つの腕に分散させている分、【雙眼】のパワーは【積乱】よりも小さかった。

腕はびくともしない。

単純な性能だけなら絶対に勝てない。

戦略もクソもない。

首は限界に近くなっている。

…ならば、やることは一つだ。

「・・・零、力を貸せ!」

そう呟く。

そして叫んだ。

「モード変更紅玉!!」

それに応えるように、【雙眼】に変化が起こった。

目の色が紅く染まり、各所の装甲も紅葉を思わせる鮮やかな紅へと変色していく。

下から血が滲みでるような唐突な形態に戸惑いつつも、アネモネは攻撃の手を緩めていない。

しかし、【雙眼】の首にかけられた腕は、ジリジリと首から離されていっていた。

「これが噂の…。」

大会では一度も使ったことがないモードだ。

理由はあまりにも単純で、使える時間があまりに短い。

数十秒でケリをつける!!

副腕で掴んだ【積乱】の腕を、下からもう一組の腕でそれぞれ突き上げる。

バリバリバリ!!!

装甲部分がめちゃくちゃに破壊され、内部のフレームすら貫通した。

腕を切断した【雙眼】が【積乱】をフルパワーで蹴飛ばすと、【積乱】は土俵の縁スレスレのところで停止した。節々につけられていたシャッターが開き、先程と同じ銛が射出された。

銛が天井に床と、所構わず突き刺さり、【積乱】はまるで獲物を待つ蜘蛛のような見た目となった。

【雙眼】を一度深くしゃがみ込ませると、脚にすべてのエネルギーを凝縮させた。

ドオン!!!

爆発したかのような音を鳴らし、【雙眼】が発進した。

「どうやって戦うか、でしたよね!!」

右拳を振り上げ、【積乱】に突撃する。

雷撃の如きその速さに、世界は一瞬取り残されたようだった。

「これが……答えです!!!!!」

アネモネが気がついた時には、【雙眼】の握り拳が【積乱】の顔面に当たっていた。

次の瞬間、【雙眼】は拳を振り切り、【積乱】を地面に叩きつけた。

周囲に衝撃波がながれ、今や煙はすべて消え去っている。

智慧は息を切らし、アネモネは満足気に目を瞑った。

【積乱】の身体は完全に地面についている。

それはつまり…

《勝者、日車智慧!!!》

スピーカーから露の声が響き、改めて結果を伝えた。

智慧は思わず口角が上がった。

これで…大会に出られる!!|

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傀儡ークグツー @asabee

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